第17話 お風呂の準備

 三屋との激闘から一時間後。


 俺は、大浴場に湯気の立ち昇るお湯を張っていた。


 本当は、今後の生活に使うものを再構築する予定だったが、伊舞は予定を変更。

 再び襲われ、心の弱ったみんなのために、お風呂場を優先させた。


 それも、みんなで入れるよう、民家の風呂を直すのではなく、大浴場を別枠で建設してしまった。

 相変わらず、すごい能力だ。


 ちなみに、建材は廃墟の木材とその場の地面から再構築した石だ。


 基本、石造りの風呂場で、俺は人間給湯器としての役目を存分に果たし終えると、みんなの待つ外に顔を出した。


「お湯は熱めの44度だ。熱いのが好きな女子から順に入って、ぬるま湯に長く浸かっていたい子は後で入ることを勧めるよ」


 手荷物として持ってきたお風呂セットを手に、女の子たちは明るい声を漏らした。


 やっぱり、女の子にとってお風呂は最大の薬なのか、あんなことがあったばかりなのに、みんなの顔は暗くなかった。


「あと、今日は海で重曹を大量に作ってきた。待っている子は洗い物を頼む」


 これが、その他もろもろの一部だ。他にも、試験的に海水から鉄などの金属類も抽出してみた。


「で、俺は覗き防止のために氷系の仕事をするんだけど、誰か証人役についてきてくれないか?」

「あ、じゃああたし行くよ」


 気安い感じで、乙姫が名乗り出た。


「いいのか? 今回一番しんどかったのは守里とお前だし、俺的には優先的にリラックスして欲しかったんだけど」

「いいのよ。あたし、ぬるま湯派だから。後でゆっくり入らせてもらうわ」

「え、意外」


 てっきり、肌がビリビリするほど熱いお湯に入っているのかと思っていた。


「ほんじゃ、俺はみんなの家の水瓶に氷水を張っておくから。伊舞、お風呂リーダー任せた」

「どんなリーダーよそれ」


 伊舞の微笑に見送られながら、俺は拠点である、最初に直した家に戻った。




 裏の勝手口から台所に入ると、三つ並べられた水瓶を覗き込んだ。


 いまはまだ空っぽのそこへ、零下の水、過冷却水を注ぎ込んだ。


 過冷却水は水瓶の底にぶつかるや否や凍り付いて、水瓶はみるみる氷で満たされていく。


 そうやって、水瓶の八分目ぐらいまでを氷で満たしてから、水の温度は零下からプラス一度に設定しつつ、ゴルフボール大の氷を大量に入れておく。


「これで、氷が徐々に溶けつつ、水は冷やされ続けて、常にキンキンに冷えた水が使えるってわけだ」

「へぇ、考えたわね」

「じゃあ、次の家だな、と、その前に」


 俺は、例の物を思い出して、庭に出た。


 庭には、俺が厚さ20センチの氷の床を出しておいた。


 そこには、茉莉が念力による投網で引き揚げた魚が積み上がっている。


「心愛は腐りやすい部分を解体するとか言っていたけど、あんなことがあって疲れているだろうしな。このまま冷凍しちまおう。乙姫、頼む」

「OK。よっ」


 彼女の両手から、青白い炎――乙姫曰くアンチ熱エネルギー――が噴き出し、魚の小山が、みるみる白い雪化粧に覆われていく。


「よし、で、この上から、ほっ」


 俺は、魚の小山を包むように、氷のドームを形成した。


「氷は薄めにしといた。これで明日まで持つだろ。それと」


 振り返ると、お向かいの家がよく見える。

 この村の家には、塀というものがない。


 暑さ対策として、家の風通しをよくするためだろう。


 でも、東京なら塀があるべき場所に、氷の塀を一気に形成しておく。


「おぉ、涼しそうでいいわね」


 乙姫はちょっとはしゃぎながら、氷の塀に自分の顔を映して、指で突っついた。


「外でどれだけの冷却効果があるかわからないし、もう夕方でこんなことしなくても気温は下がるんだけどな。気分と、後は明日からこういう感じでやるって宣伝だ」

「それにしても凄い透明度ね。お店で使う氷みたい」


 感心しながら、乙姫はまじまじと氷の塀に見入った。


「家の氷が白いのは空気が混ざっているからだ。俺が能力で最初から氷として出せば、空気は混ざらない」

「ほうほう」


 口元に指を添えながら、わざとらしく感心してくれる。


 乙姫は、元から元気な女の子ではあるものの、なんだか、今の俺には彼女が無理に元気を装っているように感じた。


 三屋との戦いを思い出すと、罪悪感がこみあげてくる。

 自然、口が動いた。


「乙姫」

「ん?」

「さっきはごめんな。俺がもっと、ちゃんと対応していたら、乙姫も、茉莉も傷つかずに済んだのに」

「え? なんで恭平が謝っちゃってんのよ?」


 乙姫は首を傾げて、心底不思議そうに眉を悩ませた。


「だって、俺がもっとちゃんとしていて、三屋が電気系能力者だってわかった時点で絶縁体の鎧と水のシャワーで対処していたら、無傷で鎮圧できたし……」


 あの時は、怒りに我を忘れて、水は電気に勝てないという三屋の挑発に乗せられて、思考が止まっていた。


 なんとか水の優位性を思い出して勝てたからいいけど、あと一歩遅ければ、今頃、みんな三屋のオモチャにされていただろう。


 ――俺が、もっとうまく立ち回っていたら。


 なのに、落ち込む俺とは対照的に、乙姫は優しい笑みを見せてくれた。


「何言ってんのよ。あんたはあたしらを守るために戦ってくれた。おかげであたしらは助かって、今もこうして安穏としていられる。恭平には、感謝しかないよ」

「でも……」

「それとも、恭平って、ベター禁のベストしか許さない超完璧主義者? そういうの、女子的には暗くてマイナスだよ?」

「……」


 本当にいいのか。そんな風に俺が戸惑っていると、乙姫はいたずらっぽく笑った。


「それに、恭平のおかげでお風呂にも入れるしね。あたし的には恭平様々よ」

「乙姫……そっか」


 俺は、彼女の言葉にすっかり毒気を抜かれてしまった。


「ありがとうな」

「よろしい。さ、次の家に行こ」

「あっ」


 不意に、彼女の手が俺の手を取った。


 夕方でもまだ暑い島の気候でも、彼女の体温はなお熱く、だけど、むしろそれが心地よかった。

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