8:魔女が振るう魔法の種
それは、明らかに人智を越えた者であった。
同時に、大きな傷を負って、身動きもままらない様であった。
木のうろの暗がりの中で、目を細め、胸を上下させている姿はひどく弱々しい。
「なにがあって……言うまでもないか」
森を侵す者と戦った、その傷なのだろう。仇敵である王国の人間がいなくなっている以上、考え至るのは異界からの侵略者たちだけだ。
魔女の眷属として、その務めを全うしていたのだ。
主が留守となった、今なお。
「頑張ったなあ」
人々に災いを為し、恐ろしさに震え上がらせてきた魔狼であるが、忠実で二心のなく故に傷つき弱る姿が、子心の心を打つに充分であった。
膝を折り、背に手を伸ばす。耳が跳ねるが、抵抗の素振りを見せないから、そのまま毛皮に指を沈める。
柔らかな銀の毛並みと、生きている温もりが手の平に返るから、
「寂しくないのか? ご主人は、ずっと帰ってないんだろ?」
問い、
「辛くないのか? 見返りもなく、ずっと守っているんだろ?」
重ねて、問う。
ほんのり開いたまぶたの奥から、魔女と同じ禍々しいまでの赤の瞳が覗き、首を横に。
「そうか、強いな」
少年には、彼がどんな行動原理で動いているものか、判然とはしない。
けれども生真面目な一途さが好ましく、それゆえの苦境に心を痛める。
もしかしたら、ウィンディの講義が影響しているのだろうか。
メイロウの魔法は、世界のリソースを汲み出しているものだと。ならば、このオオカミたちももれなく同様の力であるはずで、
「俺と、一緒だ」
大量のリソースを、魔女ではなく世界から与えられた自分と、根源的には同じなのだ。
そう考えると、オオカミたちの牙がこちらに通ったのも頷ける。素材が一緒で純度も同じなら、牙も肌も似たような強度だ。
加えて、役割を与えられ、果たすことで喜んでくれる人がいる。
自分はアスバリアの人達であり、彼は生みの親である魔女になる。
だから、
「一緒に行こう。きっと、魔女さんならその傷も治せるはずだよ」
立ち上がると、
「よし、行こう」
笑顔で、魔狼へ同行を促す。
が、相手は立ち上がる気配を見せず、
「どうしたんだ? 魔女さんに会いたくないのか? 嘘だろ、あの複合トーチカが恋しくないっていうのか! もっと本気でバブりに行けよ! 覚悟が足りんだろう! ちくしょう、お前とはわかり合えると思っていたのに……!」
うるさいなあ、という顔で、デカい手を騒音の出元へ、フック気味に叩きつけてきた。
首がぐりん、と回って目に入るのは、
「あー怪我かぁ」
痛々しく抉れた後ろ脚の様。
立つこともままならないんだわかったかバカ、という顔のオオカミに、子心は困ったなあ、と首を傾げるのだった。
※
「ギリギリまで、一緒に来るように言ったんだけどねぇ」
平野を行軍の最中、魔女が魔獣、森を守るオオカミについて教えてくれた。
「サシェイ……最初の子はうんと強くしたんだけど、その分自我も強くてねぇ。彼が残るってタダをこねるから、あの子の弟分になる子たちもみんな、一緒に来てくれなくて」
散発的に遭遇する敵を蹴散らしながらの魔法講釈であったが、そのうちの一つである魔狼生成についての一幕だった。
「あいつらかあ。相当苦労させられたよ。動物だと思って仲間と言葉でやり取りすると、それを理解して裏を掻いてきやがるし」
「ふふ、お利口さんだからねぇ、あの子たち」
誇らしげなメイロウに、ナディが「これだから犬派は……!」などと明らかな敵意を剥き出しにしているが、積年の恨みもあるから致し方なし。
「ちょっと強めに言って聞かせたのよ? 置いてなんかいけないし。そしたら、総出で家出しちゃってぇ、時間もあったから仕方なくお別れしたのよぉ」
アスバリア勢の目を盗んで時折ログインしては探したけれど、向こうが避けているようで会えなかったのだとか。
「多分、森と館を守る、っていう約束を守れなくて意固地になっているの。だから、森の拠点を破壊したら、戻ってくれると思うわぁ」
それなら心強い、とジョードは笑う。
オオカミたちもアスバリアのリソースを与えられている以上、最後には味方に付いてもらわなければ困るのだ。
総力、その一部なのだから。
「それで、騎士団長さん」
魔女が、迫る小鬼たちに魔女ビームを叩き込みながら、
「さっき言っていた、私の魔法の原理と姫への忠心、どういう関係があるのかしらぁ?」
※
そういえば、ちゃんとは説明していなかったな、と己のうっかりに笑いながら、
「俺たちは今、アスバリアから敵を一掃するために動いているな?」
「大方針はそうだな」
魔女はまた行動原理が別だから置いておいて、ナディは頷いてくれる。
「つまり、散らばっているリソースを糾合する必要があるわけだろ」
「ああ、わかったわぁ。つまり、森の魔法も必要ってことねぇ?」
「ついでに、姫様に実績を与えられる。はねっ返りを抑えつけるのに、少しは役に立つだろう」
魔女の魔法は、源泉を世界のリソースとしている。森にかけられた迷宮化も当然倣っているはずで、
「あんたには悪いが、こっちは森の、魔女からの『解放』も視野に入れている。これまでのわだかまりなんか小指の先ほどにも関係なくて、ただただ、あいつらを倒すためにな」
瞳に力を込めて、予測されうるメイロウの拒否に身構えるのだけども、
「あらぁ、それなら都合が良かったわぁ」
「え?」
魔女の、意外な言葉に、二人は声を失ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます