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水源+α

第1話 無名の日本人

 ——舞台はスペインのカタルーニャ州に位置する、ジローナという市街。そこに、スペイン二部リーグに所属する、とある古豪クラブがあった。

 そのクラブの名はジローナSC。毎年、二部リーグに所属している全二十二チーム中、十位から五位を行き来しているような、一見パッとしないサッカークラブなのだが、サポーター達の盛り上がりと熱気はどのクラブチームよりも勝っている。

 古くからジローナSCはジローナ街と共にあった。ジローナSCが歩んできた軌跡は、この街の軌跡とも言ってもいい。

 そして今季。なんとそんなジローナSCは一位のサラゴサに僅差で二位という順位につけていた。クラブが開設して以来、滅多になかった今季の躍進ぶりに、ジローナの街は過去一番の盛り上がりを見せていた。


 そんな中、今日。ジローナSCのホームスタジアムで、今季の最終節が行われようとしていた。勝てば優勝。負ければ、惜しくも二位に終わってしまう大一番であるこの試合。

 

 だからこそ、満員なスタジアムに入っている多くのジローナサポーター達は、伝統の赤と白のストライプが特徴的なユニフォームを身に纏い、同じユニフォームを着て入場してくる十一人の戦士達と一緒に、その瞳や心に闘志を燃やしていた。一部の熱狂的なサポーターたちは既に汗だくである。

 サポーター達はまるでコートに立っているかのように、互いの肩を組み、今か今かと試合開始のホイッスルが鳴るのを待っていた。


 怒号にも近い、多くの歓声が反響し、微かに揺れるスタジアム。観客達の熱気が篭った、このスタジアム内の空気を運び、肌寒いはずが生暖かい夜風となって、ワインレッドの大きな横断幕が微かに靡いている。


『El objetivo es la victoria!』


 そんな横断幕に大きく記されいるのは、『目指すは、勝利』というストレートな表現のスペイン語の文字。


 そう。全てはこの一戦のために。ジローナの街の人々は、総出で、大いにこの最終節での自チームの行く末に、期待と関心を寄せていた。


 勿論、この試合に関心があるのは、何もジローナ街だけではない。スペイン中が、世界中のサッカーチームも注目している。スペイン二部は一部ほどではないにせよ、クオリティの高い選手が多い、正に未来の卵がごろごろと転がっているリーグだ。来季の移籍市場に向けて、優勝候補同士のチームで、今試合で特に光る選手がいれば、当然引き抜きに動くために、多くのサッカークラブからも注目度は高いのだ。

 そして、それは世界中のサッカーファンからしても。日本のサッカーファン達からしても、それは同じことである。


『——日本のサッカーファンの皆さん、こんばんは。こちらの現地時間午前10時……日本時間では、丁度ゴールデンタイムの午後9時からキックオフの予定である、スペイン二部リーグ、最終節。現在二部リーグ暫定一位、アウェイでここ、ジローナスタジアムに乗り込んだサラゴサSC。それを迎え撃つのは、僅差で現在第二位に付けている、ホームのジローナSCです。今日の勝敗によって、リーグ二部優勝の座が決まります。今日はサラゴサファン、ジローナファンにとっても、正に天下分け目の一戦と言えるでしょう』


 二部優勝を競い合うチーム。二つのチームは同じ、リーグ優勝を目標としているが、境遇はそれぞれ違う。

 片や現在一位であるサラゴサは、優勝し、一部へ昇格し、二部に降格するのを、ここ数十年で繰り返して来ているような二部リーグでも、頭一つ抜けている強豪チームだ。


 一方、ジローナSCはクラブ創設以来、優勝経験も二回程度しかなく、クラブの栄光は久しく遠のいてばかりだった。しかし、毎シーズン、順位の中堅辺りを彷徨っているそんなクラブが、今季に限っては大爆発し、快進撃を続けた。スペイン一の影響力をもつとあるサッカー誌でも、『古豪から強豪へ、ジローナSCの復活』という風に、連日取り上げられた。

