4:積み木を重ねるがごとく
ミーティング解散後、揃ってアスバリアにログインし、
「伏希の家に行ったことはあるが、部屋番までは確認しなかった。姫の部屋番は知っていたけど、場所は知らなかった」
「すれ違いが生んだ悲劇、ですかねぇ」
「俺らの姫が、知らんところでこの世の地獄みたいな目にあっているのは、確かに悲劇だわな」
「なんですって! くそっ! 隣に住みながら全く気付かなかった! 地獄は胸元だけにしておけって話ですよ! ちくしょう、もっと早く気付いていれば……! な、なんです、皆さん! やめ……いやあああ! オパイじゃない人たちに乱暴されるぅぅぅぅ!」
アスバリアの皆さんが、バカを順番にブレーンバスターしていく様に笑いながら、
「俺さ、お前のその『こっちの上司だってわかっても態度を変えないほんとヤベェ』とこ、結構好きだぜ?」
「せ、先輩……! 俺も……! 俺も、先輩にオパイが付いてたら好きです!」
とどめの垂直落下式ブレーンバスターが炸裂した。
石畳に伸びているブレのない男の様子に、
「お前、ようやく装備整えたな」
「皆さんが『初期装備とかクスクス』『無課金なのかしらクスクス』『やめなよ男子! 人それぞれ、いろんな『好き』があるブフォァ!』とか毎日取り囲むからでしょうが! くっそ、もう文明に触れたからな! 上がった生活レベルは下がらんぞ! 俺の胸部がセンシティブに急成長した時、人類は己の凶行に恐怖することになっても知らないんだからね!」
革のグローブと脛当てをぶんぶんと振り回している姿に感心。
上半身と下半身は薄手の革衣装で、防具としては心許ないが、
「お前は、クラスのせいで素の防御力高いから、それで十分だな」
「シャツにトランクスで充分なんですけどね。動きやすいし、倫理コードのせいで破損もないから、経済的だし」
装備に限らず、必要な道具類はシステムから購入が可能になっている。対価は、敵勢力を撃破することで得られる実績であり、
「主要な通貨に換金もできるから、節約は大事だけどな」
同じぐらい風紀も大切なんだよ、と先達としての忠告を授けると、
「ほんと、これで女キャラだったら装備スペック無視した、見た目重視エロかわ姫コーデプレイで自家発電できたのに!」
欲望を垂れ流してきた。
いい加減現実を受けいれろ、お前は女の子にはなれないんだよ、と言いたいところであるが、
「お、ほら来たぞ。本物が」
城下からナディに手を引かれた『お姫様』が現れたため、転がる後輩を助け起こして『最後の主』を待ち設けるのであった。
※
ウィンディの開示してくれたクラスを確かめた子心は、
「プリンセス?」
薄藍を基調とした絹の、肩を大きく出したドレスに身を纏ったお姫様へ、不服そうに片眉を押し上げてみせた。
眉間に来たウィンディが、
「なによ、何か文句でもありそうな顔ね」
歯を剥きだして、不服をそのまま返した。
腕を組んだバカは、
「プリンセスって言ったら、アラインメントバリ高のイカれたバッファーで、解放軍のアイドルヅラで参入したのにあんまり強すぎてアラインメントがモリモリ下がって、解放部隊から処刑部隊に転属させられた挙句に、最後はアンデットたちと夜の営業廻り(物理)に従事させられる、汚れ仕事専門悪堕ちヒロインでしょ⁉ 悪堕ち、ヒロイン、でしょうが!」
個人の感想がふんだんに織り込まれたゲームの感想を垂れ流すから、リアルのお姫様から左のダブルフックが見舞われている。
「ひ、姫様! 落ち着いてください! ほら、猫ちゃんの動画でも見て! ね⁉」
「汚物が、命拾いしたわね……ちょっと? どうしてこの猫ちゃん、血塗れの口元でこっちを威嚇してくるの? ねえナディ、私すごく怖いんだけど」
「慣れたら可愛いく見えてきますよ」
近侍の言葉に、分かり合うって難しいことね、みたいな悲しい顔をして歩き出す。
向かうのは、城壁外に出るための通用門。
顎を撃ちぬかれて膝が笑っていた子心は、
「姫様、どうしてリングの上の殺人ライセンス持ちみたいに、急所を的確に撃ちぬいてくるんです……?」
「元は、継承権争いにも無縁な『深窓の令嬢』だったんだけどなあ。そのお淑やかさをぶち抜くぐらい、お前に殺意があったんだろうなあ」
打撃力と精密さにも理由がある、と先輩が肩をすくめ、
「それをお前に見せるために、今日はお姫様を呼び出したんだよ。よし行くぞ」
全員に声をかけて、先を行く主従の後をぞろぞろと追いかけ始めた。
※
城を出て、丘を登り、広がる平野を一望する。
朽ちた街道の先、いくつもの『拠点』が距離を保って群立しており、
「うわあ。昨日、かなり頑張って押し込んだのに、もうここまで来るんですか? ほとんど振り出しじゃないですか」
