5:因果と応報の正しい運用

「ほんと、道案内とか助かりますよ!」


 茂る森は、枝々で上天の陽光を遮り、まるで夜の帳の中に隠れ潜むようだった。

 僅かな木漏れ日を頼りに、一団は、下草と腐葉土を踏み進んでいた。


「俺らは元猟師で、亡命の前だが、浅いところなら何度も入ったことがある。助けになれたら嬉しい限りだ」

「ありがたいですよ! なんせ、道順は教えてもらいましたけど、森の遭難の原因第一位知っていますか? 枝に隠れて、来た道や目印を見失う事ですからね!」

 プロの案内を心強い、と笑う子心に対し、


「あんまりはしゃがないでよ? いつ、魔女の眷属が襲い掛かってくるか」

 ウィンディは、心配げにあちこちに生まれている暗がりに視線を投げまわしていた。


 なにせ、幾世代にも渡って不可触とされてきた、悪の根城である。噂に聞く魔獣が、耽々とこちらに舌なめずりをしているのではないか、と恐れに身が竦むのだ。


「ご安心を、姫様。何かあれば、我々が体を張ってでもお守りしますよ」

「騎士団長からも、きつく言われましたしね」

「それに万が一だって、死に戻りして城に飛ばされるだけだし! なにより!」

 同行した少年の視線が、悲しげな色をつけてこちらに注がれ、


「可食部が少ないから狙われない、だろうからさ……」

 左のフックが、ダブルで顎とこめかみを捉えた。


      ※


 先頭を狩人の二人、中央にピリオドと姫、殿にもう一人の狩人という隊列で、薄暗い森を進んでいた。

 分岐や手掛かりの都度に立ち止まり、子心が魔女から預かったメモ書きと先導者の記憶を照らし合わせる。これを繰り返すことで、正しい道と魔女の信用性を確かめているのだが、今のところは問題ない。

 周辺警戒は狩人の三人に任せていることもあり、いささか緊張感が緩んだところで、


「メイロウ……魔女のこと、好きなの?」


 並んでいたウィンディが、唐突に切り出してきた。

 え、と驚きには満たない衝撃に耳を突かれて振り向けば、


「すごく、懐いているように見えたから」

 暗がりの中でも輝いて見えるほどの明るい緑の瞳が、横目に投げられていた。

 隔絶の美貌が、眉を立てる姿は変わらず美しくて、見惚れてしまうほどだ。


「どうなの? 融和姿勢を見せているとはいえ、昨日の敵と距離を近くするなら、王族としては考えなきゃいけないのだけど」


 見惚れた結果、正直、半分ほどしか耳に届かなかったが、


「お前な、オパイの大きい人に悪い人はいないぞ? 撫依先輩を見ろよ、オパイがでかくて良い人だろ? なら明楼さんもオパイがでかくて良い人に決まってるだろ。そんなこと言ってるから、そんなんなんだぞ?」

「因果と応報が逆転していない? それとも、日本特有の哲学なの?」


 などといかにも異世界風味な愚かな返答をするので、真理を教えてやることに。


「物理法則だぞ。科学の未発達なアスバリア勢にはわからんだろうけども」

「あら。うちも物理は研究が進んでいるわよ? そこのあなた、腰の山刀貸して貰える? そう大きい方。このバカの頭蓋に食い込むくらいの」

「皆さんとこの姫は、どうして俺の首から上を的確に狙ってくるんだ! あれか⁉ 集めた首の数で偉さが決まる、トロフィー権威主義国家なのか⁉」


 どうして臣民の皆さんは、視線を逸らすのだろうか。きっと、この姫への忠誠度が足りないのだろう。ほんと、これだから足りない者は……これが満ちる者なら忠誠度MAX上向きなのに! 前屈みで!

 少年が心に思春期を満たしていると、それで、と頬を赤らめた少女が続けたのは、


「それじゃあ……私の胸が大きければ、もっと協力的になってくれるの?」


 意外すぎる言葉であった。


      ※


 恥ずかしい言葉なのは、誰が見ても明らかである。

 けれども、聞いておく必要があった。

 強大な力を持つピリオドが、明確に敵対していた魔女と近しいとなれば臣民の士気に関わる。逆に王族、体制側と近ければ力となるだろう。

 さて、と答えを待てば、腕を組んで考えこんだ子心が、


「今の今まで現場を放り投げていたお前が、そんなこと言うか?」


 驚きを確かめるように、決して責めのニュアンスはなく、問うてきた。

 言われると、む、と言葉に詰まってしまう。

 正論であるからだ。

 確かに、亡命後は無気力に沈んで、故郷にも臣民にも興味を示しはしてこなかった。

 では、なぜ先の問いが生まれたかと勘案すれば、


 ……不満があるから、か。


 ただただ、敵対していた魔女と仲良さげにやりとりしている姿が、えらく腹立たしかったのだ。

 そうなると、さらにどうして、という疑問が生まれて、渦巻く自問に溺れていく。

 言葉を失ったこちらへ、けれども彼は鑑みることなく、


「いやまあ、協力的とかどうとか、無意味な質問だよな」

 ざっくばらんな、暴力的な答えを投げ寄こしてきた。


「当事者の前で、すげー不謹慎な言い方になるけど、俺は完全にゲーマーとして参加してるんだ。だから、条件とか報酬とか置いておいて、まず攻略、クリアがしたい」

 見聞きし肌で学んだところ、難度は高いけれども、と繋いで、


「だけど、クリアすることで救われる人が、喜んでくれる人がいるなら、楽しんだ先に待つ余禄としては十分で、素敵なことだと思うんだよ」

 などと、てらいなく笑われてしまって、完全に彼の本心であることがわかるものだから、


「殴りすぎて壊れちゃったのかしら……」

「おい! 正気度上げて珍しい言葉を選んだらそれかよ! ああ来いよ! 打撃でレアリティが上がると信じるなら試してみればいい! 現状の変更に暴力を求めるとか、パチンコ台かよ! 演出昇格チャァァァァァンス!」


 右フックが頬にめり込み、付き添いの狩人たちは逞しくなった深窓の姫君の姿に、目頭熱く、嗚咽をこぼすのであった。

 眩しいほどの在りし日は返ってなどこない、残酷なこの世界に。

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