10:脅威が迫るから

「懐かれたオオカミに、臭いから案内してもらった?」


 銀狼の後ろ脚を担ったままの子心が言うところには、だから迷うことなく辿り着けたのだとか。

 同じく保護された猟師たちは、怯えながらオオカミたちにつつかれて行軍を強要されている。


 一団を蹴散らした後、オオカミたちの案内で森を進んでいた。

 自分は、というとそんなオオカミたちの一匹が背中を貸してくれたので、跨っている。野生の毛並みなのに、柔らかく気持ちが良いのは魔女の魔法のせいだろうか。


「ああ! 俺とこいつは、前と後ろの二つで一つ! だから感謝しろよ! 俺に!」


 前が、手柄を独り占めしようとする後ろに、体を折って噛みついた。

 めっこり歯痕を残した肌を見せるように、

「な?」

「いや、勝ち誇る意味が分からないんだけど……」

 自分を乗せているオオカミさんも、テンション上げてふくらはぎに噛みついている。遊びだと思っている様子だ。

 けれども、仮説はある。


「あなたを食い散らした時に、同類だとわかったのでしょうね」


 狼は、魔女が世界のリソースから作り上げた人造生物であり、ピリオドは世界が己のリソースを注ぎ込んだ造られた存在である。

 魔女を失い深手を負った守り手を助けてくれる同類と、彼らが頼ったのだろう。

 なぜか、と言えば、森を侵略者から守るため。

 逃げ出した自分たちに比べ、なんといじらしくも誠実な心根だろう。


「彼らにも、見習ってほしいわ」


 うつむき加減で、オオカミに尻をつつかれている猟師たちに、侮蔑の目を投げる。

 事情聴取の結果、子心とはぐれることでその能力に疑問を与えるのが目的だったのだとか。ピリオドが敗北すれば上々であるし、勝利したとて姫を守り切れなかったとなれば、誰もが森の侵攻を諦めるだろう、と。

 森の特性から、端から破綻しているのだが、自分たちも到着するまで通信の可否すら知らなかったのだから、そこを責めるのは酷だ。

 だから、責めるべきは人を陥れようとした性根であるが、


「謝罪も貰ったし、なにより事情があって考えた結果の策なんでしょ? 仕方ない仕方ない」


 と、被害者が鷹揚な態度を見せたので、なんでお前はそのおおらかさを私に向けない? 少し鎖骨から腹にかけて平らなだけで、個人の偏見に依って狭量を発揮するのか。価値観は多様なはずで、分類でいったら『美しい』に入るだろう? なあ、膨らんでいなければ何してもいいと思っているのか?


「え? なに? 核ミサイル発射ボタンを押すかどうか苦悩する大統領みたいな顔しているけど?」


 大国の首脳の重要な決断と同じ苦悩を、味わされているのか……!

 とにかく、と苛立ちを毛羽立てる会話を断ち切って、


「この子たち、どこに向かっているの?」

 森の奥へ進む案内役たちに、疑問するのだった。


      ※


 姫の問いに、おそらく、と枕を添えて、

「魔女さんの館かな」


 彼らに追い出す意思があるなら、森の深部ではなく、浅い方向へ追い立てるはずだ。

 で、森の奥に案内しているとすれば、彼女の根城に連れ込むつもりなのだろう。

 正答だと応じるよう、銀狼が一声吠える。

 こちらは、当初の忘れ物の回収という目的があるし、負傷した彼らにとっては身を寄せ回復を図るため。

 だから好都合で、歩みを止めるつもりもない。


 ウィンディは少し複雑な顔を見せるが、だってそれが目的で来たんだから今更だろうに。

 とはいえ気持ちはわかる。

 昨日までの仇敵、その本拠に赴こうとしているのだ。ナーバスになるのも仕方がないし、


「ねえ」

 声が小さくなるのも、仕方がない。

 見れば、銀の毛越しに、俯く彼女のきれいな横顔が見えて、その薄い唇が、


「アスバリアを取り戻したい、っていう気持ちは本当なのね?」

 伺うように確かめてくる。

 それは愚問であり、即決で、


「言っただろ。このきれいな世界、みんなが居るならもっときれいになるんだろうな、って。それで笑ってもらえるなら、ゲームクリアの余禄には過ぎるものだって」


 今までの答えを、重ねて返す。

 少女の視線が一度落ちて、持ち直すように上がり、こちらを見て、何かを言いたげに唇が開かれると、


「や、やつらだ!」


 遮るように、猟師たち警告とオオカミたちの遠吠えが響いた。

 彼女が身を固くし、銀狼が敵意を発して振り返る。

 見れば、確かに小鬼型が木々の隙間を埋めるかのように群れを成しており、

「子心!」

「ああ!」


 誰も彼も、腰を落として戦意を発散していくから、少年は、


「逃げろ逃げろ!」

「……え?」


 担いでいるオオカミの腰を押すように、前へ前へ。


      ※


 え? え? と戸惑う獣の前足を強引に動かすことで、弟分たちの足並みも揃えさせる。


「ちょっと、え? 戦わないの⁉ アスバリアを取り戻してくれるって!」

 お姫さまが、信じられないものを見る目をしているが、

「無理言うなよ!」


 守護者たる狼の負傷。

 その後ろ足になって歩行補助をしている最大戦力。

 戦力としては物足りない三人。

 残弾一の極太光線ウーマン。

 そして、はぐれること、つまり死に戻りが許されない、魔女の森という立地。実体であるオオカミたちにとっては、戻ることない死であるからなおさらだ。


「今は全員そろって、安全圏に入るのが先決! だから走るんだよ!」


 なるほど、という顔をした狼が前足を繰りだず。

 見れば、姫も眉をしかめながらも納得の様子なので、とにかく疾駆し安全圏、魔女の館を目指すのだった。

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