4:義務と責任が伴うから

 英羅・譲恕は、もう慣れてしまったログイン中の独特な浮遊感に、ため息を漏らす。

 今日一日を終えた疲労と、今から始まるもう一つの義務を達成するために予想される疲労への息抜きだ。

 まあ、いつも通りにこなせば、事もなし。

 そういえば、


「伏希のやつ、無事にログインできたかね」


 マシンの起動から開始まではひどく単純であるから問題ないだろうが、インターフェイスがとにかく不親切だ。

 最新ゲーム機に触れてきた譲恕としては心配を覚えるが、


「昔のゲームは、二十あるステータスの内容も、操作方法すら説明なかったらしいからなあ」


 すべて、言動が走るゲーム好きな後輩が、嬉々として語ったことだ。だから、まあ不親切なくらいで丁度いいのかもしれない、なんて少しおかしく思ってしまう。


「デイリーこなしたら連絡とってみるか」


 まぶたをぐっと閉じれば、瞳に光が、頬を洗うそよ風が届けられた。

 到着したのだ。

 アスバリア城のテラスに。

 戦場を導くために。


      ※


 石床と足の接地感と、あちこちに細かな傷を負った着慣れた全身金属鎧の具合を確かめていると、


「ジョードか」

 ブレストプレートにスカートを合わせた、表情の硬い顔見知りに声をかけられた。

「今日はお前さんがここの担当か、ナディ。おつかれさん」


 労われた女騎士は、腰に手を当て、眉尻を下げながらため息を見せる。


「貧乏くじだよ。こんな末期の世界など、誰も選びはしない」

「まあなあ。こちらの勢力圏は、あの壁からこちらだけ」

 見るのは、無人の城下町。と、その向こうの取り囲む城壁。


「すでに、陥落寸前の籠城拠点さ。カジュアル勢は倦厭するし、MMOやりたい連中も無人の街を見て帰っちまう」

「手頃な戦果を稼ぐには良いかもしれないが、手頃以上にはならんから『戦果稼ぎ』のような者も寄り付かん」


 人手が欲しいのだがな、という彼女の嘆きもよくわかるし、


「そんな絶望的な世界に気まぐれで入り込んだ奴を逃がさないように、初期地点に説明役を置くことにしたんだ。我慢しなさい」


 笑い、さて行くか、と剣と盾を確かめたところで、

「そういえば、珍しく新規入場があったぞ」


 意外な言葉を耳にする。タイミング的には頭おかしい後輩かもしれないが、

「コクシムソウの構えをしながら自分の胸を泣きながら揉みしだいていたな」

 狂った証言から、頭おかしい後輩で確定。


「私の猫ちゃん画像を見せてやろうとしたら、ダッシュでフィールドに出ていってしまった」

「猫ちゃん画像ってあの、逃げようと必死にお前の手をひっかき続けて返り血に染まっている、凄惨なスプラッタ画像のことか?」

「ふふ、あれは良く撮れていたな。瞳孔が開いているのが最高にたまらないんだ」


 言動が完全にシリアルキラーだけど、まあ血を出しているのはこの猫狂いだけだから、説教だけで済ます。

 それはともかく、後日合流を考えていた後輩が偶然にもここに居るとわかったので、色々と手間は省けたことに、少しばかり心を軽く。


「現場に出たなら、そろそろ見えるか?」


 セオリーなら、城門前にたむろしている連中と外に出て、丘を登って敵勢力を攻略していく。

 その丘が、このテラスからだとよく見えるのだが、


「……土煙あがってるな」

 巻き上げている先端に目を凝らすと、

「……一人だし、初期装備だな」


 シャツにトランクス姿の何者かが単騎、両手足を振り回しながら、丘を駆けのぼり、頂点に達して下るために姿を隠した。

 見えるのは、土煙だけ。

 ちょっと今日の担当者に批難の視線を向けると、


「私は悪くない。猫ちゃんを見せた後で分捕まえるつもりだったのに『自分ヅラだからいいえを選ぶ』などと意味不明な供述をして逃げ出してしまってな」

「お前、いくつか単語抜いて、不当に有利な証言をしているだろ。なあ?」


 二秒の沈黙ののちに目を逸らしたので、有罪判断。量刑として『明日もチュートリアル担当の刑』を言い渡すことになった。

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