2:確かめるべき思考偏向
様々なデータを示しての講習会はおおよそ四〇分を費やし、その後の質疑応答に三〇分をかけて終了と相成った。
人の波が狭い出入り口に殺到する中で、ようやくヘッドロックから解放された被害者風の加害者は、
「率直な感想としては、撫依先輩にヘッドロックされたかったですね! 違います撫依先輩、それはアイアンクローです! 確かにヘッドはロックしていますけども! ああ! やたらひっかき傷の多いカサブタだらけの指が、俺の頬をゴリゴリって! なんだか新感触ですよこれは!」
特殊なプレイに入り始めたところで、男の方の先輩が解放を促してやる。
悶着の内に人波はひと段落しており、緩やかになった混雑に紛れて外を目指す。
今日は温度が高く、梅雨独特の蒸し暑さとむせる匂いが、各棟を結ぶ連絡通路を満たしていた。暑苦しさは、講義室から出てきた人数が立ち話やら何やらで掃けておらず、人口密度が高まっているのも原因だろう。
黙っていてもにじむ汗を鬱陶しげに拭いながら、子心は報告会と銘打たれた集会の内容を振り返る。
「数値の意味とかはさっぱりでしたけど『ワンダーマテリアル』の名前が頻繁に出ていたことと、意味の取れない単語群が順番に出てきたことから、おそらく各サーバーの進捗具合の確認ですかね」
譲恕がうんうん、と頷いて、
「どうしてゲーム内の進捗が、リアルの現場に集まって行われているのかはわかりませんけど、説明していた人は明らかにどこかのお偉いさんだし、聞いている側にも学外の人混じっていましたから、定期的なテストプレイヤーの報告会なんですかね。回数が胡乱でまあいいやで流していたから、各地で似たようなことをやっているとか?」
撫依が驚いたような顔を向ける。
「前知識なしで、そこまでわかるのか?」
「こいつは、状況から大まかに察するのが上手くてな。たぶん、ゲーム脳なんだよ」
「伊達に、取説もチュートリアルも拒みながら生きてきたわけじゃないんですよ!」
「で、なんの進捗なのか、わかったか?」
「わかるわけないでしょう! バカかよ! エスパーにでもなったつもりか⁉」
「な? これがゲーム脳の限界なんだよ」
「人の話を聞かないことを誇る人生は、こうやって詰んでしまうのか……」
「ちくしょう! 上げて下げるとか高等技術使いやがって! どうせなら、そこのオパ」
女先輩のネックハンギングツリーで、上げてから下ろされた。
※
子心の顔に血と酸素が戻るのを待ってから、
「で、他に何か思うことは?」
「あー……気になったのは質疑応答でしたね」
口を開いた者、静観していた者、誰の目もが真剣を通り過ぎてギラついていたのが印象深かった。
それぞれ明度にばらつきはあるが『強い』ことにはズレがなく、では果たして、あれだけの人数が不一致なく同じ感情を共有できるものなのか。
「最初は、例の『報酬』絡みかと思いましたけど、質問内容が『戦力の増減』と『現状の疲弊度への理解』に集中していたのがひっかかりました。まるで……どうしました?」
良い例えを探して言葉を休めると、先輩二人が立ち止まりこちらを見つめていることに気が付く。
瞳の色は、興味と、それから濁りの強い覚悟。
驚いて、言葉を呑めば、
「……まるで、なんだ?」
促してくる。
だから誠実に、沈痛に、
「数値細かい系のウォーシミュレーションやっている時に、構築した前線が崩壊した時の俺の心情ですよね……あれ? どうして、苦虫を噛んだような顔をしているんです?」
「これがゲーム脳、か……」
どうやら共感は得られなかったようだった。
※
とにかく、と伸びをした譲恕が、
「細かい擦り合わせは、ゲーム内でやるか。今日はバイトもないし」
太く強い腕で、こちらの肩を叩く。
ただ知っておいてくれ、と、長身を追って視線を合わせると、
「俺たちは戦争をしているんだ」
ひどく真剣な表情で語り、並ぶ撫依も硬い表情で頷いてみせるから、やはり真剣に、
「十八にもなってゲームと現実の区別がつかないとか……これがゲーム脳か……!」
ツープラトンのネックハンギングツリーがお見舞いされる結果となってしまった。
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