第16話 水属性が雷属性に勝つ日

「おい、勝手に殺すなよ」

「ハァっ!?」


 三屋の言葉を遮って抗議した。三屋の顔が、驚愕に歪んだ。


「な、なんだテメェ、どんな手品使ったんだよ。だったらこれでどうだ! 本物の雷と同じ5000万ボルト。死ぬだけじゃ済まないぜ!」


 再び、だが今度はさっき以上の、特大の轟雷が放たれた。


 稲妻で作られた巨人の手から奔る稲妻は、無数の枝葉を広げるようにしながら、その全てが俺というゴールで合流する。


 必勝を確信したように、三屋は哄笑した。


「どうだ!? 一瞬でも喰らえば即死! このまま浴びたら死体も消し炭だぜ!」

『恭平! ……え?』


 伊舞や和香たちの悲鳴が重なるも、それはすぐに疑問符へと変わっていく。

 だって、俺は変わらず、そこに立っているのだから。


「っ、だったら最大出力だ! 死体は蒸発して跡形も残らねぇ! 1億ボルトぉ!」

「みんな、この中に!」


 俺は手をうしろにかざして、伊舞たちを水のドームで包んだ。これで、余波に巻き込まれることもないだろう。


 やがて、三屋自慢の雷光がやんだ。

 大盤振る舞いし過ぎたのか、三屋の顔には疲れが見える。

 一方で、俺は涼しい余裕の表情だ。


「な、なんで……だ?」

「お前、ゲームはしてもマンガやラノベは見ないんだな……」

「あん?」

「異能バトルものじゃ、水属性が電気属性に勝つことだって、珍しくないんだぞ?」

「なんでだよ! だって水は電気を通すんだぞ! 感電するだろが!」


 現実の不利を払拭しようとするように、三屋は躍起になって主張してくる。


「残念だけどな、水が電気を通すのは不純物が混ざっているからだ。水道水にも微量のカルシウムやマグネシウムは入っている。でも、不純物のないH2O100パーセントの【純正水】は、電気を通さない【絶縁体】だ」

「なっ!?」


 三屋の顔が、愕然と引き攣った。


「もちろん、電気熱は伝わるけどな。皮膚から冷水を出し続けていれば沸騰することはない。俺に、お前の攻撃は効かないんだよ」

「そんなっ!? ぐ、いや待て、はは、そうかよ。でもそれがどうした? ただ守るだけで、お前だってオレには何もできないだろ? お前を無視して、女共をなぶらせてもらおうか?」


 三屋は精神的優位を崩すまいと、無理のある笑みで幼稚な挑発をしてくる。


「確かに、俺はお前に攻撃できない。でも、無力化はできるんだよ。水は電気を通すから、なっ」


 両手を掲げて、膨大な量の水を、シャワーのように拡散させて、三屋に浴びせた。


 三屋は、壊れたスプリンクラーの下にいるように、全身に水を被る。


「は? 何をするかと思えば、ただの水じゃねぇか。絶縁体を被せればダメージ受けるとでも思ってんのか? ゲーム脳ですかぁ? 久々のシャワーで気持ちいいぜ」

「いや、今度は水道水とか、普通の水をイメージしているから、こいつは伝導性抜群だ」

「なんだ? もしかして、オレを感電させようってか? 電気能力者が感電するわけねぇだろ? 能力者は、自分の能力に耐性あるの知らないのかよ?」

「知ってるさ。ていうか、まだ気づかないのか? 自慢の雷が、ずいぶんと縮んでいるぜ?」

「!?」


 三屋の顔が、ぎょっと凍り付いた。


 ショベルカーのバケットアームめいた稲妻の腕はしぼんでいた。さっきまでのような迫力は、どこにもない。


「そんな!? は!? なんだこれ!? どうなってんだよ!?」

「電気分解って知ってるか? 水に電気を流すと水素と酸素に分解するんだ。そんで、水は伝導性があるから電気が流れちまう。つまり、俺の水は、お前の電気を吸収して、分解エネルギーとして消費しちまうんだよ!」

