第25話 あれ、主人公って俺じゃないの?
「あの、狩奈さん」
「む、貴君は?」
伊舞の治療を続けながら、狩奈は顔を上げた。
すると、和美は視線を泳がせ、妹の和香に手を握られてから、狩奈と向き合った。
「すいません! わたしのせいで、救出が遅れてしまって!」
「なんの話だ?」
「実はわたし、探知系能力者なんです! だから、本当は初日から、女の子が一人、港に捕まっているのを知っていたんです! でも、それをみんなに言って、助けに行こうってなったらってどうしようって。男の子たちと戦うのが怖くて、黙っていて、なのに伊舞さんが風邪を引いたら、利用するためにノコノコと狩奈さんを助けに行って、振り回して、だから本当にすいません!」
「待て、貴君のどこが悪いのか、徹頭徹尾わからん」
「へ? え?」
勢いよく頭を下げてまくしたてた和美に、狩奈は眉根を寄せて、本気で悩んでいた。
「貴君には私を救う義務はない。まして貴君自身の身を危険に晒してまでな。勇気を以って他者を救うのは美徳だが、美徳の強要は悪徳だ。まして、貴君のようにかよわい者ならなおさらだ。むしろ、仲間のためとはいえ三日目にこうして救ってくれたことを感謝したい。ありがとう和美、貴君は私の恩人だ」
「か、狩奈さぁん!」
後光が差さんばかりの狩奈に抱き着き、和美は包容力溢れる胸で泣いた。
「見たか茉莉? ああいうのを主人公って言うんだぞ」
「カルナちゃんパないっす!」
「でも狩奈さん、その、この三日間、酷いこととかされませんでしたか?」
和美が怯えた声音で尋ねると、狩奈は頼もしい声で頷いた。
「うむ、奴らと交渉したからな。ワタシは処女だ」
――!? 処女って!
女子がなんて言葉を吐くんだとツッコミたかったが、あえて無言を貫いた。
「最初は襲い来る男子たちを拳と蹴りで返り討ちにしていたのだがな。流石に戦闘系能力者相手では分が悪い。10人ほど倒したところで捕まってしまった」
――素手で能力者10人も倒すってバケモンかよ!?
「えぇ!? 素手で能力者を10人も倒したんですか!?」
和美が、俺の心の声をまんま代弁してくれた。
「ああ。ワタシの能力は回復。筋肉痛を含めた如何なる傷や疲労をもたちどころに再生させる。故に、疲れることなく24時間トレーニングが可能な上、筋骨と神経の成長は数秒で完了する。ワタシがその気になれば、オリンピック全種目の記録を塗り替え、あらゆる格闘技のチャンピオンベルトを腰に巻くことも容易い」
「カルナちゃんパないっす! パなパな過ぎっす!」
茉莉がテンションを上げると、狩奈は眉根を寄せた。
「パナパナ? それはどういう意味だ?」
「え? いや、だからパないの二乗というか、パないのさらに上というか」
「二回繰り返すなら、二乗ではなく【×2】ではないのか?」
「え、いや、その、気分とノリというか……」
「狩奈、あまり拾ってやるな。水素水あげるから」
「それは助かる、ちょうど治療も終わったところだ。一息つかせてもらおう」
狩奈は真顔で俺から氷のコップとストロー、水素水を受け取り、疑問なく飲み始めた。
茉莉はしおらしくなりながら、俺の背中に甘え始めた。
ハムスターが鳴くような声で、
「なぐさめて欲しいっす……」
とか言っている。可愛い。
ちなみに、俺の腹には、まだ赤音が甘えている。
なんだか、保育士にでもなった気分である。
「でも狩奈、交渉って何したの?」
赤音がくるんと首を回して、狩奈を見上げながら尋ねた。
「治療を交換条件にしたのだ。奴らも命は惜しいからな。ワタシに手を出せば金輪際治療はしないと言えば、奴らも数日は我慢するだろう。その間に脱出の手を探すつもりだった」
「あぁ、それでボクが倒した男子たちの治療したんだ」
赤音に続いて、俺も納得した。
実は港を立ち去る時、狩奈は床に転がる男子たちを治療してやった。
赤音を襲おうとしたクズをどうして? と思ったのだが、彼女は一言「約束だからな」と言っていた。
この三日間の彼女の処遇に配慮して、詳しく聞くことはできなかったものの、そういうことだったらしい。
