第13話 この島に来て本当に良かった

「そんじゃ、いきますかね」


 気を取り直して、茉莉は俺が投げ渡した投網を宙に広げた。


 念力で操られた投網は、限界いっぱいまで広がると、海中の魚影めがけて、一気に落ちた。


 バシャリと音を立てながら、投網が海中へ沈むと、魚影がかき消えた。


「ほいほいっと、ほい!」


 指揮者のように左右の指を躍らせてから、茉莉は両手で空をすくいあげた。


 途端に、海水面が盛り上がり、水柱が打ちあがるようにして、投網が飛び出した。


 網の中から、海水が滝のように流れ出し、水面を波立てる光景は迫力満点だ。


 ぱんぱんに膨らんだ投網の中は魚で満たされ、まさに一網打尽という感がある。


「うっひょう! 大量っす!」

「「すごぉい」」


 何十匹と獲れた魚の量に、和香と心愛が感嘆の声を漏らした。


「守里、あの魚、全部食べられるやつ?」

「お待ちください」


 伊舞の問いに、守里はクールな瞳を光らせて、投網に注視した。


 きっと、彼女の鑑定能力を発揮させているのだろう。


「……はい、毒のある魚はいません。心愛さん。魚を集める際、毒の有無などは設定できますか?」

「ううん、そこまで細かい設定はできないよ。わたし、この能力あまり使ったことないから精度が悪いの」

「であれば、ここら一帯の海域には毒を持った魚がいないか極端に少ないのかもしれませんね。これは僥倖です。しかし、心愛さんの能力と作戦がなければその魚も獲れませんでした。あまり自分を卑下しないように」


 クール美人に真顔で言われて、心愛は戸惑うように視線を泳がせた。


 だから、俺はフォローを入れた。


「心愛は、もっと自分に自信を持っていいと思うぞ。実際、心愛の能力で魚を集めたのは事実なんだし。少なくとも、俺の水能力よりは、心愛のほうがみんなの役に立つぞ。水は井戸水があるしお湯はコンロで沸かせばいい。氷も、井戸水を乙姫の冷却能力で冷やせばいいしな」


 俺の言葉が届いたのか、心愛の困り顔からは、徐々に緊張が解けていく。

 そして、明るく頷いてくれた。


「うん、恭平君は優しいね」


 三郎が、ガタリと音を立てた。


「俺も! 俺のただ自分の体質が変わるだけで何の生産性もないクズ能力よりも心愛ちゃんの能力のほうが遥かに役に立つと思うし、優しいし美人だし名前負けの乙姫の上位互換だと思ってぎゃああああ熱いぃいいいい!」


 乙姫が放った火球が、三郎の頭を直撃。燃え盛る髪から海に飛び込んで、三郎は事なきを得た。


「……あの、恭平君。三郎君は、何がしたかったのかな?」

「気にしなくていいぞ」


 ザブリ


「すげぇ恭平。俺、水の中でも息が吸えるようになったぞ!」

「適応早いなおい!」

「待っていてくれ心愛ちゃん! 今、俺が大物を捕まえて君に捧げるから!」


 そう言って、恭平は海の中に消えた。


 まるで、水かきや背びれまで生えてきそうな勢いだった。


「あはははは! 楽しいっすね!」


 そうやって、茉莉が船の上で笑い転げると、乙姫が不思議そうに首を傾げた。


「楽しいって、三郎が燃えるところが?」


 ――だったら茉莉の性格が悪すぎる。


「違うっすよ、この島の生活がっすよ」

『え?』


 意外な回答に、誰もが声を上げた。もちろん、俺もだ。


「だってみんな超能力者なんすよ? マツリ意外の能力者に会うなんて始めてだし、いくら能力使っても文句言われないし、それどころか使うほど感謝されるし。こんないい場所ないっすよ。キョウヘイちゃんだってサブロウちゃんの能力にノリノリでツッコんでいたじゃないすか!」