「ッッッ、んなわけあるかぁ! 見せてやるよ! オレの本気をなぁ!」


 三屋は、宙に浮かびながら吼えた。


 巨大な稲妻の腕は四本に増えて、まるで稲妻の化物だ。


 そのまま、三屋は水たまりの上を水平飛行するようにして駆け抜けて、全身で襲い掛かってきた。


 血走った眼は、まるで殺人鬼のソレだ。


 対する俺は冷静に、ただ、地面から水の壁を噴き上げさせて応対した。


「ごぼぁっ!?」


 分厚い水の壁に飛び込んだ三屋は溺れた。


 溺れながら、強引にもがいて、水から這い出して、俺に手を伸ばしてくる。


 その手に稲妻の鎧はなく、皮膚の表面でパチパチと惨めにスパークしているだけだ。


 スタンガンほどの脅威も感じない。


 まるで、前のめりに倒れるようにして、三屋は水の壁から腕を、肩を、そして顔面を出した。


 俺は、右手の拳を、絶対零度の氷塊で覆った。


 そして、純度100パーセントの怒りと憎しみを込めて、三屋を睨みつけた。


 今度こそ、三屋は絶望に頬を痙攣させながら、俺を見上げてくる。


「俺さ、お前みたいに性根の腐りきった奴を見ているとマジでムカつくんだわ。体を張ってみんなのために戦った、ここにいるみんなの真っ直ぐな性根を……」


 右拳を後ろに引いて、肘から背後に、ジェット噴射のように水流を爆発させる。


「ちょっ待ッ――」

「みならえ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 渾身の、弾丸パンチを、三屋の顔面に叩き込んだ。氷塊と頭蓋骨が、同時にひび割れた。


「ッッッッッッッッッッッッ!!!!」


 三屋は顔面を赤く変形させながら、後方にぶっ飛んだ。


 泥沼に後頭部から着地して、手足を痙攣させる姿は、まるで子供に踏みつぶされた虫そのものだった。


 それでも、驚いたことにまだ意識があるらしい。


 震える手を俺らに伸ばして、指先をスタンガンのようにバチリと鳴らした。


「ところで、お前がガス欠するまで電気をだしてくれたおかげで、俺の水も大量に分解されちまったよ。今、お前の周りにはさぞ大量の【酸素】と【水素】が充満しているだろうな」

「!?」


 三屋の全身が、ビクリと震えた。

 俺は、悪役のように無慈悲な声で言った。


「乙姫、あと頼む」

「任せなさい」


 すっかりダメージから立ち直った乙姫が、頼もしすぎる笑顔で犬歯を見せてくれた。


「確か、炎で雷は防げないのよね? で、雷で炎は防げるの?」

「ひゃ、ひゃめ……」

「あんたの電撃、すっごい痛かったんだから」


 冷たく言い放って、乙姫は指を鳴らした。


 一発の火球が飛んでいき、三屋の真上で炸裂した。

 空に赤い吹雪が噴き上がり、広場に熱波が拡散した。

 大した爆発音もない、拍子抜けするような爆発。


 思った通りだ。

 開けた外だけに、軽い水素は大半が上空に拡散していたらしい。

 とてもではないが、人を殺せるような威力ではない。


 けれど、脅し文句としては十分だったらしい。

 三屋は完全に気を失って、ぴくりとも動かなかった。


 出血による水音混じりの浅い呼吸が、三屋の生存を教えてくれた。


「み、三屋さんが、負けちまった……」

「え、これ、どうなるんだ?」


 守里たちを襲うよう命令されていたものの、結局はただのギャラリーと化していた男子や、俺と伊舞に蹴散らされた男子たちは、指示を求めて視線を右往左往させるばかりだった。


 俺は、あえて声にドスを利かせて、唸るように言った。


「さっさと三屋を連れて帰るんだな。次、村に近づいたら殺すぞ!」


 男子たちは悲鳴を上げて、一目散に駆けていく。


 どっと疲れた俺は、両手を膝について、息を吐きだした。


 そして緊張の糸が切れたのか、そのまま地面の上に座り込んでしまいそうになって、体が浮いた。


 ――これは、念力?


「勝者に土をつけるわけにはいかないっすよね♪」


 いつの間にか、回復した茉莉が、笑顔でウィンクを飛ばしてきた。


 他のみんな、伊舞、乙姫、和香、守里、心愛。みんな、無事を伝えるように、俺に駆け寄ってくる。


 みんなを守れたことに満足して、俺はあらためて、大きく息をついた。

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