第24話 大好きハニー

 村に戻ると、狩奈はすぐ伊舞の治療をしてくれた。


 彼女が伊舞の額と胸に手を当てると、目に見えて伊舞の顔色が良くなっていく。


「風邪は、風邪ウィルスが喉や鼻の粘膜に炎症を起こす現象のことだ。だから喉や鼻が痛くなる。咳、くしゃみ、鼻水は粘膜のウィルスを追い出すため、発熱はウィルスを殺すために起きる副次的な要素に過ぎない」


 伊舞の治療をしながら、狩奈は滔々と医療知識を教えてくれる。


「だからまず、粘膜の炎症を治癒させた。これで症状や苦痛は消える。だが、このままではウィルスが再度炎症起こさせる。故に免疫機能を強化して、最強の免疫細胞、マクロファージで敵を一掃する」


「抗体を作るんじゃないのか?」


「それは時間がかかる。抗体は、例えるなら火属性が水属性に弱いように、ウィルスの情報から弱点属性を割り出してから戦うようなものだ。一方でマクロファージは、弱点属性に関係なく、物理的に捕食し、物理的に分解してウィルスを殺す。つまり、【物理最強】というわけだ」


 ――マクロファージ強ぇ……。


「実際、風邪にかかりにくい人、かかってもすぐ治る人というのは、このマクロファージの機能が高い人を指す。あとで、この場にいる全員のマクロファージも活性化しておこう」

「そんなことしてお前は大丈夫なのか?」


 伊舞だって、能力を使い過ぎて、倒れてしまったのに。


「はっ? お前は何を言うんだ?」


 狩奈は、眉根を寄せて怒り顔を作った。


「ワタシ一人の苦労で皆が救われるならば、迷う理由がどこにある?」


 一点の曇りもない、ピュアな瞳だった。


 ――あ、この人イイ人だ。底なしに。


 一瞬、惚れたくなってしまった。




「へぇ、じゃあ赤音って今日来たんだ」

「そうだよ。キミらは二日前だっけ?」

「なんで赤音は一人だけで送られたの? 遅刻?」

「さぁ、わかんない」


 狩奈が治療に当たってくれている間、赤音はみんなに取り囲まれ、質問攻めにあっていた。


 新顔、というのもあるけれど、やっぱり、彼女の容姿は目立つらしい。


「そしたら男子たちが家に案内するって言うからついていったら、急に脱げとか脅してくるからルベル使ったら、みんなバケモノとか言って攻撃してきてさぁ、失礼だよね」

「うっわ、あいつら最低っすね。マツリたちもあいつらに襲われたんすよ。もう最悪っす」

「でも、恭平君が助けてくれたんです」

「それも、真っ先に戦ってくれたよね」

「はい。カッコ良かったです」


 心愛、和香、和美、が俺のことを褒めてくれると、赤音は嬉しそうに笑った。


「へぇ、やっぱりハニーってそういう人なんだ。ボクの眼に、狂いはなかったね」

『ハニー?』


 みんなに問われると、赤音は頷いた。


「うん。ボク好みだったし、向こうもボクのこと好きみたいだから、ハニーにしたの。ね、ハニー♪」


 ――ね、じゃないだろ!

 でも、みんなの視線は俺に集まった。


 乙姫と茉莉が、タッグで否定した。

「いや、赤音が勝手に言っているだけだから」

「そうそう、キョウヘイちゃんは今フリーっす」


 ――ありがとう!


「ようするに、二人ともハニーのことが好きなんだよね?」

「「うぐっ!」」


 二人の顔が、同時に引き攣った。

 ――え? 何この反応? 黙ってないで何か言ってくれよ。


「じゃあハニーの好きなところ教えてよ。ハニーを好きな者同士、仲良くしよ♪」

「好きな者同士って、いや、別に恭平のことなんてどうでもいいけど、あんた、恋敵相手に何考えてんのよ?」

「恋敵? なんで? みんなでハニーをシェアすればウィンウィンでしょ?」


 ――ふぁっ!?


 つい、治療中の伊舞から目を離して、俺は噴いてしまった。


 赤音は、何を言っているんだ?


 乙姫と茉莉も、固まっていた。


「だってこの島、男子はハニー一人でしょ? じゃあ普通、一夫多妻でしょ? 一夫一婦にこだわるならそれでも構わないけど、ハニーは巨乳国民だし、ボクに対抗できるのは狩奈と心愛ぐらいだと思うよ?」