 今日は優勝候補であるサラゴサの牙城を崩さんがためにと、今まさに、期待もされていなかったクラブが、ジャイアントキリングを果たそうとしているのだ。


 世界的にも、サラゴサよりジローナSCにジャイアントキリングを達成して欲しい気持ちがあるのか、ジローナSCへの期待が高く、賭け金も高くなっている。


 二十一年振りの二部優勝へ。


 二十五年振りの一部昇格へ。


 世界中のサッカーファンがこの一戦を見守っていた。


『こんな試合に立ち会えることは光栄のこと極まりないのですが、今日の試合、恐れながら、今日のこの聖戦をお送り致しますのは、東都テレビアナウンサー、松木まつき 裕次郎ゆうじろうでお送り致します。そして、今日の試合の解説をして頂きますのは、元日本代表FW、西川にしかわ 雅史まさしさんを呼んでおります。西川さん、今日はよろしくお願いします』


『はい、えー、よろしくお願いします』


『さて、今日のような素晴らしいマッチアップを現地で立ち会えている訳なのですが……西川さんは今、どういう気持ちでしょうか』


 と、少々浮き足立っている様子で話す彼の声色的に、今のテレビ中継を見てる全国の人たちでも如何にもこの試合を楽しみだと分かってしまうくらいだ。巷では大のサッカーファンだと噂の松木アナウンサーに対して、解説を担当する西川は次にこう答えた。


『そりゃもう……ワクワクしてますね。スペインの二部リーグとはいえ、今季急成長を遂げた、未来を期待されるタレント候補もこの試合には五人くらい居ますから。両チームの中心選手たちが、一体どのようなプレーを私たちに魅せてくれるのやら……あと、こう言ってはなんですけど、今日のホームチームであるジローナSCは、私のお気に入りのクラブですからね。解説としてダメなのはわかっていますが、私としましては……やはり、ジローナに頑張って欲しいところです』


『ははっ、そうでしたよね。サッカー界でも、西川さんのジローナへの愛は語り草の一つとなっています。だからこそ、今日はそんな大のジローナファンである西川さんを、この場にお呼びした訳なんですけども……今日の試合の注目すべきポイント、または選手はいますでしょうか?』


 中継では、サッカーコートで各々ウォーミングアップをしている選手たちが映されている中、放送席では今日の試合開始前に抑えておくポイントの話題に入る。


『今日は二部優勝が決まる大一番。こういう時は、何が起こるか分からないですからね。サッカーで勝利を掴むためには、当然そのクラブに所属しているタレントの層の厚さ、環境、資金力……その他にも色々な要素が絡んで来ます。両チームとも、今季は他チームたちより、そこら辺は頭一つ抜けていた印象でしたね。サラゴサは勿論、今季からジローナは新たなフロントに変わった影響なのか、急成長していますしね。しかし、そうだとしても……総合力という点で言えば、やはりサラゴサが一歩勝るでしょうね。ですが、それさえも覆せてしまうのがサッカー魅力の一つである、独特の試合のです。この試合、その試合のを掴めるかで決まってくると思いますね』 


『なるほど……勢い、とも言うんですか?』


『簡単に言えばそういうことですね。サーファーみたいなものですよ。波に乗れるか乗れないか、という感じでしょうか。サッカーに言い換えるとするなら、両チームとも、訪れた好機を確実に決定機に変えるという点ですね。そうしなければ、特に接戦が予想される試合であるほど、勝利は掴めないと思います。シーズン中の試合と決勝戦の試合の雰囲気は本当に違うものですからね。特に、その試合の流れというのは、こういう今日みたいな互いに力が多少なりとも拮抗しているチーム同士だと顕著に出てきますね』


『流れ、と決定機……ですね。そこも今日の試合は注目していきたいところです。さて、では両チームの注目選手の方はどうですか?』


『サラゴサの方は、やはり背番号9番のイアン•ラティッチですかね。今季は21ゴール、7アシストで圧巻の得点王。ほぼサラゴサの得点はこの選手が絡み、生まれているといっても過言ではないでしょう。大エース級の活躍を今季はしていますからね……ジローナとしては、この選手と、同じく23番、アレッサンドロ•ターナーも、危険なチャンスメーカーなので抑えたいところですね。この選手も中々に創造性がありますから、出来るだけパスを出させたくないです。二人とも二十四歳ということもあり、これからも成長する余地がありますので、将来が楽しみでもあり、相手にしてみれば危険でもある選手ですね』


