11:探し物は輝かしく
「かかってこい! こちとら、タワーディフェンスだって経験があるんだ! つまり塔が非童貞だ! お前らの塔はどうだろうなあ……!」
駆け込んだ魔女の館の中で、扉越しの不明瞭な言動に眉をしかめながら、ウィンディは肩を落とした。
ひとまず一息をつくことができた。
出入り口の木製戸も、銀狼が出入りできるように設計されており、子心を除いた全員が館の玄関ホールにへたり込んでいた。
小さなオオカミたちは血気盛んに外に出たがっているが、表情を見るに遊びたがっているだけにも見えなくもない。
だから、迫る脅威に対して、迎え撃つのは子心一人であり、けれども十分な戦力だから、
「魔女の忘れ物を探さないと……!」
ならば、役割分担である。
外がひと段落付いたら、オオカミたちに案内を頼んで、奴らの目をかいくぐりながら森の外を目指さなければならない。その補足されるまでの時間を、少しでも短縮するための措置だ。
外で派手な打撃音と、奇声が響き渡って、戦闘が開始されたことを知る。
猟師たちもどうしたものかと右往左往しているが、おとなしくしていてもらった方がいいだろう。外の加勢より、屋内で万が一の防衛をしてもらったほうが効率は高い。
跳ね回るオオカミの一匹をとっ捕まえ、首根っこをホールドすると、
「魔女の、大切なものはどこかしら?」
残りの五匹がテンション上げて、屋敷のあちこちに散らばっていった。
……これは、なにか、変な遊びに巻き込まれているわね。
とはいえ、手掛かりもないので、彼らの尻を追うしかなかった。
※
一匹目は食卓で、餌用の木の皿をくわえていて、
「いやね、あなたの宝物じゃなくてね……」
※
二匹目は応接室で、深いカーペットに横たわっており、
「高級そうだけど、そうじゃないのよね……」
※
三匹目は勝手口付近で、ピカピカの丸い石をくわえており、
「だから、あなたの宝物じゃなくてね……」
※
四匹目は魔女の寝室で、クローゼットから引っ張りだした下着をくわえて、
「きっと、触ったらメチャクチャ怒られたんでしょうけどね……」
※
五匹目の姿は見えず、どこにいったのかと、抱きかかえた一匹に訊ねると、導くように地下へ続く階段へ向かっていった。
壁に掛かったランタンに火を入れて、荒く削られた石段を下りていく。
息苦しいまでの暗闇を進むにつれ、
「どうして、こんなにも必死なのかしらね、私は」
もちろん、王族としてどうにかできる物ならどうにかしたいと、思い始めているからだ。
なら、その源流は、と辿っていけば、
「あのバカのせいよね、絶対」
縁もゆかりもない、偶然に巻き込まれた少年が、純度は薄いが本気でこの世界を救おうと考えている。自分とは真逆で、だけど望んでいることでもあって、
「だから腹が立つのよね」
図星を突かれる、のと同じだ。だからこそ、感謝もある。
耳に痛い正しい事を、正面切って語ってくれるのだから。
正しい方向へ、停滞していた自分たちを導いてくれる。
「お礼ぐらいは言わないと、ね」
常にこっちの眉間を殴りつけてくる不快な生物に対する気持ちを、ある程度整理できたところで階段が終わり、ランタンで地下室内を照らす。
怪しげな液体を収めた瓶やら、不可思議な動物の骨、干された奇怪な草花などを収めた棚が並び、中央には作業机の一つが。
二匹のオオカミが、その机の前で尻尾を振っているから、おずおずと近づけば、
「宝石?」
簡単な台座に収められた、血のように濃い赤色の輝石が目に留まった。
見た目からも、オオカミたちの誘導からも、これが魔女の忘れ物なのだろうと確信。
どれほど大切な物かは知りようもないけれど、とにかく持って帰る必要があるから、柔らかなハンカチに慎重に取り置き、
「……キレイ」
包む前に、目の前まで持ち上げると、輝きを覗き込んで楽しむ。
価値でいえば、アスバリアにおいてさほど珍しい石ではない。けれども、大きさや色合い、独特なカットから、目が吸い込まれるような美しさがある。
……魔女が自分で加工しいているのかしら。
疑問を確かめようとまじまじ視線を注いでいると、
「おい! こんなとこにいたのかよ! 外は片付いたぞ!」
「おふひゃぁ⁉」
背後から突然かけられた声に、驚きのあまり悲鳴とともにバンザイしてしまい、
「あ」
当然、目的のブツが宙に舞って、
「え」
当然、輝石は石の床に叩きつけられ、
「あ」
当然、砕け散ったのだった。
※
「あらぁ?」
戦闘中にも関わらず、手を止め森を見つめはじめたメイロウに、
「どうした?」
剣を振り下ろした譲恕が、その様子を咎めた。
自由参加でもとより気まぐれなのは承知しているが、あからさまに現場で手を止めるのは士気に関わるから勘弁して欲しいのだが、
「あの子たち、目的を達したみたいねぇ」
「なんだって?」
つまり、魔女の曖昧な探し物を無事に見つけたということであり、
「それじゃあ、こっちに付いてくれるんだな」
「ええ、約束だしねぇ。だけど」
「うん?」
「きっと、御期待には添えられないわよぉ?」
どういうことだ、と警戒を強めれば、
「ジョードが求めるのは、私に森の魔法を解かせることでしょう?」
「そうだな。それさえなければ、森の拠点解放は容易くなる」
「それがねぇ」
困った、という様子で指を顎に当ててしなを作ると、
「あの子たち、勢い余ったのか、魔法も解いちゃったみたいなのよぉ」
※
一通り、責任のなすりつけ合いと罵倒を応酬したのち、最後に飛び出た『度量と貧乳』に言及した子心のこめかみに、打ち上げ気味のフックが突き刺さって決着を迎えた。
「ほら、とにかく破片かき集めて! 接着剤でどうにかなるかしら……!」
「宝石の修復に出てくる名詞じゃねぇと思うよ、それ」
焦る様子でハンカチに欠片を拾い集めるウィンディだが、突然コールされた音声チャットの呼び出し音に、
「おふひゃぁ⁉」
びっくりしてバンザイしてしまった。
当然、集まった宝石たちは輝く雨となる。
「あれ? 通信できるようになったのか?」
子心は呼び出し名の『ジョード』という名前を確認し、指で押し込む。
『お、本当に繋がった。ってことは、魔女の魔法は解除できたってことだな』
「……なるほど。このお姫様が何が気に入らないのか、魔女さんの私物を地面に叩きつけて砕いていたんですが、それが触媒だったんですね?」
「ちょっと! 変な情報を流さないでよ! 今こうやって掻き集めているんだから! それにさっきの右フックで、責任はあなたってことになったでしょ!」
「聞きました、先輩? とんでもない圧政が俺に襲い掛かっているんですけど」
『お前以外だったら姫を止めるけど、お前だからなあ。何したんだ?』
厚い信頼に胸を打たれながら、
「ということは、森の迷宮化は解かれたってことですか?」
『ああ、そういうことだ。だから』
映像の先輩は、に、と人悪く笑って、
『あとは好きに暴れてこい』
頸木の取られたことを教えてくれたのだった。
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