6:かの地に生きていた
森を進む子心たちとは別動で、譲恕たちも歩を進めていた。
彼らはただ結果を待っていられるほど、時間を余らしてはおらず、ピリオド抜きで日課となる分の侵攻を進めていた。
強大な戦力である子心が不在のため、慎重でゆっくりした足並みだ。現在は、丘を越えた先の二つを奪って一息をついているところである。
「いかに、伏希に頼っていたかわかるなあ」
「ああ。久方ぶりの彼抜きでの作戦だが、こんなにも足が遅かったか」
車座になるいくつかのかたまりを見ながら、首脳陣側の二人は力みなく微笑む。
皆の顔にも緊張はなく、かといって沈むような影もないから、
「よく言えば余力がある、ってことだ」
最悪、あの後輩が戻れば遅れは取り戻せると、信頼しているということ。だから、前のように、ノルマの過不足へ神経を尖らせることもない。
そうなれば、森攻略班の進行度が気になるところであるが、
「聞いていいか、ジョード」
「どうした……って聞くほどでもないな。バカと姫に、彼らをつけた理由だろ?」
「送り出してこっち、ろくに説明がなかったからな」
譲恕自身の遅刻間際での現着もあって、こちらも森側も、すぐに動き出していたのだから当然だ。
そのうえで、撫依は姫に侍る武官であり、唯一の近衛だ。懸念もしかり、である。
主に同行しているのは、首脳陣の大方針に消極的反対を示す者たちだからだ。
騎士団長は人差し指を立てて、
「一つは、彼らの反対姿勢を和らげられたなら、だ」
そもそも、彼らが日銭のために急進的な奪還へ反対している原因が、姫の無気力にある。なので、接する時間を設けて、忠誠の回復を目論んだ。本来は、平和な王国の偶像的な姫と臣民で、決定的な対立にはなりえないからこその施策である。
次に、と中指を続けてたてて、
「いやがらせ、だな」
「……なるほど。確かに、シシンと長時間一緒にいるのは辛いところがある」
「なあ。どうして、朝一から夜最後まで、あのテンションなんだよ……あいつのせいで俺、しばらく地球人おっかねぇ、って怯えてたぜ?」
「理解した。しかし、お前の人格と品性にクリティカルな回答だな」
「いや、だって、こっちだっていろいろ考えて、頑張っているんだぜ? ちょっとは痛い目を見とけ、ってことだよ」
げんなり、と肩を落として、再び指を見せる。
薬指がたち、三つを並べると、
「最後に、魔女の森の正体についてわかった、からだな」
煩い後輩の凶行に眉尻を下げていた撫依が、顔を驚きに開き、それから神妙へ塗りつぶしていく。
「一つ笑えば凶作を、一つ怒れば不漁を招くと代々謳われた、恐ろしいまでの手管の正体を、か?」
おそらくこの生真面目な近衛は、正体が割れたのなら対策ができる、などと考えているのだろう。けれどもそれは、かつてに有用であった思考で、故郷を捨ててしまった今では、
「やめとけ、意味のない思索だ。少なくとも今は、俺たちと同じ、生まれた地を追われた同輩なんだから」
「……確かに、な」
「あらぁ?」
図星に言葉を詰まらせたナディの頭の上から、跳ねるような声が降ってよこされ、
「お仲間なんて、とっても嬉しいことを言ってくれるのねぇ、お二人さん」
空飛ぶ木の杖に掴まった森の魔女、メイロウ・グルーサムが、翻るロングスカートを空いた手で押さえながら、ゆっくりと舞い降りてきていた。
※
ボリュームに似つかわしくない軽やかさで、音もなく着地する。
深い紫と黒を基調とした魔女服は、袖は長く裾はくるぶしまで隠しているのだが、いかんせん継ぎ合わせた素材が部分部分で透明度が高い。また、大きく切り込まれたスリットが、主人の動きに合わせて中身をちらちらと覗かせて、その回数と面積が、常軌を逸している。
魔女が、スカートを見せびらかすようにつまんで持ち上げて見せるから、
「可愛いでしょう? そういえば、ここを出てから新調したから、初めて見るのかしらぁ」
つまるところ、直面した騎士と近衛の二人は共通の安堵を得ており、
