3:隠しておきたい事、暴かれたくない事

 いつの間にか通話を切っていた騎士団長は後で締め上げるとして、問題は目の前の妖怪『ちくわ投函』野郎だ。


 四本を返却するためにドアを開けると、魚肉ソーセージと乳繰り合うというこちらの知性を抉る行為に移行していたため、虚を突かれた。

 その隙に部屋にあがりこまれ、魚肉ソーセージを齧りながら、


「おぉう……こいつはひでぇな……」


 明かりを全灯した部屋を眺めまわして、素で引いている。

 羞恥だ。屈辱だ。

 震えながら、紅潮しながら、


「だって侍女の一人もいないのよ! 料理番だっていないし!」


 凄惨が堆積する、惨状への言い訳を叫ぶしかなかった。

 

      ※


 玄関から、中身入り40Lゴミ袋は幾重にも重ねられ。


 風呂場周りは、空になった洗剤類のボトルがごろりごろりと転がって。


 進むにつれ残骸は最近のものとなるのか、ポリ袋に収められていれば上等、とでも言うようにコンビニ弁当の殻が積み重なり、ペットボトルが横たわる。


 八畳間まで足を進めると事態は深度を増し、これまでの堆積物に加えて、脱ぎ捨てられた衣類に食べかけのお菓子、放り投げられた雑誌類。


 ロフトの上は畳んでもいない段ボール群が占拠しており、収納戸は口をだらしなく開け放ったままの衣装ケースを挟み込んで閉められない状況。


 見る限り、腰を下ろせるのは中央のソファだけで、つまり、

「ゴミ屋敷じゃないか!」

 生活無能者の惨状であった。


 うつむいて震える部屋の主に、子心は洗ったちくわを齧りながら、

「こんな部屋に居たら、そりゃ気も滅入るさ! ストラテジーゲーの終盤で、序盤に生成した自分でも意図不明なユニット名称を、画面スクロールのたびにちらちら見て落ち込むようなものだぞ! なんだよ『うおっぱい』と『さおっぱい』って! 大臣かよ! だけど俺の手には右のオパイも左のオパイも無い! 無いんだ……! 悲しい代償行為にすぎないんだ! そういうことだぞ! 部屋にゴミを積み重ねたって、お前のオパイが大きくなるわけじゃない! 悲しい代償行為なんだ!」


 ヒートアップしすぎたせいか、コークスクリューブローが心臓に打ち込まれた。


 数秒、呼吸ごと言葉が止まり、

「ほかに言いたいことは?」


 顔にかかる影を濃くしたお姫様が拳を構えるので、正直に思ったことを、

「自分に無いからって、男のオパイを触るのは無しだと思うぞ?」

 伝えたら顎を撃ち抜かれて、腰から崩れてしまった。


      ※


 待てど暮らせどログインしてこない子心から、


『すいません! 今日そっち行けません!』

 という連絡が舞い込み、詳細を確かめると、

『突撃! 汚部屋ハイケン! してしまいまして! これ、見ちゃったら放置できませんよ! ある日突然、隣のゴミ屋敷から変死体が! その身に何が……! 今明かされる悲しい過去とは一体……! とか始まっちゃったら気まずいでしょ⁉ あ、写真送りましょうぐわあああ! 電話中は水月を狙うな!』


 などという、深刻な状況を知ることになる。

 気まずい顔で共犯者である撫依を見れば、


「私は武官だ。近侍であるが、侍女ではない。お前はどうなんだ」


 と目を逸らして、今自分の言葉が正答である問いを投げるという錯乱っぷりを見せられてしまった。

 魔女が、深刻に眉をひそめて、


「お姫様、そんなになのぉ?」

「……まあ、考えてみれば包丁すら持たせてもらえなかった箱入り娘だからなあ」

「当たり前だ。教養は家庭教師に修めさせたが、指を傷つける料理やら縫い物は固く禁じられていた」

「結果、ゴミ出しもままならない生活無能者の誕生なんだけどねぇ……」


 首脳陣が、眉にしわを寄せてひそひそと始めたので、周りはなんだなんだ、と遠巻きにざわめき始めている。


「……これ、たぶん姫について一番知られちゃいけないことだよなぁ」

「近衛として、主の名誉は守る義務があるぞ」

「ちょっとねぇ……女の子として、衆目に晒されるのはかわいそうよねぇ」


 ひとまず、民心を落ち着かせるために出発の号令をかけて、あとは現場の判断に委ねることとした。

 その判断が、のちに甚大な過失を生むことになるが、今を生きる彼らには知る由もないのであった。

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