12:風が、吹いている

 子心が、森に立ちそびえる三つの拠点を破壊しつくすことで、本日の作戦は終了となった。


 城門まで引き返したところで、明日からの巡回ルートに森が加わったため、人手の分配などに頭を悩ませていると、別働だった彼らが戻ってきた。


 まず、後ろ脚を怪我した銀狼とその後ろ脚を担っていたピリオドが、見つけた魔女に駆け寄っては目の前で腹を見せて寝ころがって、おい伏希、服はまくるな。へそを出すな。


 続けて六匹のオオカミたちが魔女にじゃれつくから、子心も紛れようとして耳の裏に巻くようなパンチを貰って崩れる。


 前に言っていた『飼っていたワンちゃんに似ている』ってのが良くわかる絵面だなあ、とジョードは感心。

 その後、狼の傷を見つけた魔女が治療のために手をかざして、


「頑張ったわねぇ、サシェイちゃん」

 名を呼ばれた銀狼が目を細めて、撫でるに任せる。


「子心ちゃんも、ありがとうねぇ」

 腹出したままくねくねしていたバカの、腹に一発入れてから頭を撫でる。


「魔法を解いてくれたから、この子たちも素直に森から出てきてくれたのよぉ」

「あー仕事を途中で投げられない的な? 犬は、そういう頑固なところありますよね」


 後ろで、ナディが「犬派の教化が進んでいる……!」と宗教裁判を起こしそうな顔をしているが、刺激したくないので放置だ。


「となると、俺ら、サシェイ? この子以下ですね」

「あら、どうしてぇ?」


 気まずげに、ポケットからハンカチを広げて見せる。

 中には、粉々になった赤い欠片があって、


「忘れ物、ちょっとした事故で壊しちゃいまして……」

 あらぁ、と首を傾げる魔女が、にっこりと微笑んで、


「だってそれは壊さないと、魔法が解けないじゃない?」

「いや、まあ、そうですけど。持って帰る、ってのが元々……」

「ふふ、それは忘れ物じゃないわぁ。持って帰って欲しかったのは、こっちよぉ」


 と、下を出して尻尾を振って、テンションテッペンでよだれを撒き散らしているオオカミたちを抱きしめて見せた。

 子心と姫のみならず、譲恕も撫依も、その他の皆々も口を開けて驚きを露わに。


「私がいくら探しても、臭いに気づいて逃げちゃってねぇ。本当、子心ちゃんもお姫様も、ありがとうねぇ?」


 オオカミたちに混じって魔女に顔を埋めようとしたが、カウンターのストレートを顎に貰って、地面に落ちてしまった。

 皆が、あまりの絵面に、声を上げて笑ってしまう。

 だから、現状で全員を預かっている譲恕は良かった、と胸をなで下ろす。


 民の、魔女への忌避感が弱まったこと、くわえて仕事を達成したことで姫への忠心も、問題視しなくて済む程度には戻ったようだった。ただ一つ、


「当人の顔色が、あんまり良くないことを除けば、だなあ」


 と、眉をしかめたままのウィンディの様子に、解決を探るべく、テンション高い子心の肩を掴むのだった。


      ※


 先輩に引きずられてテラスまで戻った子心だったが、


「何事です、先輩?」

「明確にはよくわからん。だから、ここで風景でも見ていろ」


 などという曖昧な根拠に従って、吹く風を楽しんでいた。

 アスバリアの気候は、湿気が少なく温暖。いま時期の日本の梅雨模様と比べると、肌触りや過ごしやすさが全然違う。

 雨が嫌い、というわけでもないが、異世界の風と思えば、特別楽しいものだ。

 広がる街並み、その向こうに城壁、そして丘。

 美しい風景は飽きることなく眺めていられて、


「……いいかしら」

 背後の声に、向きなおることなく、


「いいよ。だけど、こっちにきてくれよ。今は風景を楽しんでいるからさ」

 我が儘をたてる。

 身軽な気配が、隣の手すりに腕を預けるから、横目をむければ、


「なんでそんな、不機嫌そうなんだよ」


 眉をしかめたウィンディの横顔が、そこにあった。


      ※


 どうしたのか、と改まっては聞かない。

 ここへ来たということは、用があるからに決まっているのだから。

 言葉を待っていると、しばらくの沈黙を経て、


「お礼を言いに来たの」


 などと、意外な事を聞かされる。

 なんだろう、と目だけで応えれば、


「宝石壊したの、黙ってくれたんでしょ? ジョードには通信でバレてたけど」


 確かに。庇うつもりもなかったが、彼女のほぼ初仕事が失敗となれば、皆さんの視線が厳しくなるだろうなあ、という予感はあった。これは、このお姫様の立場を守る、ということよりも、アスバリアの人々が頼るべき対象を失う、崩れてしまうことを懸念してのこと。


「だから、ありがとう」

 眉根を、さらに引き絞って、


「ほかにも、色々と助けられているし、なにかお礼をとも思ったけど、今の私じゃ何も持っていなくて……だから今は、ありがとう、この言葉だけで許して」

 言うと、逃げるように身を翻して、走り去ってしまった。


 残された少年は、手すりに背を預けながらその背を見送り、

「楽しくて、好きでやってるんだ。だから、見返りなんてどうでもいいんだけど」

 だけど、


「お礼を言われるなら、余禄としては本当に充分、だよなあ」


 だから、微笑む。

 良いことを出来たことに。

 良いことをしてくれたと、感謝してくれる人々の思いに。


 吹く風は、もうしばらく、止みそうにもないのだけれども。

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