3:誰や彼や、懸念は深く

 城内は誰もおらず、外へ誘導する案内板があちこちに掲げられていた。

 シャンデリアやカーペット、燭台など調度品ばかりが整然とならび、かつての栄華を誇っているようだな、などと子心は独り言ちる。

 進行方向以外にはロープが張って進入を拒んでいるので、ゲーム脳を発揮して、案内に従っていく。

 とはいえ興味が無いわけでなく、覗き込んでみれば、絵画、テーブル、水差しなど。どれも、しっかりとそこにあるように見えるし、触れることができれば温度を確かめられそうだ。

 オープンスペース、プレイヤーの目が届かないとこまで精密に構築しているということであり、製作リソースの無駄使いにしか見えないが、


「そういうこだわり、嫌いじゃないよ! だけど! だけど、どうして、その情熱をキャラクリエイトに向けられないんだ! 修正パッチはいつ来るんですか!」


 笑顔のままサムズアップで湛えて、そのまま親指を下へ向けると、満足したのかゲーム進行を再開。

 やがて辿り着くのは開け放たれた正門で、広がる城下町であり、その先の高い城壁であった。

 城内と同じで、恐ろしいほどに細緻にこだわっているのがわかる。

 けれども、どこか不気味さがあり、理由を探れば、


「誰もいないからか」


 人の気配がないのだ。

 木と漆喰で塗られた住居群も、居住区画ごとに設けられた井戸を中心とした広場も、実際の生活を思わせる配置であるのだが、肝心の居住者の姿が無い。

 ……テストだからなあ、製作が間に合わなかったのかなあ。

 舞台美術の出来栄えと、NPC未配置という事実。

 不釣り合いさに首を傾げるところであるが、出来上がったゲームがあちこち『ちぐはぐ』だなんて、様々な作品を見てきた子心には見慣れたものだ。

 なにより、この『ワンダーマテリアル』はテスト稼働なのだから、そんなこともあろう。チュートリアルが、有志の手で行われている現状を見れば、さもありなん。

 納得に、うんうんと頷いて、案内に従って進む。

 人気のない城下町を抜けると、門を閉ざした城壁に辿り着き、


「お、人だ!」


 チュートリアルとして待ち構えていた、猫返しの容疑者である騎士を除けば、初の他プレイヤーの姿を見つけたのだった。

 それも、十人以上も。


      ※


 各々、城壁前で車座になっては、中空に広げた端末画面を広げて、談笑している。

 緊張はなく、とはいえ滾るような覇気もなく、なんとなく、


「オンゲの停滞期に入った頃に近いなあ」


 オンラインゲームだと、初期は『レベルが一つ上がったら』や『一つ装備を変えたら』という簡単に成長を感じることができる。そんな春の時代を越えると、強くなるためのハードルがぐっと上がってしまい、けれどゲームを続けなければ強くなれない、というジレンマに囚われる時期が訪れる。

 当然、製作側の意図したデザインであり、次コンテンツが完成するまでにプレイヤーが離れないようにするための施策だと、子心は思っている。証明として、エンドコンテンツが拡充するに従って、経験値ブーストやら装備ドロップ緩和など『春の時代』は長くなる傾向にあるから。

 ワンダーマテリアルを見れば、未だテスト状態であるから、停滞期がまだまだ浅い位置に設定されているのだろう。

 戦場となるフィールドに出ることなく談笑している方が楽しい時期なのだろうなあ、などと思いながら近づくにつれ、気付くことがある。


「すごい、なあ」


 個々人、それぞれの顔グラフィックが個性的で、とてもリアルなのだ。

 どれほど緻密なモデリングを用意したのか、シワやニキビ、ちょっとはみ出た鼻毛まで再現されていたりする。

 作った人間の頭の中見てみたいし、なにより、


「キャラクリなかったから、全員デフォルトモデル使っているかと思ったら、そうじゃないんだ! なんだ運営! やればできるじゃないか! ほら、早く、俺の胸筋を膨らませて、柔らかく! 溺れるほどの愛を自家発電できるように!」


 降って湧いた希望の光に、初期装備マンは両手を広げて天を仰ぐ。

 すると、壁前の人だかりが、不穏当な奇声に気が付いたようで、


「坊主! その恰好で外に行くつもりか!」


 なんとも優しい言葉をかけてくれる。

 ちょっと頭部にハンディキャップを抱える厳ついおじさまに向きなおると、


「そうなんですよ! どうにかなりませんか、この格好! そちら、ずいぶん個性的なキャラクリしましたねぇ! そういうセンス、嫌いじゃないですよ! だけど、俺はネカマとか変身願望とかそういうの一切なしに、純粋に女キャラで遊びたいんですよ! だって視界の下で揺れるんですよ! 純粋な気持ちがバキバキに滾りますよ! さあ、どこでキャラメイクできるんです! 隠し立てすると通報ボタンを押させますよ⁉」


 捲し立てる頭おかしい初心者に、おじさまは、


「いや、俺が言っているのは、額の『通報ボタン』二つと、装備の話で……」


 明らかに困惑しながら、周りの老若男女な仲間たちとひそひそ。

 すると別の、歳の頃ならこちらと同じくらいの少年が顔をあげた。


「ログインしたときに誰かいなかったか? クラスとか装備の話とか……」

「あ、チュートリアルは大丈夫なんで、断ってきました! なんか、仰向けに転がして無抵抗になったところを写真に撮るとか、特殊な犯罪者みたいなこと言ってて怖かったし」


 老若男女、全員が例外なく『えぇ……?』という顔でドン引いているから、やっぱりあの人やべぇ奴だったんだな。オパイが大きいから善人ではあるが。

 さて、と周りを見渡し、


「どこからフィールドに出るんです? 門に触ればいいんですか?」

「いや、あっちの通用門を使うんだ」


 指さす先には、正門に比べるとこぢんまりとした、けれど自動車くらいは通過できそうな木格子でできた門が構えられていた。


「おお、ありがとうございます! お礼と言ってはなんですが、キャラクリ終わったらオパイ揉ませてあげますね!」

「いや、いらんし、そもそもキャラは……」

「うおぉぉぉぉ! 待ってろ、未だ見ぬ怪物たちよ! 俺が世界を救い、柔らかい全てを手に入れるその時が、お前らの最後の時だ!」


 秒でギアがトップに入ったモンスターマシンが駆け出していくのを、


「……最後の時を迎える前に、世界救い終わってないか?」

「やめろ! 刺激するな! 戻ってきたらどうするんだ!」

「額に『通報』って書かれるとか、どうなっているんだ?」


 様子のおかしい新人と、加えて様子のおかしい本日のチュートリアル担当者へ、重大な懸念を抱きながら見送るのであった。

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