第15話 水属性VS雷属性
悲鳴を追っていくと、村の広場に集まる人影が見えた。
どうやら、20人近い男子たちが、女子たちを取り囲んでいるようだった。
それどころか、何人かの女子は、男子に羽交い締めにされて、捕まっていた。
戦闘系能力を持つ女子たちは、腰を引きながらも対峙している。
けれど、男子たちはその姿すら楽しむように、嗜虐的な笑みを浮かべながら、じりじりと距離を詰めていた。
まだ、乱暴はされていないらしい。
でも、それも時間の問題だろう。
「やめろぉおおおおおおおおおお!」
俺の怒号に、男子たちの注意が向いた。
剣崎の姿はない。
けれど、代わりとばかりに、リーダー格らしき金髪の男子が前に進み出た。
「ヒーロー気取りの登場か? ダルイなぁ……悪いけど……交渉しに来たんじゃねぇから!」
金髪男子の体から、稲妻が溢れ出した。
稲妻は激しいスパーク音を奔らせながら、まるで鎧のように全身を包み、なおも膨らんで、重機を思わせるサイズにまで成長した。
小型ショベルカーのバケットアームを彷彿とさせる長大な稲妻の手が、地面を穿った。
熱による空気の瞬間的な膨張が衝撃波となり、俺らの肌を打った。
地面は、雷が落ちたように黒く焦げ、砂塵が噴き上がった。
「とりあえず、少年漫画を読みすぎたオタク君を見せしめにブチのめせば、女子も身の程をわきまえるかな」
――こいつ、ただの雷能力者じゃねぇ。ここまで戦闘向きな奴、そうそういないぞ。
「おい三郎。心愛にいいとこ見せる絶好のチャンスだぞ。お前は非戦闘系の女子を安全な場所まで避難させてくれ……三郎?」
「三郎さんは逃げました」
クールに告げる守里の背景で、三郎は山めがけてみるみる小さくなっていく。オリンピックなら、確実にメダルを狙えるスピードだった。
――悪い奴ではないとか思った俺が馬鹿だったよ。
「私の鑑定能力によると、彼の能力は雷撃を飛ばすことも可能なようです。また、自身に超磁力をかけて浮くことができます。戦闘力を持たない私は囮に徹します。その隙に皆さんを逃がして下さい」
ファイティングポーズを取る守里の横顔は、戦場のジャンヌダルクを思わせるほど気高く強い意志がこもっていた。
彼女の爪の垢を三郎に飲ませてやりたい。
「はははは、逃げてやんの。でもあいつのほうがまだ利巧だぜ。あ、そうだ。おい、お前ら嫌われもんの超能力者なんだから、どうせ全員処女だろ? いまのうちにオレに従うなら、初体験は優しくしてやるよ」
「フザケんじゃないわよ!」
乙姫が、いの一番に飛び出した。全身に炎をまとい、右手に集めて一気に解き放とうとする。
「はいダウト」
刹那、稲妻で出来た腕から、雷光が閃いた。
乙姫は悲鳴を上げて、前のめりに倒れこんだ。
「雷の速さに敵うと思ったかよ? それに、炎じゃ雷は防げないぜ? ん?」
乙姫は諦めていなかった。
地面に触れた彼女の手の平から、霜柱が駆け抜けていく。
「それ無~理!」
守里が忠告した通り、金髪男子は磁力で浮かび上がり、霜柱を避けた。
「逆らった罰に、お前は見せしめ用にしてやんよっ」
巨人の右手が振り上げられると、茉莉が動いた。
「させないっす!」
途端に、乙姫の体が見えない腕に抱えられたように持ち上がり、三メートル退いた。
すると、攻撃が空ぶったのに、金髪男子は上機嫌に笑った。
「念力使いか。こりゃいい、そういう面倒な奴の顔が割れてラッキーだよ!」
稲妻が奔り、茉莉の体に直撃した。
閃きは一瞬。
でも、その一瞬があれば、奴には十分だった。
「茉莉ちゃん!」
地面に倒れこむ彼女を、心愛が抱き留め起こした。
幸い、乙姫と同じで、茉莉も意識までは失っていなかった。
でも、目をつぶったまま、ビクビクと体を痙攣させている。
俺は安堵と同時に、骨の髄から怒りが込み上げてきた。
