4:終わりを打ち込む者
城壁前まで移動する道すがら、細かな説明が、先輩からなされた。
つまるところ、このゲームの舞台は異世界の現実であり、プレイヤーはこの現実を倒しても倒してもキリがない『化け物』から防衛、奪還するのが目的である。
それじゃあ、ワンダーマテリアルに接続している肉体はどうなっているのかと疑問すると、
「簡単に言うと、精神体だけを異世界に飛ばしているだけだから、実際的な負傷や損傷はない。死んでもリスポーンできるってことで、あの化け物どもとも互角に戦えるってわけよ」
まあつまり、地球ではオカルトに類する技術を、交流を持てた異世界の力で科学に昇華させたのだとか。
美しくも寂し気な、無人の城下町の目貫通りを抜けながら頷くと、
「そうすると、この街や城は、実際に誰かが住んでいたってことですか?」
問いに、一拍置いて、
「そうだな。あの家も、あそこの店も、向こうの宿も、全部持ち主がいた」
それじゃあ、
「その人たちは、どこへ行ったんです? まさか全員が化け物にやられてしまった……?」
「いや……あぁ、広義的にはそうなるのかもな」
え、と並ぶ先輩の顔を見れば、
「敗北に敗北重ねて、最後は生き残り全員で亡命したんだよ。地球に」
※
「この国の王様は、賢く優しく勇敢でな、辺境の危機に先頭を切って出陣していったんだ。乳兄弟になる勇猛な騎士団長と、騎士団の中でも精鋭を引き連れて、な」
けれども、
「幾日待とうと凱歌は鳴らず、代わりに丘向こうの農村から難民が雪崩れ込んできたんだ」
それは凄惨な有様で、
「追ってくる、黒い怪物たちをすぐさま蹴散らし、彼らを城内に匿った。同時に疑問が沸いたよ。あんなにも簡単に蹴散らせるものに、精鋭たちが敗れたのか、と」
疑問は翌日には解かれ、ひと月が過ぎる頃には絶望に変わった。
「倒しても倒しても、キリがないんだ。こちらは疲弊し、負傷して、誰かが倒れて穴が空いてしまえば決して塞がらないのに、あいつらときたら、毎日毎日同じ戦力を投入してくる」
最後には、
「貴族も騎士も兵士も平民も、男も女も子供も老人も関係なく槍を弓を握っていた。誰か一人でも生き残ればいい、なんていう生存闘争だったんだよ」
そこへ、
「異邦人が現れて、傷ついても倒れても、すぐさま立ち上がっては化け物たちを撃退していった。で、彼らの代表が言うわけだ」
望むのなら、こちらへこないか、と。
「当時の首脳陣に、断るという選択肢はなかったよ。なんせ、総人口が二桁まで落ち込んでいたんだ。しかも、半数が子供と老人だ。奴らを殲滅して世界を取り戻しても、種を存続させる余力など残っていなかったからな」
※
言い草から鑑みるに、おそらく先輩は、
「その生き残りの一人、なんですか?」
「ナディもだし、参戦しているみんなのうち、半分ぐらいはそうだぞ」
軽く、あまりに軽く、しかも笑い顔付きで答えられた。
ここまでの話があまりに悲愴で、だからこそ彼の笑顔があまりに寂しく見えるから、なにかかける言葉はないか、できることはないか、と探すうちに、
「先輩、俺……」
「どうした?」
「元気出してください……キャラメイク終わったらおっぱい揉ませてあげますから……」
「キャラメイクは無いって言ってるだろ」
「目が痛い!」
指を折ったチョキで、目を突かれた。
ぐああ、とのたうち回って、
「言った通り、精神体を投影しているから、外見情報は生来のものを引き継ぐんだよ。だから、お前にオパイは生えない」
「ぐああ……!」
思い出したこの世の絶望のため、うつぶせに。
「まあけど、喜べ。お前は特別扱いだからな」
は、と腫れあがった目を持ち上げれば、全身鎧の先輩が優し気に笑って見せた。
その笑顔が、本当に心からの笑いに見えたから、子心もそれ以上は彼の過去を悲しむことも慮ることもやめることを、心に決めたのだった。
※
特別扱いと言うのは、
「お前は、この世界によって残っていたリソース全てをぶち込まれて『終止符を打つ者』として選ばれたんだ」
それは自分にいつの間にか与えられていた『ピリオド』というクラスの意味合いであるらしく、
「終わりに傾いた世界の防衛機能らしい。住んでいる人間が軒並み消えることで、行き場を無くした世界のリソースが、一個人に集中するんだと。だから当然、他の誰よりも強大な力を持っている」
