第14話 モブ男はとんだピエロだよ

 十分な魚と塩とその他もろもろをゲットした俺らは、空が茜色に染まる前に帰ることができた。


 その他もろもろを入れた水瓶を背負い、森の中を歩くこと二時間近く。そろそろ村に着く頃だろう。


「和香、村まであとどれくらいだ?」

「うん、直線距離で、あと300メートルだよ」


 先頭を歩く和香が、明るく返事をくれた。


 最初は姉の和美ほどではないものの、内気な印象があっただけに、少し新鮮だ。


 振り返りざまに揺れる栗毛のワンサイドアップがかわいい。


「そういえば伊舞、投網いっぱい分の魚なんて食べきれないし、今日は家を直さないで先に地下冷凍室作ったほうがいんじゃないか?」

「う~ん、そうだね」


 伊舞が悩むと、乙姫が口を挟む。


「まとめて絶対零度まで冷やせば、明日の朝までは凍ったままでしょ。今日は寝床を増やして、冷凍庫は明日作ったほうがいいんじゃない?」


 続けて、守里と心愛も賛成した。


「僭越ながら、私もそう思います。今は、寝床を増やすことが先決かと」

「腐りやすい部分は、わたしが今日中に全部切り分けておくよ」

「心愛、料理得意なんだな」

「うん、学校では家庭科部にいたし、任せて」


 名前の通り、新妻のようにみずみずしく、けれどふんわりとした母性に満ちた笑顔がまぶしかった。


 ――ハイスペックだなぁ。


「でも、数けっこうあるし、一人でやったら手が荒れるだろ。俺も手伝うから、やり方教えてくれよ」

「う、うん……わたし、男の子に何か手伝ってもらうのって初めてだから、嬉しいな。これも、茉莉ちゃんの言っていた青春ポイントなのかな?」


「ぐっ、この短時間の間にココアちゃんの好感度をここまで稼ぐとは。まさかキョウヘイちゃんが最大のライバル、いや敵!」

「なんの敵だよ!?」


「恋敵に決まっているっす! ココアちゃんを嫁にするのはマツリっすからね! うりゃうりゃ、でゅくしでゅくし♪」

「おい、やめ、わきばら殴んな。いま水瓶背負ってるんだから」


「そんなこと言ったらマツリは一トン分の塩と魚を運んでるんすよ!」

「念力じゃねぇか! 体力一ミリも使わねぇだろ!」


「能力使ったら精神的に疲れるじゃないっすか! キョウヘイちゃんも能力者なんだから知ってるはずっすよね! いまマツリは精神的負担がヤバ過ぎてうつ病まっしぐらっすよ! キョウヘイちゃんのデリカシーないセリフが激おこプンプンムカチャッカファイヤーっすよ!」

「全国のうつ病患者に謝れ! そしてお前は20年前のギャルか!?」


「そっすよ、叔母さんが教えてくれたっす。あとお婆ちゃんがチョベリグっての教えてくれたっす」

「頼むからそれだけは使わないでくれ。水素水あげるから」


「うへへ、儲けたっす♪」

 ――まったくこいつは。まぁかわいいから許すけどな。


「と! ところでさ! 剣崎たちが来ないか不安だよな!」


 何の脈絡もなく、三郎が話を振ってきた。

 乙姫が、怪訝な顔をする。


「何よあんた、急に」

「急にじゃねぇよ! 茉莉といい恭平といいふざけてばかりでたるんでいるからな! 俺らの危機的状況を再確認する意味でも、ここは喝を入れないとだろ!」

「はっは~ん、さてはあんた、大口叩いておいて魚一匹も獲れなかったから挽回しようとしているんでしょ?」


 乙姫の言う通り、水中で息ができるようになった三郎だが、魚を捕まえるスキルは据え置きだったので、収穫はゼロだった。


「へ、変な言いがかりつけんじゃねえよ! まったく、なんて野蛮な女だ、心愛ちゃんを見習えバーバリアン!」

「ふぅぅ~~ん」


 これが弱味を握った女の余裕なのか。乙姫はいつものように焼いたり冷やしたりせず、ただ勝ち誇った顔でニヤけるばかりだった。


「でも安心してくれ心愛ちゃん! たとえ剣崎たちが襲ってきても、心愛ちゃんは俺が命に代えても守り抜いてみせるぜ!」

「三郎君」

「おう、なんだい!」


「あのね、みんな、わたしたちがピンチっていうのはわかっているよ。でも、ずっと張りつめていても疲れちゃうし、緊張を和らげるために、恭平君も茉莉ちゃんもあえて場を盛り上げてくれていると思うの。だから、二人を非難するようなことを言うのは酷いと思うな」


「…………………………………………………………ぁぃ」


 ――衛生兵ぇええええええええええええええええええい!


 心の中で、叫ばずにはいられないほど哀れな姿だった。


 でも、確かに三郎は自重すべきだと思う。


 俺は、KO寸前の三郎に肩を貸しながら、耳元で優しく、慈愛の限りを尽くして囁いた。


「おい三郎。心愛のことが好きなのはわかるけど、もうちょっとうまくやれよ。今のお前、完全に空回りしているぞ。あんまりグイグイいかないで、もっと、自然と心愛が惹かれるようなことをしないと」

「ラブルジョワのお前に言われても憎しみしか生まれないぃっっ」


 三郎は、血の涙を流しながら歯を食いしばった。


「ラブルジョワって?」

「くぅっ、このラノベ主人公ッ。これだからリア充は嫌いなんだっ」

「いや俺ソロ充だけど?」

「リア充はみんなそう言うんだよッ、上から目線にッ」


 ――こいつ、もしかして女子と喋っているだけで付き合っていると思うタイプか?

 現状、俺はある程度信頼はされているものの、誰からも恋愛感情は持たれていないと思う。


 けれど、三郎には同じことのようだ。


 誤解を解くには、三郎の心にゆとりをもたせる必要がある。


 ――誰か三郎と付き合ってくれないかなぁ。


 とか、俺が他力本願に耽っていると、不穏な音が耳に障った。


「おい、今の、爆発音じゃないか?」


 伊舞が頷いた。


「うん、それに、かすかに悲鳴も。まさか、剣崎たちが?」

「みんな! 急ぐわよ!」


 背中の水瓶を投げ出して、乙姫は駆け出した。


 俺らも、その背中を追いかけるように、村へ向かった。


 どうか聞き違いであってくれ。


 胸の内で懇願しながらも、俺は奥の手を使う覚悟を固めた。

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