第20話 倒れるヒロイン

 心愛と一緒に拠点に戻ると、他のみんなも心配そうな顔で集まっていた。


 居間の畳の上で、伊舞は横になっていた。


 浅い呼吸、上気した肌に、重く閉じられたまぶた。


 ハーフアップの金髪をほどき、重ねたタオルを枕にして寝かされた姿は、まるで囚われの姫のように弱々しかった。


 看病役の守里が、濡れタオルで、額や首筋の汗をぬぐっていた。


「守里! 伊舞はどうなったんだ!?」


 自分でも驚くぐらい慌てながら、縁側で靴を捨てるように脱いで、俺は彼女らに駆け寄った。


「恭平さん。はい、私の鑑定能力で調べたところ、極度の疲労とストレスで免疫力が下がったことからからくる、風邪のようです」

「疲労とストレス……」


 信じられなかった。

 伊舞は、この三日間、明るくて、優しくて、穏やかで、疲れた様子なんてなかった。


 それに、この島を国へ作り替えようとする稀代の女傑、みんなの頼れるリーダー、神原伊舞がストレスで体を壊すなんて、とても思えない。


 彼女のことを初めて目にした港でも、彼女は勇ましく、俺と一緒に戦っていたじゃないか。


「あ……」


 あの日の光景を脳裏に浮かべて、俺は思い出した。


 そうだ。違う。

 俺が最初に彼女のことを目にしたのは、勇ましく戦う光景じゃない。


 この島に来た日、俺は海上自衛官の船から降りて、周囲の状況を確認した。


 それから振り返ると、最後に船から降りた金髪の少女が伊舞だった。


 船のタラップが外されると、彼女は不安げに、ショックを受けたような顔で、名残惜しそうに船を見つめていた。


 そもそも、最後まで船に残ったのは、降りたくなかったからに違いない。


 勇ましい女傑なんてとんでもない。


 本当は、彼女こそが、誰よりも不安を抱えていたに違いない。


 でも、彼女は責任感が強くて賢いから、振り返らずに前を向かないといけない、そう自身に言い聞かせ続けたんじゃないだろうか。


 ――俺では、彼女の支えになれなかった。


 そのことが無性に悔しくて、自分を責めた。


「特に、伊舞さんは島に来てから、常に能力を使い続けました。それも、精神的な負担となっていたのでしょう」


 昨日、茉莉が言っていたように、俺らの能力も有限だ。


 使えば使うほど、精神的に疲れる。


 なのに、伊舞は家一軒再構築して、これでしばらく能力は使えないと言いつつ、何かと理由を付けては色々なものを再構築し続けた。


 初日の夜なんて、寝ないで村の見張りをしながら、能力を使い続けていた。


 俺がもっと、無理やりにでも休ませるべきだった。


 一人でも平気なソロ充を気取っていたけど、ソロ充ゆえの共感能力の低さが、こんな形で仲間を危険にさらすとは思わなかった。


 でも、俺は自分を責める一方で、安堵もした。


 心愛から、伊舞が倒れたと聞いた時は、重大な病かと思った。


「でも、風邪なら何日か休めば治るよな」


 水分補給に冷却、お風呂。水能力である俺は、看病で役に立てる事が多い。


「よし、看病は任せろ。呼吸が楽になるように、一日中でも鼻と口に水蒸気を当てようか?」

「それは助かりますが、あまり楽観視もできません」


 守里のクールな瞳が、いっそう引き締まった。


「え? でも風邪だろ? インフルエンザとかじゃなくて。風邪薬がなくて辛いだろうけど、そこは俺らで頑張ればさ」

「いえ、確かに今はまだただの風邪ですが、風は万病の元です。ただの風邪で済めばよいですが、他の病にかかれば、病院のないこの島では致命的です」


 言われて、自分の浅はかさを恥じた。


 医学が進む前や、今でも医者のいない地域では、ちょっとした風邪やケガでも、命を落とすことがある。


 潤沢な現代医療に守られている今の人間には理解されにくいけど、本来、死とはそれぐらい身近なものなんだ。


「じゃあ、どうすれば」


 いま、伊舞を失うわけにはいかない。

 いや、失いたくない。


 彼女はこの村の要であると同時に、みんなを救うために、この島を国にしようとまで決意する、善良な人だ。


 初日の港で、俺とほぼ同時に戦ってくれた彼女を想い、胸に焦燥感が募っていく。


 すると、守里が深刻な声音を漏らした。


「……一つだけ、可能性があります」

「どうすればいい?」


 俺は、自分の命をかけるような意気込みで尋ねた。


「剣崎たちのグループに、治療系能力者がいないか尋ねるのです。そして、もしもいた場合、何かと引き換えに伊舞さんの治療を依頼します」

「ッッ」


 それは、悪魔の契約だった。


 剣崎たちは、一度ならず、二度までも女子たちを襲った悪党だ。


 仮に、剣崎が怖くて仕方なく従っているだけだとしても、三郎のように、逃げることだってできたはずなのに、彼らはそれをしなかった。


 それはつまり、脅されれば女子を襲い傷つけるような連中、ということだ。言い訳はできない。


 そんな連中相手に取引なんて持ち掛ければ、何を要求されるかわからない。


 それに。

「でも、どうやって取引をする? 治療系能力者がいるって言われて、もしも要求を呑んでから実はそんな能力者いませんでした。なんてことになったら……」

「いますっ」


 俺が最悪の状況を想像したところで、怯えるような声が上がった。


 声の主は、他の女子たちと一緒に集まってきた、平和島和美だった。


 双子の妹以上に臆病で、いつも誰に対しても敬語だけど、素材探しの名人で、とても頼りになる少女だ。


 「本当か和美? でも、どうしてそんなこと知っているんだ? 向こうに、知り合いでもいるのか?」


 俺の問いかけに、和美は無言で、首を横に振った。

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