第四章:攻めあぐねるのは難所か、それとも人の心か

1:不可触の地のかつての主

 大飛鳥市が誇る巨大学生寮『サンダーバード』。

 市内四つの公立校生を受け入れる、という建前のもと計画された巨大アパートメントだ。しかしその実、アスバリアのような異世界からの亡命者たちや、大使たちの受け入れ先としても機能しており、結果として街は栄え、日が落ちても夜に塗られることがない。

 様々な価値観が秘匿されたまま混然と存在することとなった結果、毎日が交通事故のようなネジの外れた刺激的なイベントで満たされている。例えば、狩猟族による暴れイノシシのキャッチアンドリリースや原始宗教指導者が主導する宗教的キャンプファイヤー、ホームシックにかかった海洋族の一夜造船競争などなど。

 だいたいが公道や私有地を占拠するため、警察は毎日が密着二十四時状態だ。

 今日はというと、


「月一の全裸04の日かあ」


 ファミレスの大窓の外を、やたら姿勢の良い全力疾走全裸マンが、刺叉を掲げたおまわりさんに追われて通り過ぎていく。


「先輩! あの集団ストリーキングって、何かのイベントだったんですか⁉ 怖くて近づけなかったんですけど、もしかして参加者全員全裸ってことはちょっと撫依先輩と一緒に見てきますね!」

「気が逸りすぎて、文節一つ減ってないか?」

「なんだ裸が見たいのか? いいところに連れて行ってやる。全員全裸の、まさに天国だ」

「うはぁ! なんです、もう脱げばいいんです⁉」

「お前騙されてないか? 全裸で一糸纏わぬ野良猫の群れに襲われるぞ?」


 鉄板の上に横たわるリブステーキへフォークを差し入れながら、譲恕は呆れの声を漏らした。


      ※


 コンビニバイト上がり、アスバリアに赴く前に腹ごしらえするかと立ち寄った、全国チェーンのファミレス。

 時刻は九時と夕食時を回っているが、多量の人口を抱えるサンダーバード近くということもあり、席は七割ほども埋まって盛況である。

 委員会活動で遅くなっていた撫依も合流し、三人はわいわいと夕食を楽しんでいたところで、


「そうだ、聞きたいことがあったんですよ」

 ミックスグリルのチキンに齧りついていた子心は、話題として一つの疑問をテーブルに上げる。


「丘から左手に、デカい森が見えるじゃないですか」

 毎日、丘を越えて平野に下り、街道沿いに遠く正面に見える山を目指すのが日課である。余裕があれば、右手に見える林を抜けた先、川を下流方向に沿いながら廃村の攻略もこなしている。

 だが、逆手に広がっている広大な森林部には、間違いなくいくつかの『拠点』が見えるのだが、近づくこともない。


「森の攻略って、皆さん避けていますよね? あれって、どうしてなんです?」


 問うと、ハンバーグドリアにスプーンを差し込んだ撫依が難しい顔をして、デザートのジョッキパフェに取り掛かっていた譲恕も、その手を止めて目を押さえる。

 二人の、深刻度が垣間見える様子から、


「あれ、聞いちゃいけないことでした?」

「いや、いずれ考えなきゃならない事ではあったから、いい機会だ」


 クリームの掬い上げを再開した騎士団長は、苦い顔のまま、状況を教えてくれる。

 曰く、内部が迷宮化しており、無策で進入すると確実に道を見失うということ。

 曰く、野獣が徘徊しており、道に迷った者を残らず食い尽くすということ。

 曰く、敵は目減りしない戦力で飽和戦術をとっており、正面から衝突は危険ということ。


「悪条件が重なりすぎていて、現状は棚上げになっているわけだな」

「とはいえ、シシンが来て、本格的に国土奪還を視野に入れ始めた以上、解決を図らないといけない課題でもある」

 なるほど、解きあぐねている現状、ということか。

 ならば、ゲーム脳を駆使して攻略を練るのはやぶさかではないのだが、先ほどの説明に一つ引っかかるところがあって、


「迷宮化、ってどういうことです? 木が道を塞いでいる、とか?」

「いや、見た目は普通の森なんだけどな」

「正解のルートを往かないと、同じところを延々と回らせ続けるんだ」

 それはまるで、

「無限ループ……ノーヒント……尽きるMP……もはや引き返せないほどの深部……あああああああああ! どこまでいってもオートマッピングは製作側の味方なんだ……! 手書き……! やはりセルフが正義……! 急いで救援部隊を編成して!」


 トラウマからひきつけを起こすと、撫依が指を折ったチョキで眼球に気付を図る。

 痛みで正気に引き戻されると、


「これはお見苦しいところを……だけど、そんな迷いの森みたいなものがあるんです?」

「ああ。いわゆる魔法的な技術でな。さらに言うと、徘徊する魔獣たちもその魔法の力で森を守っている」

「? 魔法。いや、ファンタジー的な世界だからあり得るんでしょうけども」

「操ることができるのはごく少数だな。いまの生き残りの内では、たった一人だ」


 一瞬、極太王国光線を放つお姫様を思い過ぎったが、あれはワンダーマテリアルを介した能力で、後天的なもののはずだ。

 ならば、別の人間がいるはずで、その魔法を使う者が森を迷宮化し、野獣を操っていて、


「……なんだか、防衛拠点……要塞とか城塞みたいじゃないですか?」

 そうなんだよ、とスプーンをくわえた譲恕が椅子に背を預けて、ため息。


「ざっくり言うと、あの森はアスバリア王国の仇敵、その根城だったんだよ」


      ※


「王国の仇敵が、なんの用かしら?」


 王国の姫は、手に買ったばかりのコンビニ弁当を提げて、正面を半目で藪にらみに。

 見据える先は、あちこちが足りない制服姿から色々とはみ出させている、赤い双眸。


「たまたま見かけたから声をかけただけよぉ、お姫様」

 しなを作って様々揺らす姿に、ちょっと隣室の言動を思い出すから、


「え? え? 何? そんな怖い顔しないでよ、え? どうしてぇ?」

「いや、ごめんなさい。あなたには関係ない大激怒よ」

「……仇敵といか言い放つ相手に向けるよりも怒るなんて何事かしらぁ……」


 えぇ……と胸を抱いてヒく姿に、さらに眉間が響くのを自覚するから、話題を変えようと、


「それで、どうしたの。王国に仇なす森の魔女、メイロウ・グルーサム」


 逃げかけていたシリアスさんの後ろ足を捕まえて、引きずり戻すことに成功した。

 魔女の、逞しくなったわねぇ、というニュアンスの微妙な感嘆に、耳を塞ぎながら。

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