「つまり……負ければ『世界が敵に勝てない』ことを証明する、ってことですよね」
だから『終止符を打つ者』、最後を招く者なのか。
状況として、一度この世界は敗北をしている。通常の営みと理で対抗し、各個に撃破されていき、全滅と言って良い態で異世界へ敗走したのだという。
そんな黒星のついた戦力が、この手にあるのだと言われて、
「怖気づいたか?」
試すように笑われる。だから、
「こちとら、歴戦のゲーム好きですよ? これよりヒドい絶望的な戦いを、どれだけ強いられたか!」
に、と獰猛に口端を持ち上げて、
「死なないでくれ、と校長から訓戒を受けた直後に授業という名目で裸のままダンジョンへ放り込まれるより、優しいもんです!」
「またやべぇゲームの話が飛び出たな……」
慄きながら、伏せたままのこちらの腕をとって立ち上がらせてくれると、
「ま、とにかく、押し込めるだけ押し込んでくれよ。俺たちの世界が、どれほどのものか見せてくれ」
背を叩き、信頼を分かち合う。
それから今日の予定だけれど、と切り出し、
「昨日はしばらく居残っていたんだろ? レベルはどこまで上がったんだ?」
「え?」
「俺らがオフラインの間に敵さんが押し返しているだろうが、お前は間違いなく昨日よりも強くなっている。あっという間に取り返せるぞ」
「レベルですか?」
「ああ。チャット開いた時もピロンピロン言ってし、相当上がっているだろ? 今日はとことん付き合ってやるから、ガンガン行こうぜ? ステ画面開いてみろよ」
肩を組まれ、開いた半透明のスクリーンを覗き込まれると、
「……ん? いち、じゃないか?」
「いやあ、皆さん帰った後、変な敵が出てきて秒でコロがされたんですよ! で、ヤロウぶっ殺してやる! ってツムジに血が昇っちゃいまして! 朝まで全力でレンコしてたらいつの間にか! デスペナって、経験値なんですね! んん! どうしました、奇襲を喰らった魏軍みたいな顔をして……おやおやぁ? この軌道はバックドロップじゃないですか⁉」
満面の笑みが、見事なブリッジを決めながら地面に突き刺さっていった。
※
罰として、今日もチュートリアル担当を押し付けられたナディ・ランは、居残りとなるテラスから、
「このまま強制レベリングだ! 覚悟しろ!」
後輩を手押し車に縛り付けて城壁外へと駆け出していった騎士が、
「ちくしょう放せ! 俺を縛っていいのは、明日を夢見る希望と勇気だけ! 具体的に言うと右のオパイと左のオパイ、その両輪なんですよ! え、ちょっと待って⁉ いま俺、両輪駆動マシンに乗っけられているってことは、実質オパイに乗ってるってことですか! 先輩! ねえ、どうなんです! 先輩!」
手押し車を、その辺の大木に衝突事故させるのを目撃していた。
ぐったりと動かなくなった刑者を、何事もなかったように別の台車に乗せて再度駆け出していく姿に、残された他の面々が戸惑いながら別方向へ侵攻していた。
「デイリーをこなすには、十分か」
元々はこちらの世界で剣を握っていたとはいえ、日本社会に溶け込んでいる現在、誰もログイン時間は限られてくる。不在の間に浸透前進してくる敵に対して、十分な空白地帯を確保しておくことを基本戦略として運用しているのが現状だ。
おおよそ『拠点』を四つ奪うことで、一日程度は最終防衛地点である城壁への張り付きを阻止することができており『日課』としている。
敵が密度を弱めている現状、難度は高くない。が、毎日となるとなかなかハードルが高くなるのがわかっているから、
「シシンが皆の負担を下げてくれるなら、万々歳だな」
彼であれば、日に十も容易く奪ってこられるだろう。
ローテーションの負担も下がって、戦局に一息をつけることができる。
そんな彼を、ジョードは『厄星』なんて例えていたが、
「言う割には、ひどく楽しそうじゃないか」
あんなにも激怒し、あんなにも笑う『最後の騎士』の姿なんて、いつ振りだろうかと逡巡するほどであり、
「それならもう、希望の星でもいいんじゃないのか?」
己の口端も、愉快に持ち上がっていることに気が付いて、小さく息をつくのだった。
明るく良い、そんなものを多量に含んで。
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