「なんだよその格好は……倫理コード仕事しろよ……子心がいなくて良かったぞ」
「間違いなくひと悶着発生して、通報ボタン案件だったな」
周りの一般的アスバリア人たちも、
「爺さまが子供のころからあの姿だって言ってたな……」
「そんな歳で肌を見せびらかすとか、拗らせているな……」
「胸は年々デカくなっているとか……ワニかよ……」
口々に慄くので、振り返った魔女が杖から光線を打ち込んでいった。
悲鳴をあげながら頭を低くして散り散りになる面々に「強くなったな……っ!」と感動しながら、
「どうしたんだ。こんな辺鄙な、稼ぎの悪い世界に」
譲恕は騎士団長として、不安要素の安全を確かめる言葉を作る。
受けて、魔女は肩をすくめ、
「ずっと住んでいた私の森を、取り戻せるかもしれないのよぉ?」
気になるじゃない、としなを作って見せると、それに、と続けて、
「面白い話もしていたみたいだし?」
話が戻ったおかげで、ナディがこちらに小首をかしげた。
「そうだな。この性悪痴女の根城の正体がわかると、どうして……」
「あら! ずいぶん意地悪な言い方をするのねぇ!」
「黙れ。変な恰好をして……そこまで出すなら、いっそ全裸でも構わんだろうに。ほら、この子らを見ろ。誰も裸だが、その姿は美しく愛らしいだろう?」
「まあ可愛らしい仔猫ちゃ……どうしてみんな、口元真っ赤にしてカメラを威嚇しているのかしらぁ……? この手、あなたの手じゃなくてぇ……?」
「可愛らしいだろう? アドレスを教えてくれたら、新鮮な画像を送ってやれるぞ?」
「血を見た画像の後だと、違う意味に聞こえてきちゃうわねぇ……」
布教活動に成功した態のナディが、満足げな表情でこちらに向き直り、
「それで、森の正体がわかれば、どうして姫への恭順を得られるのだ?」
話が再度戻ってきた。
ちょっと、意識を無にしていたので反応が遅れてしまったが、
「簡単に言うと、そいつが使う魔法の根源に関わる話だ」
※
「魔女は、この世界が持つリソースを汲みだして、己の物としていたの」
本来は、アスバリア自身が分け与えるはずの、世界の余剰な力だ。今現在、残る全てが子心に預けられているが、そうなる以前は世界が世界を維持するための源泉として、送り出し引き戻し、循環させていた。
そこから、技術によって介入しかすめ取ることで、意のままに人智の外の力を奮っていたのだ。
結果、不順がおこり、不漁不作が発生したのだと。
「私も、ワンダーマテリアルの仕組みを聞いたから気付けたのだけどね。他の……父様やお兄様たちは、知っていたから魔女を敵視していたのだと思う」
子心の、好奇心からの質問によって発生した『アスバリアにおける魔法原理』の講義である。
そのうえで、
「確かにその理屈だと、使用者が少ないのは納得だなぁ」
理解を示す。
「魔法を使うのに、自身でなく世界の側に上限があるんだろう? そうなると、ただの弟子すら邪魔になるもんなあ。そのうえで、使うと環境汚染が進む、と」
気軽に使えるものではないことも把握。
そうなると、そんな魔法で構築された森は、まさしく『世界の敵の城』だ。
講義がひと段落付いたところで、差し込む日差しに気が付き、
「ん? なんか、開けたとこに出たなあ」
「そうね。日の光が明るいわ。こんなところあるのね」
「メモには何も書いてないなあ。こんなわかりやすいところ、一言あってもよさそうだけど……皆さん、ここって?」
先導役の大人に訊ねれば、
「少し休憩しようと思って道を逸れています。ルートは把握していますから……」
辺りを見回しながら答えてくれる。
が、前を行くもう一人が、
「お、オオカミだ!」
狼狽えながら指す先。
見れば、引き締まる四肢をそろりと、鼻先にしわを寄せて警戒を発散する獣が、
「一匹、二匹……こんなに……!」
森の暗がりから、続々と姿を現してきていた。
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