第29話 エロハプ ラキスケ 格差社会

 脱衣所で醜態を晒した俺は、縁側で女子たちからイジリ倒されていた。


「へぇ、心愛の裸見て鼻血出して倒れちゃったんだぁ」

「恭平君てウブなんだね」

「そりゃあもう剣崎みたいにあたしらを襲う勇気ないよねぇ」

「襲ったら逆に鼻血ブーで気絶しちゃうんだから」


 乙姫の作った冷凍ミカンをオヤツ代わりに食べながら、女子たちは笑い合った。


 俺は何も言い返せなくて、恥ずかしいことこの上ない。


 不幸中の幸いは、赤音と狩奈が正直に事情を説明してくれたのと、心愛が怒るどころか、終始俺の心配をしてくれた点だ。(むしろ嬉しそうだった)


 おかげで、女子たちの中で、俺への信頼度は斜め上の方向に上がった。もっとも、俺のなけなしの名誉は消し飛んだけど。


 二日前、男子たちに襲われたばかりなのに、もう俺を警戒する女子はいない。


「気にしちゃダメっすよキョウヘイちゃん。童貞なら仕方ないっすよ♪」

「うぐぅ……」

「「茉莉、それフォローになってないから」」


 伊舞と乙姫の声が重なった。


 ――うぅ、穴があったら入りたい。むしろ飛び込みたい。


 すると、まるで助け船を出すように、和美が素っ頓狂な声を上げた。


「タイヘンです恭平さん! 男の子たちの反応が消えちゃいました!」

『えぇ!?』


 俺や伊舞たちが同時に悲鳴を上げて、和美に向き直った。


「どういうことだ和美?」

「はい。それが、男の子たちが仕返しに来ないか心配で、何度も男性能力者の反応を探知していたんです。でも、さっきからだんだん数が減っている気がして、おかしいなってずっと探知し続けていたんですけど、やっぱり、反応がほとんど消失しています! これ、その、死ッ……」


 和美に続いて、妹の和香が息を呑んだ。


「いま、マップ能力で確認したんだけど、港の建物、いくつか壊れているみたいだよ」

「仲間割れか」


 何があったんだ、よりも先に、その言葉が口を突いて出た。


 みんなの注目が集まる。


「そもそも、あいつらは剣崎の力に群がった烏合の衆だ。団結力も忠誠心もない。剣崎と一緒にいればいい想いができる。そう思って悪事に手を染めたのに、結果はどうだ? 狩奈の話じゃ、倉庫の生活物資は大したことはなかったらしいし、女子は一人も手に入らないどころか赤音と狩奈には逃げられる。三屋たち戦闘班は返り討ち。いいとこナシじゃないか」


 みんなは、緊張感のある表情で、「確かに」と納得した。


「これは俺の想像だけど、内部分裂して抗争に発展して殺し合ったんだと思う。和美、反応はゼロじゃないんだな?」

「はい、ほとんど消えていますけど、まだ、何人か、数える程度には残っているみたいです……」


 怯えながら、和美は震えながら答えてくれた。


 乙姫が拳を鳴らした。


「どうする恭平? 今から様子見にでも行く?」


 俺は逡巡してから、首を横に振った。


「いや、やめよう」

「なんでよ?」

「理由は三つ。一つは、なんのために行くかだ。もしも戦時中で剣崎たちが敵軍なら、内部分裂の隙を突いて殲滅しに行くのはアリだ。でも、俺らは剣崎たちを皆殺しにしたいわけじゃない。もう一つは、状況確認のために行くにしても、もう和美のおかげであいつらが勝手に殺し合って自滅したのはわかっている」


「でも恭平、もしも、何か不測の事態とか、思わぬ有益な情報が得られるかもしれないじゃない。また赤音みたいな新人が来ていて、でもそいつがマジで危険な奴でそいつに殺されたなら、対策を練らないと」


「それが最後の、三つ目だ。連中は散々殺し合ったばかりだ。そんな危険人物の元に行って、反撃されたらどうする? 何かあるかも、一応偵察に、そんな軽いノリでメンバーを派遣するにはリスクが大きい。これが、偵察に行かない三つの理由だ」


 本当は四つだけど、俺はあえて隠した。


「ていうのが俺の考えなんだけど、伊舞はどうだ?」


 勝手に指揮を執らず、俺はリーダー格である伊舞に判断を仰いだ。

 正直、俺は権力を持ちたくない。

 女子だけのグループなら、なおさらだ。


「そうだね……うん、私も、その案に賛成だよ」


 逡巡してから、一瞬、伊舞は間を置いてから頷いた。


 彼女は、気づいたのかもしれない。

 でも、彼女も黙殺したなら、それでいい。


 俺は、密かに胸を撫でおろして、罪悪感を隠しながら、みんなと防衛の相談をした。


 俺が偵察に反対する四つ目の、そして本当の理由。


 それは、みんなが下手な仏心を出さないようにするためだ。


 もしも偵察に行って、その場に虫の息の男子たちが倒れていたらどうだろう?


 苦しむ男子たちの姿に、誰かが助けてあげようと言い出すかもしれない。


 でも、本当に悲しい話ではあるけれど、世の中には筆舌尽くしがたい程の悲劇が珍しくもなく転がっている。


 困っている人を家に連れて帰り助けてあげたら、強姦され、殺され、金品を奪われた、なんて話はいくらでもある。


 事実、昔の人の知恵の集積地でもあるコトワザにも、


 【恩を仇で返す】【愛犬に手を噛まれる】【軒を貸して母屋を取られる】【後足で砂をかける】【鉈を貸して山を伐られる】などの言葉が残っている。


 まして、相手は初日に女子たちを襲った連中だ。


 可哀そうだからと村に連れ帰ったが最後、これ幸いと毒牙を剥く可能性は、否定できない。


 そうしたら全員で叩き出せばいい?

 それでは済まない。

 被害に遭ってしまった女の子は、心に一生癒えない傷が残るだろう。


 被害は、未然に防ぐ必要がある。

 俺は少年漫画の主人公じゃない。

 仮に今、港で助けを待つけが人がいたとしても、犯罪者でもけが人を放っておけない、なんて言う気はない。

 冷たいようだけど、自業自得、天罰覿面だと思う。


 自分へ言い聞かせるように、俺は今の理論を、頭の中で何度も反芻した。


 それは、まるで自分へ言い訳をするようで、ひどく情けなかった。

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