「しかし、まさか助けの方から来るとは思わなかった。不謹慎極まりないことを言わせてもらうが、伊舞が風邪を引いてくれて助かった形にはなる。伊舞、君が目を覚ましたら、感謝をしてもいいだろうか?」
「目なら、覚めているよ」
金色のまつ毛に縁どられたまぶたが、ゆっくりと開いた。
「伊舞、だいじょうぶか!?」
反射的に尋ねる俺に、彼女は優しく微笑んでくれた。
「うん、恭平たちが狩奈を連れてきてくれたおかげでね。狩奈もありがとう。私の風邪が役に立ったなら、私も嬉しいよ。でもね恭平」
狩奈にお礼を言ってから、伊舞はちょっと目元を引き締めた。
「たかが風邪で剣崎たちのアジトに襲撃をしかけるなんて、ちょっと過保護だよ」
「いや、だって……」
鑑定能力を使った守里に、風邪は万病の元とか、最悪死ぬかもしれないと言われては、過保護になってしまう。
伊舞は、大事な仲間だから。
でも、それをそのまま口にするのは恥ずかしくて、俺は上手い言い訳を探した。
そうして俺が頭を悩ませていると、くすりと愛らしい笑い声が漏れた。
「なんて、恭平に言っても無理だよね。最初から、全男子を敵に回して戦うような人だもん。私だけじゃなくて、狩奈のためでもあるしね」
「お、おう……女子が一人で男子に捕まっているって聞いて、一秒でも早く助けないとって……」
「恭平らしいや」
伊舞の声には、慈愛が滲んでいた。
こんな島に流されて、それでも幸せそうな彼女の笑顔に、俺は聖母のような安らぎを感じた。
本当に、こんな子がいるんだなと、人生観が変わる勢いだ。
「じゃ、そろそろお昼にしようか」
「おいおい治ったばかりだろ。まだ起きなくていいぞ」
「ううん、みんなに迷惑かけちゃったから、逆にね。狩奈、男子からご飯は貰えたの?」
「うむ、向こうではカロリーメイトや缶詰を食したな。貴君らは何を食べているのだ?」
「今は山菜と魚かな。もっと食材を増やせたらいいんだけど」
「あれ? この島に動物いないの?」
赤音の問いかけに、伊舞はばつが悪そうにくちびるを引き結んだ。
「う~ん、キョンがいるんだけどね……生きているのをアレするのは気が引けるし、解体方法知っている人いないし……」
居間に集まった女子たちも気まずそうな顔をした。
その一方で、
「でもお肉は食べたいよね」
「うん」
という声も聞こえる。
みんなの気持ちはわかる。
食事生活の欧米化した令和っ子に、今後、肉無し生活を強いるのは、精神的にキツイ。
万病の元であるストレスを貯めないために、何とかしたいところだ。
――唯一の男子の俺がこっそりキョンを殺して解体は試行錯誤するか……。
「じゃあボクがやるよ」
俺の思考をぶった切るように、赤音がしれっと言った。
『えっ!?』
みんなの声が重なった。
「ボクのおじいちゃんが猟師だったから。撃ち殺した鹿を血抜きして解体してその日の晩御飯にしたこともあるよ。ボクのルベルを使ってもいいけど、金属製の刃物があれば欲しいな」
赤音の指先から赤い輝きが迸り、ナイフのような形を形成する。
彼女の能力【ルベル】。
あの巨大な光の手は、かなり細かい使い方ができるらしい。
「それなら大丈夫。調理用包丁とか、ナイフを持ってきている子が結構いるから。必要なら、私の能力で再構築するし」
伊舞の返事に、赤音は俺の手を取った。そのまま勢いよく立ち上がり、手を突き上げた。
「じゃ、夕食は焼肉目指して鹿狩にいこうか♪」
周りの女子たちから、歓声が上がった。
「もちろん、ハニーも一緒にね♪」
一緒に手を挙げられている俺は、彼女のウィンクを至近距離から見つめる形になって、ちょっと胸が高鳴った。
伊舞といい、茉莉といい、乙姫といい、赤音といい、最近、女子にトキメくことが多い。
自分も一歩間違えれば三郎側の人間なのだろうか。
そんなことを考える。
そういえば、三郎はあれからどこに行ったんだろう?
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