2:夢の舞台で叫ぶのは一〇代の主張と保身
まず、子心が感銘を受けたのは、
「評判通りだ!」
事前情報にあった触覚と、嗅覚であり、
「評判以上だ!」
見渡す限り広がる、緻密で広大なフィールドで、
「これは聞いてないぞ!」
両手の平が掴む、現実と同じ貧弱な胸板だった。
「なんだこのゲーム! キャラクリエイト無しでゲームが始まるとか、聞いてないぞ! 性別選択すらないとか、痛い美少女になりたいオッサンとか、お前これオテンテン無いだろみたいなイケメンになりたいオネーサンとかの、現代日本が誇る輝かしい闇が噴出した需要を満たせると思っているのか! おい運営!」
瞳を絶望に濁らせ、膝から泣き崩れながら、
「考え直してくれ! いや、わかった! 俺に巨オパイ付けるだけでいい! それで妥協するよ! なあ!」
四つ這いで石造りの床を連打しながら、一〇代の主張を繰り返した。
そんな、新世界で悲嘆に暮れる少年の頭に、
「その姿、新兵か?」
張り詰めた弦のような、美しい女性の声がかけられた。
※
悔しさの涙で汚れた眼差しを持ち上げると、まず、白で塗装された金属靴が見えた。
「同行者は無しか。一人でここを選ぶとは、物好きだな」
視界を持ち上げていくと、絶妙に内側が見えないスカートが風に揺れている。
「状況はわかっているか? 説明は必要か?」
声の出処を探してさらに視界を上げれば、靴と同じ色の金属鎧があり、さらには、
「顔が……見えない……⁉」
胸部装甲が前方に大きく湾曲して、子心の視界を奪っていた。
正確には隠れているのは口元だけで、肩で切り揃えた黒髪と大きく鋭いブラウンの瞳はよく見えているのだが、事実として相貌の一部が隠れており、
「なんです、このけしからんキャラデザと装備グラは! 最高かよ! もう中身がオッサンでも悔いはないし、迷いもない! 触らせてください! どうです、この国士無双の構えに免じて!」
濁る瞳に曙光を注ぎ満たしながら、迷いなく二心なく、額を石床に擦りつけた。
完全な、頚椎を晒すお願いしますの態勢。
だというのに、眼前の頭上から『許可』の言葉はなく、
「通報ボタンはどこだったかな……」
「やめてください! なんの権利があって、俺から楽園を取り上げるんです! くそう、わかりました! 本当の国士無双の構えを見せてあげましょう! 故事に基づいた伝説の秘技、くらえ『股くぐりの術』! あ、ちょっと足開いてもらっていいですか?」
「押し慣れていないボタンだからな、えっと、どこだ……」
許してもらえなかったので、秘技は封印されることになった。
あと、結局通報ボタンは見つからなかったため、国士無双マンの額に『通報』と書いてそれを押すことで、懲罰とすることとなった。
※
通報の黥を施した罪人を立ち上がらせると、金属鎧を着込んだ執行人は慈悲深く案内を続けてくれた。
「とりあえず、下で配布の装備を貰ってくるんだ。その恰好ではどうにもならんだろう」
言われ、己の体を見下ろせば、
「そうか、この格好……そういえば胸がなかったんだ……」
乗り越えた絶望を思い出し、またも膝が崩れそうになる。
「振り出しに戻るな。装備の話だ」
「すげぇ、球種で例えるなら頭を狙った火の玉ストレートだ……!」
慄きながら体を再び見下ろすと、よれよれのシャツにトランクスという、現実では人前に出てはいけない服装だ。まあ、額に通報とか書かれている時点で、だいぶ人目についてはいけない雰囲気を醸してはいるが。
とにかく、これがこのゲームの初期装備であり、
「トランクス姿なら、イチゴ柄にしておくくらいの遊び心もないのかよ……!」
「稀にそんなこと口走る輩もいるが、何かの隠語なのか?」
完全に誤解であるが、説明すると長いうえに理解も得られないだろうから、まあとにかく、
「これが初期装備で、ここにポップするんですね?」
「ああ。この世界で力尽きた時も、ここが復活地点だ」
「なるほど。つまり」
ひどく重要な事項である。なぜなら、
「ここで張っていれば、美少女巨乳ウーマンの爆裂肌着姿が暴発しまくりで見放題ってことですね⁉」
額の通報が、もう一つ増える事態であったから。
※
「うむ。完全に初心者だと判断した」
サインペンのキャップを締めながら、女性は持ち前の固い表情のまま進行している。
子心はなるほど、と頷いて状況を確信する。
「これはチュートリアルですね?」
「チュ……? あぁ、事前説明か。そうなるな」
反応からして、目の前の『くっころ系』騎士さんは、NPCではなく人間のようだ。おそらく、ゲーム起動時の様子から察するに、システムがひどく不親切なため、有志で初心者の案内をしているのだろう、と判断。
そうなれば話は早い。
「この世界の状況からだが……」
「あ、俺っていつも二週目ヅラして『いいえ』を選択するタイプの猛者なんで、そういうの大丈夫ですよ!」
「二週目ヅラ?」
「やりながら覚えるスタイルなんで! だいたい、目の前に新作ゲームが広がっているのに取説開くとかチュートリアル噛まされるとか、辛抱たまらんでしょ⁉ おあずけとか、俺はゲームの犬じゃねぇ!」
「猫が良いのか?」
「え?」
不意にぶち込まれた会話の流れから跳ねた単語に、思わず言葉を失った。固く生真面目な表情に変化がないので、ナチュラルになのがよくわかる。
わかるから、
「最近、撮り溜めている野良猫のへそ天写真がGを越えたんだ。見てみるか? 大変なんだぞ。捕まえてひっくり返すのは」
それへそ天じゃなくて、新しいタイプの虐待では? と深刻な疑惑も発生し、
「あ、じゃあ俺は行きますね? なにかあったら、その時お願いします!」
初見からのギャップも相まって、心がざわざわし始めたので離脱を決意する。
「あ、おい待て! せめてクラスの開示と、あと一枚ぐらい見ていけ! 目を見開いてすごく可愛いんだ!」
猫のそれって確か警戒と敵意じゃなかったかな、うろ覚えだから違ったらいいな、なんて淡い期待を抱きながら、場内の下り階段目指して駆け出すのだった
待ちに待った、夢焦がれた新たな世界の第一歩のために。
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