4:不穏分子と不審な言動の取り扱いについて
魔女の要請から一夜。
森への侵攻は多くの時間を必要になるということで、土曜を待ってからの作戦開始となったのだ。
無論、面々もいたずらに時間を食んでいたわけでなく、ルートの確認や装備の確認、フィード移動は初めてとなるウィンディへのレクチャーなど準備を進めていた。
その前準備の中には、
「姫と、どこの骨ともわからない輩を二人で森に行かせるんですか⁉」
「魔女から正しい道は聞いたと言いますけど、まさか頭から信用するつもりで⁉」
「万が一もある! もっと慎重に準備をしたほうがいいんじゃないですか⁉」
首脳陣の独断に近い決定に、反発する参加者への説明説得も含まれている。
ナディは城門前の広場で、食い下がる者たちに繰り返し説明と根拠を示し続ける作業も含まれていた。
しかし何度も同じことをやらされており、
「それより、昨日見つけた子猫なんだがな。腹が減っていたのか指を出したらちゅうちゅう吸い付いてくるんだ。ほら、見てみろ。可愛いだろう」
「どうして、タスマニアデビルみたいな顔で口の周り真っ赤にしているんですかねぇ……」
「おいやめろ! いやあ、かわいいですねえ……!」
「母性をくすぐられますね! おい、行くぞ……! 怖ええよ……!」
「おいなんだ。ここからが傑作なんだぞ? 私の腕に登ってきて首筋に……おい、もっと話を聞いていかないか」
明らかに飽き始めていた。
「ジョードたちはまだなのか」
地球時刻で二〇時集合のはずだが、現在は一九時五〇分。さすがに作戦前でこの時間へのだらしなさにはうんざりさせられるが、生活のための仕事もあるから、強くも言えない。
「私の猫ちゃん動画で、全員を喰わせることができればいいんだがな」
亡命後に初めて出会った、猫という愛らしい動物の姿に溺れたのがきっかけだ。弱った野良猫を保護するなどの活動を通して動画を撮影するようになり、なんとも素敵な姿を世界中に配信することで、僅かばかりであるが収入を得るまでになっている。
熱心なファンもついており、コメントでは「どうして怯えるでもなく襲い掛かってくるんですかねぇ……良いです」「一月も世話したら、たいていは懐くはずですけども……良いです」「屋内でここまで野性味溢れる姿を見られるとは……ありがとうございます」と好評の嵐だ。
皆が皆、糧を得るために様々努力をしているということであり、
「すまん、交代の奴が遅れちまって!」
「どうすれば許して貰えますか! 国士無双で良いですか⁉ じゃあちょっと足を開いてもらって……閃きましたよ、先輩! 裏表逆のリバース国士無双ってのはどうです⁉ ねぇ、先輩! おい貧乳、お前も何か言ってやれ!」
「ほらジョード、何か言ってあげたらどうかしら?」
「なに言っても火傷するまで加熱した後でパスしてくるの、やめません? ボランティアじゃないんですよ、俺」
謝ったのでジョードは許す。姫様も、家臣に頭を下げるのは為政者として問題があるからセーフ。
だから制裁は真ん中で仰向けに寝ころがり始めた国士無双だけであり、
「ああ! その角度すごいぃぃぃ! 背中反り返っちゃうぅぅぅ!」
アイアンクローで、釣り上げてやることになった。
※
亡命して生活の基盤を失った者たちは、どうしても糧を得る手段を欲するし、手放すことに抵抗を示すのは仕方がないことだ。
現状、故郷奪還のために戦ってはいるが、長い停滞期のために、目的そのものが日銭を稼ぐことに移ってしまった者たちを責めることはできない。
「まあ、反対をしているのはそういった連中になるんだよな」
大目標には反する彼らの感情。それを否定することは、率いる立場にある騎士団長には難しいことである。
ちら、と城門前で話し込む男たちに視線を投げて、肩を落とす。
彼らの無気力は全て、首脳陣の初動での躓きにあるのだから。
致命的ともいえる敗走と、何もかもをその手から溢してしまった絶望。
民を導かなければならない騎士団の生き残りと最後の王族が、揃って態勢を崩してしまっていたのだ。
「今ついてきてくれている連中には、それだけで頭が上がらんよな」
それが『手頃な難度で、手頃な日銭を稼ぐのに適している』という理由であっても、だ。
結局、アスバリアを取り戻したところで残る人口では『世界』を維持できるわけもなく、今はただ外敵の排除が最終目的となってしまっている。それは、
「戦争が終わった後で、耕せる土地を報奨として約束できないのは痛い」
ため息に、ナディが首を縦に振る。
「そういった輩は、シシンが戦線を押し上げて敵が強くなっているのにも、反感を持っている。よしんば、不可触だった魔女の森を攻略して、内部の拠点を一掃などとなったら」
「まあ、困るよな」
「これまでは小鬼型しか見かけなかった戦場だが、彼が暴れるようになってからは大鬼型や黒犬型まで見かけるようになっているからな」
それぞれ、歩兵の上位種と、四つ足の高機動種であり、
「対処に困る盤面も増えつつある。そうなると『手頃』ではなくなるからなあ」
農夫であるなら、栽培の難しい作物を官製で押し付けられるようなもの。
難度が高く、リスクも高い。
考えなければならない、解消すべき事案である。
けれども、これまで妙案なく棚上げになっていたことも事実であり、すぐさま解決とはいかない問題だ。
頭を掻いて、再度棚上げを心に決めると、今日の作戦の主役である二人の姿を探し、
「おい、あれ」
彼女の指さす方に目を。
話題の反対陣営の三人が、シシンの顎を殴りつけているウィンディに近づいており、
「先ほどの三人組だな。シシンはともかく、姫様に声をかけるとは……」
「ちょっと待て」
手で制すと、不服気な近侍が眉をしかめて振り返るから、
「こいつはちょうど良いかもしれないぞ?」
に、と笑って、何やら姫と交渉を続けている一団へ、近付いていくのだった。
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