乙姫は、港で最後まで残ってみんなを助けてくれた。
茉莉も、いつも底抜けに明るくてみんなを元気づけてくれる。
どっちも、今までに会ったことがないくらいイイ奴で、信頼できる奴だった。
少なくとも、こんな目に遭っていいような人間じゃない。
――なのに……こいつは……。
「安心しろよ。殺さないよう手加減しているからな。ほんのスタンガン程度だよ。何せ、女たちには後でたっぷりと役立ってもらわないと困るからな。外見を損なうようなことはしねぇよ。さぁ、ゲームを始めようぜ。オレは三屋光利(みつやみつとし)、剣崎健司の相棒だ!」
飄々と遊ぶように笑う姿が許せなくて、俺は我を忘れた。
「お前、なんでこんなこと!」
「待って恭平!」
怒りに任せて俺が一歩を踏み出すと、伊舞が腕をつかんで止めてきた。
「向こうは、こっちの主力を二人も倒すような化物だよ。正面から向かっても勝てないよ!」
「ッッ」
伊舞の冷静な分析が鎮静剤となり、俺は平静さを取り戻した。
けれど、三屋はなおも煽ってくる。
「その金髪ちゃんの言う通りだよ。それにお前、剣崎から聞いているぜ。バケツ君なんだってな? 電気を通す水使いがどうやって電撃使いのオレに勝つんだよ? 水が電気に弱いのなんて、ゲームやってりゃ五歳のガキでも知ってるぜ。10万ボルト、喰らわせちゃうぜぇ」
「ナメるな!」
立ち上がった乙姫が、三度目の正直とばかりに、特大の業火を放った。
両手を前に突き出して、生み出した紅蓮の炎は津波のようなボリュームで、俺らの肌も焼きそうな熱波を伴い、三屋を正面と頭上から飲み込もうとした。
「うぇーい、無理無理~♪ だから炎じゃ電気は防げないんだよ!」
雷による空気の膨張を利用しているのか、衝撃波で炎の津波に孔を穿つと、三屋はそこをくぐって、灼熱の津波をやり過ごした。
けれど、そこに俺たちはいない。
最初から目くらましのために炎を放っていた乙姫は、俺らを連れて、男子たちの横に回り込んでいた。
その場に残っているのは、守里だけだ。
「あん? てめぇは……」
「速さが自慢なら、どうぞ、私に当てて見せてください」
「自殺志願者は募集してねぇぞ!」
三屋の手が閃く。その直前、守里はサイドステップで着弾点から逸れていた。
「は? てめぇ、なにしやがった?」
「教える義理はありません」
守里は、眉一つ動かさず、けれど声音を厳しくして、挑発するようにファイティングポーズを取った。
きっと、雷そのものを鑑定し続けて、軌道を予想しているんだろう。
けど、口で言うのは簡単でも、実行できる胆力は凄まじい。
そして、守里をサポートするように、心愛が声を張り上げた。
「ごめん! 虫さん集まって!」
途端に、村中から、いや、きっと森からも、大小さまざまな虫が、大群をなして現れ、広場に集まってきた。
「なんだこいつら? てめぇが操ってんのか? この! 毒虫か!?」
どうやら、心愛の能力を詳しく知らない三屋は、虫を意のままに操る心愛が、毒虫をけしかけてきたと勘違いしたようだ。
三屋は俺らを無視して、頭上の大群にやたらめったら稲妻を浴びせて、虫たちを焼き殺していく。
この状況下で逃げることなく、心愛は自分の能力を使って、みんなを守る方法を考え実行した。
本当に、超能力者の女子は、イイ奴ばかりで困る。
こんなの、俺も命がけで守りたくなるじゃないか。
男子たちの側面に回り込んだ俺らは、女子たちを助けるために突っ込んだ。
「上に注意して!」
伊舞が叫んだ。
女子たちを取り囲む男子たちは皆、一様に空を見上げた。
一瞬後に、地面から飛び出した石柱の先端がみぞおちにメリ込んで、男子たちは悶絶した。
すかさず、過冷却水をぶっかける。
地面に倒れた男子たちに降り注いだ水は、彼らに触れた瞬間に凍り付いて、甲高い悲鳴を上げさせた。
