第22話 登場! 新ヒロイン!

 鉛色の厚い雲が空を覆う、薄暗い昼前。

 俺らは、港へと赴いた。


 俺、茉莉、乙姫、守里の四人は、探知能力を持つ和美と、マップ能力を持つ和香の案内もあり、剣崎たちに遭遇することなく、港を移動できた。


 港には民家がなく、倉庫のような建物が並んでいる。


 きっと、以前はそのひとつひとつに、漁師一人一人が漁業に使う道具を収納し、あるいは修理、手入れをしていたのだろう。


 伊舞のいる俺らとは違い、どの建物もボロボロで、シャッターは錆びつき、酷い有様だった。


 台風でも来れば、まとめて吹き飛ばされそうな頼りなさだ。


 そうした倉庫の陰に隠れて、慎重に移動しながら、不意に和美に尋ねた。


「和美、やっぱり、剣崎はいないのか?

「はい。剣崎さんは、どうやら海上で、何人かの男の子たちといるようです」


「舎弟を連れて釣りでもしているのかな? まぁいい、ところで今更なんだけど、向こうにも探知能力者がいたら、俺らの存在ってバレるんじゃないか?」

「あ、それは大丈夫です。初日に気になって、探知能力者を対象に探知をかけましたけど、引っかからなかったので」


「なら、安心だな」

「はい。あ、この建物みたいです。わたしの能力は、対象の細かい数はわからないんですけど、中から男子の反応がたくさんです」

「やっぱり、監視付か。穏便には、済みそうにないな」


 そこは、倉庫ではなかった。


 たぶん、漁業組合の人が話し合いなどに使う、集会所だ。


 窓から中を覗くも、廊下の壁しか見えない。


「どこから入る?」


 和香が頷いた。


「裏口があるみたいなので、そこから」

「わかった」

「恭平さん。中に入ったら、わたしに先頭を走らせてください」


 和美が、緊張した面持ちで頼んだ。


「でも、だいじょうぶか?」

「捕まっている子の居場所がわかるのはわたしだけです。だから、わたしが先導します。それが彼女への罪滅ぼしだと思うから」

「なら、先頭はお姉ちゃんじゃなくて、マップ能力を持つわたしだよ。お姉ちゃんは、後ろで方角だけ教えて。そうしたら、わたしが最短ルートを走るから」

「和香ちゃん……はい、お願いします」

「任せて、お姉ちゃん」


 二人の姉妹愛と使命感に、俺らはますます闘志を燃やした。

 この二人を守りたい。

 そんな気持ちが湧いてくる。


 乙姫が言った。

「よし、突入するわよ」


 俺らが、小声で頷いた。




 和香を先頭に、俺らは裏口から、そっと中に入った。


 周りに誰もいないのを確認してから、和美がナビゲートする。


「女の子は二階です。男子たちも、一緒です」

「階段はこっちだよ」


 二人の案内にしたがい、俺らはできるだけ素早く、けれど足音を立てずに進んだ。


 流石に、この集会所に剣崎を含める50人もの男子が集結しているとは思えない。


 剣崎並の戦力がいた場合を想定して、できるだけ戦わず、女子を確保次第逃げることになっている。


 足止めは、過冷却水を使える俺の得意分野だ。


 頭の中で、何度もシミュレートしながら、俺は二人についていった。


 二階へ続く階段を上り、廊下の奥に、ドアを見つけた。


「女の子は、この部屋の中にいます」

「よし、まずは俺が行く。三屋の時と同じだ。全員にお湯、いや、熱湯をかけて怯ませてから過冷却水で氷漬けにして、驚いている間に女子を確保。茉莉の念力で、窓から飛んで逃げるんだ」


 乙姫たち五人が頷いたのを確認して、俺は勢いよくドアを開けて、部屋に飛び込んだ。




 ――熱湯、最大水圧!

「全員伏せ――え?」


 そこにいたのは、魂を奪われるような、ある種、人間離れした美少女だった。


 彼女はスラリと長い脚を組み、椅子に座りながら、男子の頭を持ち上げていた。


 もちろん、女子の手でできることじゃない。


 白く繊細な手の延長にある、巨大な炎の【ような】手が、代理人のように男子の頭をつかんでいるのだ。


 ような、というのは、そのものではないから。とにかく、炎のように揺らめく赤い輝きが、手の形で存在していた。


「……ん?」


 ポニーテールにまとめあげた、長い純白の髪。


 天使のように白く、みずみずしい肌。


 そして、血のように赤く輝く大きな瞳が、まっすぐ、俺の心を見透かすようにして見つめてきた。


「キミもこいつらの仲間? だったら、容赦しないよ」


 無感動に男子を放り投げる手。

 冷たいセリフ。


 そこで、はたと気が付いた。

 20畳ほどの床には、血まみれの男子が倒れていた。


 それも、一人二人じゃない。

 10人以上の男子が、硬い板張りの床に転がっている。


 彼女が犯人であることは、明白だった。


 血の海と死体の山の中に佇み、それでもなお、彼女は美しかった。


 ライオンのような頂点捕食者を擬人化したかのように、まるで、蹂躙行為がヘアセットやメイクのように、様になっている。


 ――彼女が、治療系能力者? 男子たちに捕まって、酷い目にあっていたんじゃないのか?


 俺の耳元で、和美が囁いた。


「恭平さん、この人じゃありません。女の子は、もうひとつ、奥の部屋です」


 言われてみれば、この会議室の壁にはドアがあって、そこから違う小部屋につながっているようだった。


 ――なら、この子は?


 とにかく誤解を解こうと、俺は咳ばらいをした。

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