3:姫は悲惨な境遇で
一通り撫でまわしたてツヤツヤした魔女が立ち去った後で、ちらほらと参加者が集まり始めた。
お遣いを頼んだ撫依以外の全員が到着したところで、予定通りミーティングを開始。
「今日は、現状の確認とこれからの方針について……まあ、いつもの内容だな」
椅子に腰かけて並ぶ全員を見渡す。数は、おおよそ二十人。
誰も彼も、敗れた故郷から共に亡命してきた者たちで、忘れようもない面々だ。
けれども、全員ではない。
先客だった魔女のように、アスバリアに見切りをつけて、この世界に順応した者や故郷以外の戦場を選んだ者もいる。
集団の代表代行を担っている譲恕、さらに補佐をする撫依にとっては、彼らを責めることも引き留めることもできない。
それほど、状況は悪いものだったから。
「簡単に言うと、そこで賢者タイム入ってるバカが、カンストまでレベルを上げたら決着、なんて単純な話じゃないらしい」
敵の性質上、こちらが押し込むほどに密度が上がり、脅威度が増していく。
勝利するための最終局面を想定すれば、
「一個にまとまった最大戦力との正面決戦になりますよね」
「面倒だなあ。こっちは、レベルアップで戦力強化は可能ですけど、限界があるから」
「今ですら、MOBが中位クラスまで育っていて、俺らじゃ面倒になってますからね」
口々に課題を確かめる面々のうちから、
「それで、どうして俺がバキバキのマックスになっても勝てないんです?」
「お、復活したな」
「いやあ、天国? 地獄? をさまよっていましたからね! 例えばあの二つのふくら……」
「レベルってのを具体的に説明してやるか」
集会前に魔女と密会していたことは、後ろ暗いことはないにしろ、明らかにしたい話でもないから、口走り始めた後輩を遮るように講釈を始めことに。
※
「ワンダーマテリアルで舞台の世界に行く時に、精神体になるって話は覚えているか?」
「ええ、はい。あの後、自分でも調べたんですけど」
精神体、というのは説明を簡便にするためで、実際は『心的構成素』という名称である。
思想、感情、記憶、思索など、おおよそ精神活動に関連する要素の複合体であり、デバイス『ワンダーマテリアル』を利用して抽出され、異世界に送り込まれていく。その際に世界が持つ『リソース』を拝借し、実態を得る、という寸法だ。
「つまるところ、ログインの初期状態で個人の能力はだいたい決まるとか」
「そうだな。残酷な話ではあるけれど、気に入らなかったら別の世界に行けばいいから、現実よりは有情だよ。な、伏希?」
「はあぁぁ⁉ どうしてそこで俺に同意を求めるんです! あれか! うちの親が子作りガチャ失敗したとでも言いたいのか⁉ くそっ! くそっ! 俺だって子作りガチャしてぇよ!」
「毎夜毎夜、ちくわで遊んでお隣に迷惑かけているうちは無理だろ」
ド正論に後輩が腰から崩れ、周りがひそひそし始めた。
で、まあ、と続けて、
「レベルってのはその心的構成素、略して心素の活性化状況を示す指標でしかないからな。上がれば当然、個人で比較すれば強くなれるんだけど、他の人と比較したら悲しいことになりかねない。な、伏希?」
「だからどうして俺に同意を……! あれか! ゲームでイキってんじゃねぇぞ、現実を直視しろなんて……くそ、ロープはどこだ! 俺は生まれ直してオパイを生やすんだ! 天国じゃないか!」
力強く絶望から天国に渡った後輩に、
「つまり、お前がレベルを馬鹿みたいにあげても、解決しないって理由がわかっただろ?」
※
子心はううむ、と腕を組んで今の話を吟味する。
「俺の能力とレベルキャップが異常に高いのは、おそらく『ピリオド』に選ばれたせいですね。で、これは世界アスバリアが持つ、残ったリソース全てであると」
周囲の頷きで、この辺りまでは共通認識であることを確認。
ならば、と首を傾げて、
「残っていたリソース全て、ということは、全てのリソースでないですよね」