逃れることのできない鋭利な冷たさに、男子たちは完全に戦意を失っていた。
「テメェだましやがったな!」
女子を羽交い締めにしている男子数人は、女子が盾になって石柱を喰らわせられなかった。
そうした男子には、俺が50度のお湯をぶっかけた。
男子たちは、悲鳴を上げて女子を離すと、三屋のほうへ逃げた。
「三屋さん、助けてください!」
「あいつらマジ強いんですよ!」
「ちっ、情けねぇなぁ。お前らはそのちょろちょろ目障りな鉄仮面をボコしとけ。オレは雑魚共片付けっから」
三屋は、気だるげな声を上げながらも、口元には嗜虐的な笑みを浮かべながら、俺らに向き直った。
――まずい、こっちの戦力は実質、伊舞一人だ。
絶望的な焦燥感と、自分ではどうにもできない無力感で、手に汗を握りながら、頭は打開策を探した。
――所詮、俺の能力は水を操るだけ。熱湯だろうと冷水だろうと電気は通すわけで、相性は最悪……いや、待て。
そこで、俺はあることを思い出した。
「恭平、ここは私が抑えるから、その隙にみんなを森に逃がして! 和香は案内をお願い!」
「うん!」
「いや」
自分の危険も顧みず、勇ましく前に出る伊舞を手で制すると、俺は三屋に向かって足を進めた。
「こいつは俺が倒す!」
「そんな、無茶だよ恭平!」
「そうだよ恭平くん、相手は電気使いなんだよ!」
伊舞と和香が引き留めて、三屋が高笑った。
「てめぇ、主人公気取りのキモオタのくせにゲームやったことねぇのかよ! 水属性が、雷属性に勝てるかよ!」
「勝てるさ。その前に聞いておく。お前、この前まで普通の高校生だったんだよな?」
「はぁ? てめぇこんな時になんの話だ? んなの当然だろ?」
人を馬鹿にした態度に、俺は限界まで怒りを抑え込んで、理性的に尋ねた。
「じゃあ、常識的にこれが犯罪だってわかっているよな? 傷害、暴力、監禁、恐喝、強姦未遂」
「ばっっかじゃねぇの!? そりゃ日本の話だろ!? ここは法律も警察も裁判所もねぇ治外法権なの! つまり何をしたって許されるんだよ! 他人に迷惑かけちゃいけませんなんつう幼稚園児理論は通じないんだよ。おわかり? アンダスタン? それともこの期に及んで話し合えばわかるとか思っちゃってるタイプ? マジウケるんだけど。お前のバケツってあだ名、頭空っぽって意味も入ってるんじゃねぇの?」
三屋は、さも痛快そうにゲラゲラと笑った。
俺は、怒りで頭の血管が切れ、憎しみで自分の人格が歪みそうな気分だった。
三屋光利という人物には、良心なんてものはない。
他人は家畜以下の存在で、利己のために搾取するのが当たり前。
法律のせいで、今までは我慢していただけ。
テレビで見てきた実在のどんなモラハラ野郎よりも、事件の犯人よりも、今、目の前にいる三屋のことが憎い。
【悪党】、そんな単語がチャチに聞こえるほど、三屋は邪悪な存在だった。
人間でなければ、すぐにでも処分が必要なぐらいに。
「最後に、一回だけ聞くぞ。このまま港に帰って、そのまま一生俺らに関わらないつもりはないか?」
「ボッチの陰キャが偉そうに。テメェは一生オレらのウォーターサーバーとして使ってやるよ!」
三屋の両手が、雷光に輝いた。
俺はすかさず、全身を水の鎧で包んだ。
一発の轟雷が、水をまとった俺を飲み込んだ。
伊舞たちの悲鳴と男子たちの歓声が、雷鳴にかき消された。
「なんだそりゃ、てめぇで伝導率上げてりゃ世話ないぜ! さてと、これで邪魔な陰キャボッチは死んだし、あとは伊舞を感電させて――」
「おい、勝手に殺すなよ」
「ハァっ!?」
三屋の言葉を遮って抗議した。三屋の顔が、驚愕に歪んだ。
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