 言われてみれば、水に落としただけでエラ呼吸できるようになるなんて、普通は気持ち悪がるだろう。


 でも、俺は特に気にもしなかった。


 この島は全員能力者だから。


 特異能力や特異体質は当たり前で非日常が日常で、驚くようなことじゃない。


「わたしも、日本だと動物を集める機会なんてなかったけど、今はこうして能力がみんなの役に立てて嬉しいよ」

「わたしもマップ能力なんて、スマホのナビ機能があればいらないから、ここで役に立てて嬉しい」

「まっ、確かに、ここならあたしを怖がるヘタレはいないわね」


 みんな、口々に現状の幸福を口にした。


 それで、俺は反省した。


 俺はずっと、みんながここでの不便な生活に耐えきれず、ストレスで集団ヒステリーを起こすんじゃないかと危惧していた。


 確かに、ここでの生活は不便かもしれない。


 でも、ここは、俺らが自分らしくあれる、唯一の場所なんだ。


 餌が保障されているかわりに飛ぶことを許されない鳥が、思う存分、翼をはばたかせて空を飛んでいるようなものだ。


 これで、幸福でないはずがない。それに。


「やっぱりみんなもそうっすよね。ほんと、マツリ、この島に来て良かったっす」


 茉莉みたいな子がいれば、ストレスなんてたまるわけもない。


 俺は、茉莉に救われたような気がして、彼女にサービスをしたくなった。


「茉莉、心愛、キャッチ」

「「?」」


 俺が指先から、水鉄砲を迸らせると、二人はそれを右手で受け止めた。


 水は、氷のコップとストローを形成しながら、水素水で満たされていく。


「俺からのボーナスだ。キンキンに冷えた水素水で喉を潤してくれ。みんなにも、後で配るからな」

「キョウヘイちゃんありがとうっす、おいしいっす♪」

「ほんと、ひんやりしていておいしい。恭平君、ありがとう」


 茉莉はハイテンションに、心愛も、ほんにゃりとやわらかく笑いながら、喜んでくれた。


 その笑顔には底なしに魅力があって、俺には行き過ぎた報酬だとさえ思えた。


 ――あっちじゃバケツ扱いだったけど、水能力を持って生まれてよかったよ。


 素直にそう思えて、俺の口元にも、笑顔が吹きこぼれた。



   ◆



 朝倉恭平たちが青春をしている頃。

 剣崎健司は、憤慨の極みだった。


 昨日から丸一日かけて、倉庫の生活物資を調べたが、どう考えても、消耗品は20日分ほどしかないらしい。


 らしい、というのは、舎弟たちに計算させたからだ。


 食料は安い缶詰ばかりだし、寝具は薄い寝袋、お菓子やジュースの類は一切ない。


 漁業関係者が利用していたであろう、港の施設も調べたが、電気もガスも水道も通っていないし、特に面白いもの、遊べる場所はなかった。


 伊舞のいない健司たちは、昨晩、臭くて埃っぽいボロボロの廃墟で寝袋を使って眠った。いや、まるで眠れなかった。


 おかげで、朝から体がぎしぎしと痛い。


 倉庫にあったパイプ椅子にふんぞり返りながら、健司は舌打ちをした。


「あー、暇だ!」


 なら、自分も働いて欲しいと、港中を探索させられた舎弟たちは思った。


「くそっ、朝倉が裏切らなきゃ今頃、冷たいプールで裸の女子たちを犯し放題だったのに。人の計画の邪魔しやがって」


 舎弟の男子たちは、剣崎の言っていることが最低であることは自覚しつつ、その光景を想像してしまった。


 そのおこぼれに預かれたら、いや、預かれなくても、高校生の男子たちにとって、女子の裸をナマで見られるだけでも、抗いがたい魅力があった。


「言っておくけどお前ら、間違ってもオレを裏切って朝倉側に就こうなんて考えるんじゃねぇぞ。テメェらはもうオレの共犯者だ。今頃行ったところで、女子たちから袋叩きガオチだ。イイ想いがしたかったら、オレに従え。そうしたら、オレが飽きた女を回してやるよ」


 その言葉で、舎弟たちは息をのんだ。


 この島に来た女子は、全員、極上の美少女たちだ。

 あの中の誰が相手でも、童貞には想像しただけで夢心地だった。


「ならさ健司。こんなところでくすぶってないで、さっさと行こうぜ。オレに舎弟貸してくれよ」

「三屋か」


 飄々とした態度で倉庫に入ってきたのは、金髪頭のチャラい雰囲気の男子だった。

 グループの中では剣崎に次ぐ実力者で、片腕とも言える男だ。


「オレと一緒に村を襲った奴はポイントアップ。朝倉とかいうバケツ君を捕まえたら幹部昇進。ただし生きてりゃ水は作れるんだ。朝倉は、生きてさえいればOKってことでOK?」

「おもしれぇな。いいぜ、やってみろよ。その代わり、やり過ぎるなよ。朝倉のしつけは、オレの仕事だからな」

「OK♪」


 三屋と剣崎は、嗜虐的な笑みを交わし合った。


 男子たちは、頭では犯罪だとわかっていても、逆らう気は起きなかった。


 むしろ、この二人についていけば、とりあえず問題ない、とすら思っていた。


 無法地帯という非日常が、早くも彼らの感覚を麻痺させていた。

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