「捏造だ!」


 俺は必死に弁明するも、みんなには届いていないらしい。


 乙姫は悔しそうに歯噛みして、茉莉は自分の胸を押さえて畳に突っ伏していた。


 心愛は、嬉しそうにちっちゃくガッツポーズを作っていた。


「だからボクは、ハニーをみんなでシェアする一夫多妻を提案するよ。ねっ、そうしよ♪」


 顔立ちに似合わず、無邪気な笑みを見せる赤音に、乙姫と茉莉はたじたじだった。


 ――すごい、あの二人が圧されているのなんて初めて見たぞ。


「あ、あんたはそれでいいの? 恭平が、自分以外の女子と仲良くして」

「いいよ。だってボク勝つもん。だからハニーも、ボクとの時間さえ大事にしてくれたら、誰と付き合ってもいいからね」

「いやまずお前と付き合ってないし!」

「え? でもハニーってボクのこと好きだよね?」

「好きじゃないから!」

「ほい」


 赤音は、シャツをめくってピンク色のブラジャーを見せた。


 ブラのカップでは包み込み切れない、白い果実が溢れ、深い谷間を作っていた。


 その吸引力に俺の視線は飲み込まれ、何も言えなくなってしまった。


「説得力がないなぁ」


 赤音が、ひどく悪い顔をしていた。


「ちょっ、違うから! 今のは違うから!」

「ふぅん、つまりぃ、ハニーはボクのことが好きなんじゃなくて、純粋な性欲、カラダ目当てで欲情しただけってこと?」


 頬に指先を当てながら、赤音は小悪魔的な表情でにじり寄ってきた。


「え?」

「だって、好きな女の子のカラダに反応したわけじゃないなら、そういうことになるよね? おっぱい大好きおっぱい国民なら当たり前だけど」

「ッッッ~~!?」


 俺は、目の前に迫る二択に息を呑んだ。


 もう俺には、【おっぱい大好きおっぱい国民】か【鬼島赤音に恋する少年】の、どちらかしか残っていなかった。


 そして、雌豹の動きで迫る赤音は、もう50センチの距離にいた。


 どんな香水にも勝る、フェロモンを感じさせる香りが鼻腔に広がり、腰から下に力が入らない。


 無邪気から一転、千年を生きる魔女のように妖艶な表情で、赤音は詰め寄ってくる。


 その圧力と緊張で、息を吸うばかりで吐き出せず、肺が破裂しそうだった。

 心臓が破裂しそうなほど痛い。胸が苦しい。


 赤音の真紅の瞳に俺が映って、まるで俺の魂が吸い取られたようだった。


 そして、呼吸が限界に達したとき、二酸化炭素と共に、答えを吐き出した。


「赤音のことが好きで、好きな女の子のカラダに興奮しました……」

「ふふ、正直な子は好きだよ。男の子は素直じゃないとね」


 こうして俺は、限りなく敗北に近い勝利を以って、男の名誉を保った。


 果たして、守るほど価値のある名誉だったかもはなはだ疑問ではあるけれど。


「で、ボクのどこが好きなの?」


 ――えぇええええええええええ!? まさかのセカンドステージ!?


「やっぱりぃ、カノジョ的にはカレシが自分のどこに惹かれているのか気になるんだよね。あ、もちろん【全部】ってのはバッテンだよ」


 ――な、なにぃ!? 全男子伝家の宝刀がいきなり封じられただとぉ!?


 周囲から浴びせられる好奇の眼差し、質量を増大させていく赤音の重圧に苦しみながら、俺は覚悟を決めた。


 恋愛感情は別として、初めて赤音を目にしたとき、彼女に惹かれたのは事実なのだから。


「純白で艶やかな髪が、清廉潔白な乙女って感じがして好き。白い肌も、雪の妖精みたいだし、でも瞳は刺激的な赤で、そのコントラストに凄い惹かれる」

「フンフン」


 赤音は、上機嫌に頷いた。


「あと、手足が長くて背が高いのはカッコいい反面、細いウエストや首筋は華奢で守ってあげたくなるような感じがして、でも発育の言い胸とかお尻とか、ふとももはやわらかそうで、赤音は、全然違う魅力を同時に、しかも矛盾なく兼ね備えていて、初めて見たとき、心臓が止まるかと思った」

「へぇ、ボクのこと、そんな風に思っていたんだぁ」


 満面の笑みを浮かべながら、赤音は勝ち誇った声で俺の顔を覗き込んできた。


 この公開処刑は、いつになったら終わるんだろう。


「あと、謙虚な人が好きっていう感性が好きだ」

「え?」


 きょとんとする彼女に、俺は最後まで言い切った。


「俺のこと、謙虚なところが好きって言ってくれたろ? 謙虚って言えば聞こえはいいけど、普通、そういう男子は陰キャとか地味とか、良くてせいぜい便利な奴扱いだからさ。そうやって控えめな人を謙虚で好きって、好意的に解釈してくれる赤音は、いい子だと思う。そういうところが、俺は好きだな……て、どうした?」


 見れば、赤音は目を満月みたいに丸くしたまま固まって、ギリシャ彫刻みたいな顔がみるみる赤くなっていく。


「キミ、最高。えい」


 頭突きをするように、赤音は俺の腹に、顔をうずめてきた。


「え? え? おい、どうした急に?」


 赤音は答えず、ぎゅっと俺の体を引き寄せるばかりだった。


「でたぁあああああああああ! キョウヘイちゃんのフェイバリットホールド! エロゲ主人公補正が炸裂したぁああああああ! これはもう立ち直れないぞぉおおおおおおおお!」

「誰がエロゲ主人公だよ。お前は水素水でも飲んで落ち着け」


 氷のコップとストロー付き水素水を作って差し出すと、茉莉は笑顔でおとなしくなった。


「恭平、あんた茉莉の操縦が上手くなったわね」


 乙姫が、酷く複雑な顔をしていた。わけがわからない。


 すると、俺らの乱痴気騒ぎを横目に、双子姉の平和島和美が、獅子王狩奈に近寄った。妹の和香も、それに続く。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 本作を読んでくださりありがとうございます。


 ちょっとコメント紹介。

 16話のVS三屋について主人公甘すぎ、という意見を多くいただいています。

 本作はジャンルがラブコメでタグがスローライフで主人公は普通の高校生なのでこんな感じですが、皆さんの意見を聞いていると、最近の読者さんは主人公が人殺ししても違和感ないのかな、と考えさせられます。

 次にこういうのを書く機会があったらガッツリやることをやってしまう主人公にしようかな。


 他に投稿している。

『ホビット戦争』エルフが世界を支配する中、極東のホビット武士団が戦いを挑む。

『冒険者王』スキル開放スキルを持つ分家の王子が、本家に復讐をする。

『闇営業とは呼ばせない 冒険者ギルドに厳しい双黒傭兵』最強クール主人公があらゆるクエストを【合理的】に解決。

 の主人公なんかはガッツリ殺してますけどね。ではまたお会いしましょう。

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