第9話 彼女と星の下で語らう
「う~ん、ダメっすよキョウヘイちゃん。イブちゃんのおっぱいを揉むならマツリも一緒っすよぉ~」
女子にあるまじき卑猥な寝言に起こされると、辺りは真っ暗だった。
スマホで時刻を確認すると、深夜の二時だった。
俺らは、二階の一室を借りて、畳の上に雑魚寝していた。
気温は初夏並なので凍死の心配はないものの、冬までには寝具を揃えたい。
そう思いながら上体を起こすと、俺はすぐ隣のふすまから廊下に出た。
男子の俺は防犯もかねて、部屋の出入り口に寝ていた。
「剣崎の奴、本当に来ないだろうな……」
不安になりながら、見回りをしようと廊下を抜けて、階段を降りると、一階の廊下に転がされている哀れな三郎をまたいで、玄関で靴を履いて、外に出た。
「っ…………」
その絶景に、言葉を失った。
村の周りを覆う森を眼下に見下ろす空が、青白く輝いていた。
オーロラとか、そういう特殊な自然現象じゃない。
星だ。
あまりにも多くの星々の光が夜空を照らして、漆黒のとばりを青白く見せていた。
「マジか……」
満天の星、とは言うものの、本当に、天を満たす星の海に、俺は心を奪われてしまう。
世界史の先生曰く、東西を問わず、世界中のあらゆる文明において、古代人は星に魅せられていた。
あらゆる古代文明で天文学が発達し、星に神話を被せるのが、その証拠だ。
日本にいた頃は、古代人てよっぽど暇だったんだな、なんて思っていたけれど、今なら古代人の気持ちがわかる。
これほどの絶景を塗り潰してしまう文明の愚かさを噛みしめて、なんて、柄にもなくロマンチックなことを考えていると、奇妙な物音に気が付いた。
虫の足音が聞こえそうなほどの静寂の中、それは下から聞こえてきた。
「ん?」
地面が、平らに変形していく。
床にまいた水が広がっていくように、【たいら】が地面を侵食していく。
荒れた廃村の地面が、まるで重機で綺麗に整地されたようだった。
「伊舞(いぶ)?」
浸食の流れを辿っていくと、村の入り口付近の地面に、伊舞が座り込んでいた。
地面に手を付ける彼女の横には、大量の食器が積み上がっていた。
「あ、恭平」
足音で気が付いたのか、俺が話しかけるよりも先に、彼女は振り向いた。
「眠れないのか?」
「それもあるけどね、見張りは必要かと思って」
「なら、俺か三郎に頼めばいいだろ?」
彼女の隣に並ぶと、食器を挟んで腰を下ろした。
「でも、見張りを提案したら、恭平は絶対やっちゃうでしょ。私の提案なのに、そんなの強要と同じじゃない」
――本当に、尊いぐらいいい子だな。
どうして小中高と、うちのクラスにはこういう女子がいなかったんだろうと、本気で悔やまれる。
「この食器は?」
「村を整地する前に土から作ったの。小皿中皿大皿に湯飲みとフォークとスプーンを100人分。明日、みんなで家に運んでもらおうと思って。私の能力は、スタミナの続く限り使い続けないと」
俺ら超能力者の能力は、ゲームのMPというよりも、生身の体力に近い。
使うほど出力が低下して、だけど数分休めば回復して、けれど消耗しすぎると回復にも時間がかかって、翌日にも疲れを残すように、場合によっては翌日まで能力の精度に支障をきたす。
今の伊舞は、力が回復するそばから能力を使い続けているらしい。
「でも、寝ないと体力は回復しないだろ。交代だ。あとは俺が見張るよ」
「……うん、ありがとう」
とは言いつつ、伊舞はなかなか立ち上がらない。
しばらくすると、彼女は静かに語り掛けてきた。
「ねぇ恭平……私たち、もう帰れないんだよね?」
重めの問いに、だけど俺は優しい言葉は持てなかった。
「……だろうな。第二次世界大戦中、アメリカでは日系人が保護の名目で収容所に隔離された。その人たちは戦争が終わったら解放されたけど、俺らの隔離は俺らの超能力そのものが原因だ。終わりはないだろうな」
「そっか、だよね、うん、ありがとう恭平」
まるで、肩の荷でも下りたように、彼女の声はリラックスしていた。
「恭平って正直だよね。普通、こういう時って無責任に楽観的なことを言う人が多いんだけど……恭平のそういうところ、好きだよ」
「リア貧男子が聞いたら勘違いしそうな単語だな。男子には好きって言葉は禁句だぞ」
「恭平は勘違いしないの?」