「押し込むだけ相手の密度が上がるから、逆侵攻も早くなる。基本的にはいたちごっこになる仕組みで、こっちが根気負けするまで続けるのが向こうの戦略だからな」
「うへぇ。確かに、小鬼型のサイズが少し大きいですね」
最悪だなあ、と呟く子心だが、その目は輝いていて攻略に思考が羽ばたいていることがよくわかる。
彼を引き入れたことは『ピリオド』であることを差し引いても、良いことだったと、ジョードは満足に、詰めた息を吐き出す。
この世界は、自分たちが逃げ出した故郷である。
捨てた世界に未練がましく奪還の夢を抱いて旗を掲げているが、これが、どれほど無益なことかはほぼ全員、姫も含めて誰もが抱いている思いだ。口にこそ出しはしないけれど。
そこに、連れてきたとはいえ部外者に『かわいそう』だの『大変だ』などと言われては、『お前に何がわかるものか』と思ってしまう。
だから、こちらの悲愴を鑑みず、ゲームと割り切って参戦してくれる少年は、ひどくありがたい存在だ。
子心の人と為りを知って誘ったのだから、目論見通りではあるのだが。
だからこそ、こちらの札を見せておく必要があると判断しての、御親征である。
「見ておけ、子心」
「え?」
丘のてっぺんに陣取ったウィンディを手で示せば、
「なにか、光が集まっています?」
両手を掲げたその体に、蛍のような光体がつどっては踊っている。
抜けるような青空に、陽光に、負けぬ輝きはどんどんと大きくなっていき、
「行きなさい……!」
開いた両の腕を丘下へゆっくりと下げていき、
「あれは姫様……『プリンセス』のクラスを割り当てられた、最後の王族の威力だ……!」
これから巻き起こる事態に、騎士団長は固唾を呑む。
光は目が眩むほどに高まっており、薄い唇が古の呪文を紡ぐかのように、
「アスバリア・ロイヤル・エネルギーキャノン・アンドシャワー!」
「なんか直訳の弊害みたいな技名が飛び出してますよ! 先輩! 先輩!」
目が眩むばかりの輝きと轟音。
大気を裂き、
共に放たれた必殺技名に、後輩が青い顔をしてこちらの腕を引くが、今はシリアスのターンなので腹パンで黙らせると、
「こんなものでいいかしら?」
光がひいた後に現れたのは、一仕事終えて胸を逸らすお姫様の姿。
細い美しい指を丘の下に指し示すと、見渡す限り、蠢く者の姿が消えた平原がそこには広がっており、屹立していた拠点らも一掃されている。
譲恕は、お腹をおさえる後輩の「すげぇ」の呟きを耳にすると、
……目論見は成功、だな。
満足げに笑うのだった。
※
最後の王族として、アスバリアから多大なリソースを受け取っているウィンディ・アスバリアの、唯一であり絶対の戦力である。
広範囲の敵性戦力だけを消失させる『エネルギーキャノン』と、
「すごい、なんですこれ! 昂る! やめろよ、貧乳で昂るとか俺を汚す気か!」
広域の味方強化である『シャワー』で構成された、大技である。
もちろん、世界からリソースを割かれ、心素によって再構成された肉体は精強であり、チョッピングライトだって強力だ。
打撃で地に伏せた『ピリオド』を一顧だにせず、
「ほら。このバフだって、時間制限あるんだから、早く行ったら?」
観客根性で眺めていた国民たちの尻を叩く。
それぞれが腰を上げるなか、バカが体を起こして、
「すげぇ! やっぱりプリンセスはイカれバッファーなんだ! 悪堕ちヒロインなんだ! おい、どこにオパイ隠してるんだ! 出し惜しみしないで全部出せよ! おうジャンプしろよ!」
立ち上がり途中のこめかみにチョッピングライトを差し込んで、忌々しげに、
「すごくなんかないわよ、これ一回ぽっきりなんだから。だからほら、バフが切れる前に進めるだけ進みなさいよ?」
スクリーンを取り出した。
こちらの動きにナディが慌てて、
「お帰りですか、姫様。久しぶり来たのですから、皆の戦いを……」
「督戦していればいいのかしら? ガス欠で何もできないお姫様が?」
自嘲するように肩をすくめて拒むと、
「あなたも急いだら?」
「……はっ」
視線を下に切って駆け出した近侍に、言い過ぎたか、とほんのり後悔を得ながらも、
「……積み木みたいなものよね。明日には容易く崩されているのに、戦線をあげることに腐心して……」
意味があるものか、と毒づいて、捨てた故郷を立ち去る。
最後、寝転がった『ピリオド』の不思議そうな目を見咎めたが、さして気にも留めず、異郷で割り当てられた自室へ帰るためにログアウト手続きを終えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます