3:真実に熱意に

 ワンダーマテリアルを介して、アスバリアに再訪した子心は、


「ここは数ある異世界の一つ?」


 先に到着していた先輩二人に、なんともぶっ飛んだ単語をぶち込まれて、さすがに困惑してしまった。


「そう。あっちの世界を取り囲むように、いくつもの異世界が存在していて」

 譲恕が言葉を切り、城壁の向こうを指さすと、

「どれもが『変な化け物』に侵略されている状況にあるんだ」

 昨日、自分が駆け抜けていった丘を、例のMOBが逆に向かってきていた。


「あの辺、昨日には俺が蹴散らしておいたはずなのに……」

「あれらは、まともな生物じゃない。いくら倒しても甦ってくる」

 膨らんだ胸鎧下で腕を組む女騎士が、忌々し気に奥歯を鳴らす。

「あいつらは『全体で一』の存在でな。必要に応じて個体数を増やしてくる。倒すと『全体』に戻っていって、再生産される始末さ」


 つまり、いくら撃破したところで、総量に変化はないということであり、

「生身の人間が相手にするには、最悪の部類の侵略者ってことだ」


 じゃあ、と子心は沸いた疑問を口にする。


「向こうの勝利条件は侵略完了、ですよね。それならこちらは? モグラ叩きを続け

るなんて、不可能でしょう。おぱい叩きなら延々と任せてもらって構いませんし、叩かれる側でも準備万端ですけど! どうです、いまから方針変えることはできないんですか! 運営!」

「どうどうどう。今はシリアスのターンだから。な?」

「なるほど閃いた! シリアスなオパイがあれば、空気は壊れないということですね! どこかに落ちてないかなあ! できれば二つ! 正確には一対!」

「通報ボタンが必要だな」


 シリアスに、昨日ぶり三度目の黥が記された。


      ※


「こちらの勝利条件は、この世界にある、あいつらの『拠点』をすべて潰すことだ」


 世界から世界を渡る『敵』は『拠点』を介しており、完全に締め出してしまえば、拠点の再構築は難しくなるのだとか。


「だいたい一つ目の拠点は、密かに時間をかけて構築されていく。見落とされて気が付いた時は手遅れ、というパターンだな」

「じゃあ、逆に完全制圧されてしまった場合はどうなるんです?」

「あいつらが地球に侵攻する橋頭保にされる、だな」


 そこで、子心はいろいろと理解を得る。


「だから、今日の集会に来ていた人たち、目の色が激しかったんですね?」

「動機は様々だ。義務感に逸る者も、報復を決意する者もいる」

「プレイ内容から用意されているっていう報酬を狙う者も、ですよね?」


 どこのどのような組織かわからないが、地球の防衛のために異世界に協力しているということだ。そのためのデバイスがワンダーマテリアルであり、動機づけが金銭。

 割と、シャレにならない状況にあることを理解して、通報ボタンに赤色を着色されている少年は、うつむいてしまう。


「これはちょっと……」


      ※


 まあ、仕方がないな、と譲恕は嘆くように肩を落とした。

 楽しむつもりだったゲームが、突然に世界を守るツールであると告げられてしまったのだ。

 落胆は手に取るようにわかる。

 自分はこの少年のことを、ちょっと頭爆発しねーかな、と思うことはあっても概ね好ましく思っているから、無理強いはしたくないのだ。


「ま、そういうことだ。気に入らなかったら降りたほうがいい。まだクーリングオフも効くだろうしさ」


 たとえ、彼が『ピリオド』などという『決着』を呼び込む存在だったとしても。

 バイト先で知り合った少年は、だらりと下げた手を拳に握り、

「つまり……」

 喉を絞るような声で震え、


「つまり、MMOじゃなくてリアルタイム型ストラテジーなわけですね!」

 咲くような笑顔で、ゲーム脳を炸裂させてきた。


      ※


「メーカー側の売り込み方に難があるパターンかぁ……営業が企画会議に参加できてなかっりするんですかね!」


 譲恕は、うんうん、と首を縦に振る少年に、


「いいのか、お前? 思ってたのと違うんじゃないのか?」

「え? いや、そんなの、群雄割拠時代に生きた俺にしてみたら、日常茶飯事ですよ! ジャケ買いしてみたら『詐欺じゃねぇか!』なんて経験、数多ですから! あのタイトル画面に出てくる二つの意味でバストアップな女戦士は、どこにいるんだ! どこで仲間になったんだよ……! ちくしょう……! 痛い……! こめかみが、痛いんだ……!」


 トラウマが開いたのか国士無双の構えを始めたので、撫依がアイアンクローで立ち上がらせる。

 頭蓋を締め上げられて正気に戻ったようで、


「まあ、あと、ガチな方々には申し訳ないですけど、ゲーマーじゃないにしてもこんな経験滅多にないですからね。すごく楽しみなんですよ」


 などと、こちらが想像していた以上に鷹揚な答えが返ってきたために、思わず吹き出してしまった。


「まあ、楽しめるなら、楽しんだほうがいいさ。なあ?」

 呼びかける先は苦い顔の女騎士であり、


「私からは何も言えん。真面目に考えてもらいたいところだが、贅沢を言える立場でもない」

「ふざけるな!」

「……っ⁉」


 突然、額に通報ボタンが施された少年が、激昂した。

 自分と同じようにたじろぐ女騎士へ、言葉を叩きつける。

「だったら言わせてもらうけどな!」

 熱量を最大に、必死で、切実に、


「ファンタジーな女騎士なら、もっと薄着でオパイをバインバイン揺らしていろよ! そしたら真面目に、目の前に正座で見上げながら、全肯定して眼球おっぴろげてやりますよ! ねぇ、先輩⁉ スカートヒラーだけとか、覚悟が足りないですよね! 先輩! ねえ!」

「見るな見るな! こっちを見るな! 俺は関係ないぞ!」


 結果、ボディスラムが二回叩き込まれることになった。石造りの床に。

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