「俺はリア貧じゃなくてソロ充だからな。彼女は作れないんじゃなくて作らない。ていうか好きな女子なんていなかったしな。みんなして俺のこと、バケツバケツって馬鹿にして、かばってくれる奴もいなかったし」
「私もそうだよ。普段は怖がって近寄らないくせして、学校の備品壊したら『さっさと直せよ殴んぞ』だもん。私のことが怖いのかそうじゃないのかわけがわからないよ」
「マジそれな」
俺が同意すると、伊舞は微笑を洩らしてから、覚悟を決めたように表情を引き締めた。
「恭平、私、この島を国にするよ。そのためにも、明日から毎日海に行って、一トンの塩を持ってくるね。茉莉(まつり)が運べるのは、一トンが限界らしいから」
「国? 一トン? どういうことだ?」
俺が問いかけると、彼女は頭の中で話を整理するように、少し間を置いてから語り始めた。
「この島から出られないなら、私たちはこの島で何十年も暮らすかもしれないでしょ。なら、いつ私が死んでもいいように、一生分の塩を作っておきたいの。新しい子たちが移住してきて、人口が100人になって、一人あたり一日10グラムの塩を摂取するなら年間400キロ。100年分なら40トンは必要でしょ?」
「100年分て、多すぎないか?」
「ううん、足りないくらいだよ。人口が10倍の1000人になったら、たったの10年分だもん。事故で塩倉が駄目になるかもしれないし、そのタイミングで私が事故で死ぬかもしれない。それに、将来、塩で日本と取引できるかもしれない。海に囲まれたここなら、塩はタダで無限に作れる。将来、日本と交渉して塩と日用品を交換してもらえることも視野に入れないと」
底なしの深謀遠慮さに、俺は呆れて、笑いがこみあげてきた。
「お前そんな先のことまで考えてるのか? 本当に高校生?」
「年齢詐称なんてしてないもん」
わざとらしく、ぷくっと頬を膨らませる。
彼女の意外な一面を、可愛く思う。
「悪い悪い。でも確か、海って貴金属やレアメタルも溶け込んでいるんだよな? 塩よりもそっちを抽出したほうがよくないか?」
「そんなことよく知ってるね。【海水】【成分】で検索してもあんまり出てこないのに」
「実はラノベ作家志望でね。話のネタになりそうな雑学は覚えるようにしてるんだよ。まっ、最後まで書き切ったことないけど。そういう伊舞は?」
「私は能力が能力だからね。色々なものの構成成分とか設計図とか見るのが趣味なの。暗記しなくても、深層心理にさえ残っていれば能力の対象になるから」
「本気でチートだな。それで、金や銀を盾にして日本政府と交渉はできないのか?」
「やめておいたほうがいいかなぁ。そこまでやると、たぶん、私だけ政府に拉致されそうだし。だから、周りにも私の能力は物資を変形させることって、嘘ついていたんだ」
警戒されないように、自分の能力を偽る。
俺と似たような境遇に、シンパシーを感じてしまう。
「自画自賛だけどね、私の能力は、この島に必要だから。みんなのためにも、私は、この島にいないとダメなんだよ」
彼女の思慮深さに感心しながら、自分の浅知恵を恥じるように、俺は自嘲気味なため息をついた。
「伊舞は凄いな。俺は、そこまで頭が回らないよ」
「私が凄いなら恭平も凄いよ。港で、あの状況で、私らの味方をしてくれたんだもん」
「一人で逃げても良かったんだけどな。それやると後で男子でひとくくりにされて女子から袋叩きにされそうだし。保身のためだよ」
からかうように、俺の顔を覗き込んできて彼女は言う。
「逃げなくても、恭平は強いから、剣崎たちと一緒にいれば、いい想いできたんじゃない?」
「いや、ムカつく想いしかできないさ」
「その言葉、正義の味方みたい」
「正義の味方じゃない。ただ嫌いな奴にワルモンが多いだけだ」
「それを正義って言うんだよ……じゃあ、あとは任せちゃおうかな。おやすみね、恭平」
「ああ、お休み、伊舞」
互いに手を振り合って俺らは別れた。
将来、集団ヒステリーを起こしたタイミングで剣崎たちが攻めこんできたら、俺はどうするか。
ベストな選択はわからないけれど、せめて、伊舞だけは助けてあげたいと、素直にそう思った。
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