『やはり、その二人ですよね。特に今季ブレイクしたイアン•ラティッチについては、既に複数のスペイン一部のチームやイングランド一部のチームから打診が来てるそうですね』


『ええ。しかも186cmの長身に似合わず、意外と器用な選手ですからね。供給されるボールを安定して収め、ポストプレーも上手いということもあり、得点力もさることながら、頭が良い選手なのは間違いありません。強豪のチームから打診が来てたとしてもおかしくないクオリティの選手です』


『なるほど……では、一方のジローナには注目選手はいますか?』


『やはりジローナのエース、10番のロディンソンですね。歳は今年で三十二歳になりますが、快速な足は未だに衰えておらず、カウンターによる得点を重ねて今季は18ゴール8アシスト。得点ランキングでは2位につけています。よく走る選手で、前線のディフェンスも安定しており、オフェンスに関してのあらゆる点においても高水準に纏まっている万能FWですね。なんと言っても、ベテランのいぶし銀タイプの選手なので、いつでもプレーが冷静ですので、ボールを持っていても安心して見られる選手ですね』


『……それと、西川さんの好きな選手でもあるんですよね?』


『そうなんですよ! ジローナを応援してれば、絶対に好きになってしまいますよ。ロディンソンは……プレーに泥臭さの中に、華があるんですよね』


『……そ、そうですか』


 西川のその変わり様に少し拍子を受けながら、松木アナウンサーは話を続ける。


『で、ですがもう一人! 今季はサラゴサでブレイクしたイアン•ラティッチと同じように、急成長を遂げた注目の選手がいますよね!』


『ええ。私も最近まではノーマークだったのですが、なんと今季のアシスト王候補ですからね』


『はい! アシスト数はなんと2ゴール25アシスト。ほぼ、ジローナのチャンスはこの選手から生まれているといっても過言ではないでしょう。ゴール数で他を圧倒するイアン•ラティッチ選手なら、アシスト数で他を圧倒する——緒方おがた 洵一じゅんいち選手……と言ったところでしょう』


『これで歳は二十二歳ですからね……これほどまでの司令塔が、今まで何処でくすぶっていたのやら。確か、記録によれば、18歳の時に単身でスペインに渡り……アマチュアリーグからスタートしたらしいですね。その後、二十歳の時にセレクションで合格し、ジローナSCに加入したとここに表記されていますが……いや、しかし情報が少ないですな』


『ええ。今年にデビューしていきなり結果を残していますからね。ここまでノーマークだった選手は初めてじゃないですかね』


『日本では、一応、A1リーグで現在トップの湘南サリエーレ下部組織に所属していたらしいですね。湘南には知り合いが居るので、緒方選手の話を急いで聞いてみた時があったのですが、知り合いが言うには、当時はどうにもパッとしない選手だったみたいでですね』


『何にせよ、ここまで秘密のベールに包まれている選手は初めてのことです。U-24日本代表ではなく、A代表に招集するのではないか、という噂もあるくらいですから。今年から一挙に各メディアからの期待や注目が集まってますね』


『スペイン二部リーグでここまでの成績を叩き出した日本人選手は今まで居なかったですからね。当然といえば当然でしょうね』


 ——確かに、日本のサッカーファンはこの試合の行く末を見守っている。それもそうなのだが、本命は、世界的には無名な、とある日本人選手の存在であろう。突如現れた日本サッカーの未来が、この大一番の試合で結果を残すことへの期待で、この試合を観ている人が多いのだ。


『さあ、そろそろキックオフの時間です。私たちは今、南米や欧州の屈強な男たちの中に、悠然と立っている若武者の偉大なる挑戦を、目の当たりにしようとしています』


 


 ——緒方 洵一。背番号34番。ポジションはトップ下。ジローナSCの超攻撃的サッカーをコントロールする、若き司令塔。


 今日の試合で、突如として現れた極東の若武者が、1得点2アシストという圧巻のパフォーマンスを見せて、見事ジローナSCを悲願のリーグ優勝に導いたことは、後の日本サッカー史にも偉大な功績として残されている。


 これだけでも物語としては素晴らしいと思う。しかしこれから紡ぐのは、その後の男の人生の話だ。




 ——この物語はその五年後の彼を追っていく。

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