第31話 最強ヒロイン
村の南、港側の入り口に、剣崎は立っていた。
乙姫、茉莉、狩奈、村の主力戦闘メンバーが、全力で警戒しながら、対峙している。
剣崎は着替えたのか、初日とは違う服装だった。
頭髪は乱れているものの、顔や腕などの露出部分に傷はなく、戦いで消耗した様子はない。
もっとも、こいつの能力なら、当然だろう。
「来たな、朝倉」
俺の顔を見とがめるなり、剣崎は殺意を抑えるような、危険な声音を漏らした。
一方で、俺は剣崎の顔を一目見て、背筋が震えた。
剣崎は、普通じゃなかった。
両目は脂でギラつくように怪しい光りを湛え、瞳の奥に、底なし沼のような闇を感じる。
――やっぱりこいつ……他の男子を……。
「剣崎、何をしに来たんだ?」
「イキってんじゃねぇぞ陰キャのバケツが。オレの許可なく口を開くな蛇口を閉めろよド低能が」
「バケツなのか水道なのかわかんない奴だな。いいから答えろよ。何の用だ?」
弱みを見せず、俺は胸を張った。
「おっぱいども侍らせてリーダー気取りかよ。今日までに何人犯したんだよ? あん?」
乙姫と狩奈の怒気が強まったのを感じて、俺はすぐに口を開いた。
剣崎のヘイトが彼女たちに向くのは避けたい。
「セクハラが目的なら、出て行ってくれ。ここは俺らの村だ」
「オレの村だぁ? はん、偉くなったもんだなぁ。まぁいい。オレはテメェみたいな低能とは違うからな、大人の会話をしてやるよ。ビジネスの話だ」
理性のかけらもないケダモノの眼を爛々と輝かせながら、剣崎は伊舞たちを指さした。
「戦闘能力のない女を五人寄越せ。できるだけおっぱいのデカイ奴な。そうしたら、金輪際この村には関わらないと約束してやるよ。女五人で安全を買えるんだ、いい買い物だろ?」
――あぁ、剣崎。お前って奴は本当に……。
怒りと憎しみで、頭がどうにかなってしまいそうだった。
俺に理性が無ければ、この場で奥の手を使って、剣崎をバラバラにしてしまったかもしれない。
こいつは昔からこうだった。
自分が世界の中心で、他人は自分の都合で動くのが正常。自分の意に反するモノは徹底的に攻撃する。
【地球中心天動説】ならぬ、【自分中心他動説】が、こいつの考えの規範になっている。
その考えが先天的なものなら思う。
どうしてこんな人間が生まれてくるんだろうと。
その考えが後天的なものなら思う。
どうしてそこまで歪めるのだろうと。
でも、俺自身は剣崎のようになるまいと、理性で感情を押し殺した。
「寝言を言うなよ。お前、昨日の夜に内部分裂しただろ?」
「誰のせいだと思ってんだ! それに、あれは粛清だ。ボスに逆らったんだ、死んで当然だろ!」
その単語には、少なくない衝撃を受けた。
――こいつ、やっぱり殺したのか。
集団食中毒で死んだ。
第三勢力に襲われて死んだ。
可能性は低いものの、一応は考えた希望的予想は裏切られた。
やはり、昨夜のアレは、内部分裂が原因らしい。
しかも、剣崎は人を殺した。
剣崎の異常な雰囲気は、禁忌を犯した、人殺し特有のものだったのだ。
「……ッ」
胸の一番深い部分に、わずかな恐怖が宿った。
感情的に暴力を振るうのと、命を奪うのは、天地の違いがある。
まして、誤って殺してしまい、そのことを気にしている風でもない。
剣崎健司は、自分の都合で人を殺せる。
その人間性に、俺は恐怖した。
でも、同時に鋭利な危機感で心が引き締まった。
「お前みたいな人殺しに、大切な仲間を渡すわけにはいかない。早く帰るんだ!」
「陰キャのボッチが、少年漫画の読み過ぎか、ああああああああん!?」
「全員離れろ!」
俺が叫ぶや否や、剣崎の全身が、武骨な岩に覆われていく。
フルプレートの鎧のような岩はさらに膨らみ、成長し、新たな腰と足が生えていく。
外見は、まるで巨大なケンタウロスだ。
身長は、4メートルはあるだろう。
あれは、熱湯はもちろん、きっと氷や過冷却水でも止まらない。
重く堅牢な岩が相手じゃ、乙姫の炎や茉莉の念力も、狩奈の拳も効かないだろう。
当然、岩相手に、伊舞の石柱が通じるわけもない。
俺らと剣崎の力は、相性が最悪だった。
「全員、踏み潰してやるよ!」
「させるかよ!」
それでも、俺はみんなを守るように前に出た。
「ギガントフィスト!」
俺より先に、紅蓮の拳がケンタウロスの腹を粉砕した。
赤いオーラ、ルベルで形成された巨人の拳を装備した赤音が、拳を振りぬいた姿勢で吐き捨てた。
「ボクのハニーに触るなよ。命があるうちに帰れ」
絶対零度の寒烈なる声音の先で、剣崎は口から血をこぼしながら立ち上がった。
いや、自分の足で立つ力なんてないだろう。
上半身の鎧は砕け散って、かろうじて形を保つ馬の下半身に支えられる形で、命からがらというていで逃げていく。
あまりにも呆気ない幕引きに、俺らは唖然としてしまった。
「さ、戻ろ、ハニー」
「お、おう……」
――赤音、強すぎだろ。
昨日、赤音は多くの男子たちを血の海に沈めた。
あの男子たちの強さはわからないけれど、多勢に無勢で一方的にKOできるのだから、その戦闘力は推して知るべしだ。
――なんにせよ、これで剣崎も諦めるだろう。
そう思って俺が踵を返すと、狩奈が軽く手を挙げた。
「待て、空気がおかしい」
そう言って、狩奈は意識を集中するように目を細めた。
「チッ、剣崎は陽動だ! 拠点に戻るぞ!」
――くそ、そういうことか!
「任せるっす!」
狩奈の指示に応えるように、茉莉は念力で俺らを同時に浮かせると、空を高速移動した。
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