第32話 復讐

 そいつらは、元は畑だったであろう、耕作放棄地で、女子たちを追い詰めていた。


 一人は、二日前に追い払った、電撃使いの三屋だった。


 狩奈に治療してもらったんだろう。


 ケガは、完治しているようだった。


「ちっ、なんだ剣崎の奴、全然足止めできてねぇじゃん」

「予定だと、剣崎が足止めしている間に女子たちさらう予定だったのに」

「さすがに、六対一はキツイのか?」


 いや、赤音一人で余裕だったけど。


 と思う反面、違和感もあった。


 ――剣崎って、あんなに弱かったか?


 赤音が強すぎるのか、俺のいじめられた記憶が剣崎を実際以上に大きく見せていたのか……。


 ともかく、今は目の前の敵に集中しよう。


「三屋、あの真ん中の奴は俺との相性がいい。みんなは他の二人を頼む」


 みんなは頷いて、二手に分かれた。


 茉莉と乙姫は右手に、赤音と狩奈と伊舞は、左手へ。


 真ん中の三屋は、集まって縮こまる女子たちから離れて、真っ直ぐ、俺に向かってきた。


「朝倉! テメェだけはオレの手でブッコロス!」


 三屋は、すっかり頭に血が上っているらしい。


 ――まるで成長していないな。


 全身に雷をまとい、まるで赤音のルベルのように巨大な光の手で、三屋は殴りかかってきた。


「悪いけど瞬殺させてもらうぞ」


 俺は、足元から過冷却水を、間欠泉のように噴出させて、三屋に浴びせた。


「グァッ――」


 三屋に触れた過冷却水は一瞬で凍結して、三屋は氷の柱の中に閉じ込められた。


 このままでは窒息死してしまうので、熱湯を浴びせた。


 そうして、顔の部分だけ露出させると、


「ぎゃぼごぼご、ごばべぶぁあああああああああああ!」


 顔面に熱湯をかけられ、熱湯に溺れながら電撃を吸収され、三屋は苦しみで奇声を発した。


 その姿になんの感情も湧かず、俺は粛々と、また、右手を硬い氷で覆った。


「お前や剣崎みたいな奴って、なんで反省してくれないんだろうな。こんなこと言っちゃ駄目なんだろうけどさ、本当に思うよ」

「ぐげぇえええええええええええええあづぁあああああああああ!」

「世の中には更生や改心の余地がない、本当に煮ても焼いても食えない正真正銘のクズが! なんでいるんだろうってなぁ!」


 熱湯を止めるのと交代で、渾身の右ストレートを、三屋の顔面に叩き込む。


 それで三屋はノックアウト。


 意識はあるらしいが、火傷と打撲の激痛で、能力も使えないようだ。


 痛みで痙攣しながら、うめき声をあげている。


「どんな強者も、攻略方法がわかっちまえば弱いもんだ。さて、みんなの救援を」


 そう思った矢先、巨大な爆発音がした。


 茉莉と乙姫のほうを向くと、二人が地面に倒れていた。




 茶髪の男が高笑った。


「オレは風使いの柳凪彦(やなぎ・なぎひこ)。知っているか? 爆発ってのは空気が音速を越えて膨張するときの衝撃波なんだ。だから、オレの風能力で空気を圧縮してから放てば」


 乙姫が跳ね起きて両手を前に突き出した直後、轟音が鳴り、乙姫が悲鳴と共にぶっ飛んだ。


「見えない風爆弾の出来上がりってわけだ。若干光の屈折率が変わるけど、かなり見えにくいだろ?」


 柳の言う通り、奴の周囲には見えない球体、球体状に背景が歪んでいる場所がある。


 あれが、風の爆弾だろう。

 まずい。すぐに加勢しないと。

 けれど、一歩を踏み出した途端、今度は伊舞の悲鳴が聞こえた。




 背後の畑では、伊舞、赤音、狩奈の三人が、坊主頭に剃り込みを入れている男と戦っている。


 けど、剃り込みの男子は、四枚の翼を持った鳥に跨り、空を飛んでいた。


「悪いけど、お前らの攻撃はオレのピーちゃんには届かないんだよ」


 地面からは、伊舞や再構築したであろう石柱が何本も突き立っているものの、上空の敵までは、距離がありすぎた。


「鬼島、お前のルベルとかいうのはすげぇ威力だよ。でも、あくまでも肉弾戦、空の敵には手が出ないよなぁ?」

「ナメるな!」


 ルベルを足まで広げて、赤音は巨人の足で地面を蹴った。


 反動で、赤音は弾丸のように空へ飛び上がるも、怪鳥はひらりと避けてしまう。


「お前のはあくまでも跳躍、この今鳥鳥夫(いまどり・とりお)様とピーちゃんの支配する空には、一生届かないんだよ!」


 怪鳥が甲高い声で鳴くと、その口から衝撃波が放たれた。


 赤音は、耳を塞ぎながら悲鳴を上げて、地面に落ちていった。




「赤音!」


 どっちの救援に行けば。そう逡巡した矢先、背後から不穏な地響きが近づいてきた。


 振り返って、俺は絶望した。

 そこにいたのは、身長にして8メートルはありそうな、岩の化物だった。


 蜘蛛の下半身から、四本腕の上半身が生えた、巨人のアラクネ、そう呼ぶべきものが、無感動な表情で俺を見下ろしてくる。


 生物的な本能に訴えかけてくる大質量物への恐怖心。

 その圧力に、俺は息が止まって一歩下がってしまった。


『相変わらず、オレのアラクネガーゴイルは生成に時間がかかって困るぜ』


 化物の中から、剣崎の狂気に満ちた声が響く。


『朝倉、テメェ、さっきはよくもやってくれたな……』


 俺じゃなくて赤音だけどな、という指摘はおろか、まばたきもできず、俺は立ち尽くした。

 でも。


『手足を潰して、テメェの前で女共が泣き叫ぶまで犯してやるよ!』


 その言葉で、俺は闘志のスイッチが入った。


「ここは俺が足止めする! みんなは森に逃げるんだ! 早く!」


 俺の指示通り、女子たちは逃げるも、剣崎の、厳密にはガーゴイルの視線は俺に向けられたままだった。


 性欲よりも、俺への復讐心で頭がいっぱいなんだろう。


 俺にとっては、好都合だ。


『死ねぇ!』

「お前がな!」


 最大水量で、過冷却水をガーゴイルの八本足に浴びせた。


 そうして足止めしている間に、今度は顔に氷塊の砲弾を放った。


 けれど、硬い岩に当たった氷塊は無残に砕け散り、怪力無双の剛脚は、氷の呪縛を内側から、パワーだけで砕いてしまう。


『ばぁああああああか! 全身を岩に守られたオレに生半可な攻撃が効くかよ! 言っておくけどな、コイツの装甲は地球のマントル並だ! 下手な鋼よりも頑丈だと思いな! 装甲の厚みは50センチ以上! 鬼島の赤い拳でも砕けねぇよ!』

「くっ」


 自分の有利に気を良くしたのか、剣崎のヒステリックな声に落ち着きが戻った。


『もっとも、お仲間の加勢は期待できないだろうけどな』


 図星を刺されて、俺は歯噛みしながら彼女たちの様子を確認した。


 すると、意外な人物が加勢に現れた。


 亜麻色の髪のシニヨンヘアーが印象的なクール美人、財前守里だ。


 女子たちが逃げた方角から、陸上選手顔負けのストライドで駆け戻ってくると、茉莉と乙姫たちに合流した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る