当然の話である。
譲恕や撫依、さきほど会った魔女やここいる面々。アスバリアの持つ容量を、全員で分かち合っているのだから。
ということは、
「こちらの戦力は固定で、あちらは可変。どこかのタイミングで俺を上回られたら、成す術ないでは?」
「そういうこと。だから、リソースを有効活用するには、お前が一人で突っ込んでも仕方なくて、全員が並んで戦線をあげる必要があるわけだ」
けれども、と子心は続ける。
「いま、ログインしていない人たちもいますけど、その分は単純な穴になるわけじゃないですか」
こちらの世界からログインしている人たちはリソースを返上すればともかく、元の世界から亡命してきた人たちは生まれついて分け与えられたものを返上は出来ないと聞いている。
だからその分も考えなければならない。
「あれだけのお城があるんですから、王様が一声かければどうにかならないんです?」
言うと、譲恕をはじめとした、全員が苦い顔に。
「あ、なんか、変なこと言っちゃいました?」
「末期に亡命した国だ。生き残りは子供に老人が多かったから、まあ、贅沢言うなって話でさ」
「あぁ……それはすいません」
なるほど。少し考えればわかることで、加えて無神経な発言だった。
謝罪に、けれど彼らの表情は雲ったまま。どうしたものかと言葉を待っていると、
「いや、王族についてはその通りなんだよ」
え、と驚きと疑問を越えに込めたところで、会議室のドアが引き開けられ、
「姫を連れてきたぞ。姫、ほらここまで来たのですから観念してください」
撫依が、細い腕を強引に引きながら顔を表した。
引き連れられて現れたのは、絶世と言っていいほどの目鼻立ちであるが、半目は輝きが無く、猫背も相まって無気力に見える少女だった。
子心は、その顔になんだか見覚えがあって、記憶をゆっくり掘り返していくと、
「表情も胸も無なお隣さんじゃねぇか!」
美少女の眉根が驚きから殺意に歪み、従者の手を振り払ってダッシュで接近すると、
「なんであんたがここにいるのよ!」
座ったままのこちらに、全力のチョッピングライトを見舞ってきたのだった。
※
ウィンディ・アスバリア。
アスバリア国最後の王の三女であり、現在は最後の王族である。
騎士ジョード・エイラルドと近衛ナディ・ランに連れられてきた亡国の姫君であるが、親族と国を失ったショックで公的な舞台に顔を出すことはなくなり、学生という身分を与えられて無為な毎日を過ごしている。
で、家臣たちはいろいろと腐心していたのだが、
「なんですか、先輩! お姫さまっていうから期待していたのに! こんな高校生(10)みたいな美少女だけどピクリともこない美少女は! 美少女って言ったら、もっとこうバインっていうか……ねぇ! 美少女ですよ! わかるでしょ先輩!」
今は元気に、美少女の定義が独特な説法者へ、チョッピングライトを叩きこんでいる。
「へ! そんな貧乳パンチなんざ、屁ほども効かねぇよ!」
膝を震わせながら強がるから、もう二発がおかわり。
「毎日毎日、夜中にこっちの頭おかしくなりそうな奇声をあげるわ、ドアに向かって『貧乳!』とか叫び喚くわ……ここで会ったが百年目だわ!」
当初は乱心したお姫様を止めようとしていた撫依と他多数だったが、今はもう、目頭を押さえながら、
「姫様、なんて不憫な……!」
「寮の隣ガチャ、引き直しできねぇのかよ……」
「暴力系ヒロインは古いけれど、そういうのとは別だよね、これ」
不義を重ねている指導者に。同情の声を唱和していた。
この会場をセッティングした騎士団長兼代表代行は、血を血で洗う惨状に目を丸くしながら、
「……二人、顔見知りだったのか?」
これまでのいろいろな伝聞を思い出すに、笑えるような目の前が真っ黒になるような、そんな心持ちになってしまった。
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