第10話 異能の力で食料ゲット

 翌朝。

 拠点の庭で俺らが山菜の塩ゆでを作り終えると、伊舞(いぶ)とボディガード役の茉莉が戻ってきた。


「たっだいま~。3軒目の再構築が終わったっすよ♪」

「この家と2軒目の家から9人ずつ、3軒目に移っていいよ」


 みんな、お疲れ様、と伊舞を労う。

 昨夜、伊舞自身が言った通り、確かに、彼女はこの島にはなくてはならない存在だ。

 伊舞がいなかったら、俺らは廃墟暮らしで、拠点確保の段階で躓いていた。




 それから、俺らはまた、居間や縁側に座って、みんなで朝食を食べ始めた。

 すると、島生活二日目にして、早速文句が出た。

「なんていうか、肉や魚も欲しいよね」

「ちょっと、贅沢言わないでよ」

「でもさぁ、これからずっと毎日三食山菜の塩ゆではキツくない?」

「それは、まぁ、ね……」


 みんなの言う通りだ。

 集団ヒステリーを避けるには、みんなのストレスをうまくコントロールする必要がある。


 生きるだけなら、一日三食山菜でも問題ない。

 けれど、それではストレスがたまる。

 ストレスは心身を蝕む万病のもとだ。これは、早急に手を打つ必要がある。

 三郎が言った。


「そういえば、森の中に鹿がいたよな。キョンだっけ? 前にテレビで見たけど、キョンの肉って外国だと高級食材なんだろ? 脂肪が少なくてやわらかくて美味いらしいぞ」


 一部の女子が、ほおを緩めた。


「高級肉……」

「ジビエ……」

「おいしそう……」


 その期待に応えるように、一人の女子が軽く手を挙げた。


「わたしの能力を使えば、動物を集められるよ」


 遠慮がちにそう言ったのは、背が高く、長いウエーブヘアーが印象的な美少女だった。

 濡れたように艶やかな髪は、日本における理想美とも言われる濡れ羽色で、わずかに青みがかっている。

 芸能人でもほとんど存在しないこの髪質の持ち主に、こんなところで出会うとは思わなかった。

 柔和な顔立ちも相まって、全身から包容力がにじみ出るような、魅力的な少女だった。


 三郎も、眼の色を変えて息を荒らげている。

 もっとも、こいつが注目しているのは、彼女のスイカを二つ詰め込んだようなバストにだろうけど。


 乙姫が、縁側から勢いよく立ち上がった。


「よし! じゃあ今日はキョンを捕まえるわよ! えーっと、名前なんだっけ?」

「新妻心愛(にいづまここあ)だよ」

「心愛ちゃん、俺の新妻になってもらえませんか?」

「うんと、ちょっと言っている意味がわからないかな?」


 心愛が困り顔になると、三郎は乙姫に焼かれた。心なしか、三郎へのダメージが昨日よりも落ちている気がする。


 ――こいつ、早くも炎に適応してきたな……。


「でも乙姫、捕まえたあとはどうするんだよ? この中にキョンの解体方法わかる奴なんているのか?」


 乙姫が目配せをすると、みんな顔を横に振った。


「和美(なごみ)、あんた農業高校なんじゃないの?」

「いや、わたし、畜産科じゃないので……」


 和美は申し訳なさそうに恐縮した。

 妹の和香(のどか)が、慰めるように身を寄せた。


「お姉ちゃん、授業のニワトリ解体も気絶しちゃったもんね。でも、みんなヤれるの? 農業高校の実習で生きたニワトリの解体とかするんだけど、あれ、けっこうツライらしいよ?」


 その場の空気が、絶対零度まで冷え切った。


 そりゃそうだ。

 みんな、現代人は、加工し終わった食材としての肉しか知らない。

 動物園やペットのように、今まさに生きている動物を殺して解体して食べる、というのは、抵抗がある。


「じゃあ、魚は? 周り海だし」


 乙姫がハードルを下げた。けど、俺は声のトーンを落とした。


「この中に、釣りの技術ある奴いる?」


 気まずい静寂が、辺りを包み込んだ。


 ただでさえ、釣りは女性人口が少ない。

 このメンツで、釣り人を期待しても空しいだけだった。


「釣り竿や投網なら、私の能力で作れるよ」

「投網もけっこう技術いるらしいぞ。とにかく、今日から釣りと投網の練習だな」


 ――素人が今から練習をして、魚を口にできるのは一体いつになるか。

 気を思いやられていると、茉莉が手を挙げた。


「あ、ココアちゃんがお魚さんを一か所に集めてくれれば、マツリの念力でまとめて引き揚げられるっすよ」


 歓声が湧き上がった。


「いやぁ、どうもどうもっす。でもぉ、イブちゃんの方針的には、これって能力に頼りすぎなんすよね?」

「そうだね。茉莉がいないと魚を獲れないって事態は避けたいかな」


「じゃあとりあえず今日はマツリとココアちゃんの愛の共同作業でお魚をゲッツしてくるんで、キョウヘイちゃん、今日からガンガン投網の練習頼みます」

「え、俺か?」


「もう、何言っちゃってんすか? 普通、漁師って男の人じゃないすか。女じゃ海女っすよ♪」

「そういう基準?」

「じゃあ、せっかくだし、食べながらでいいから、食料確保について話そうか」


 リーダーらしく、伊舞はよく通る声で、冷静に説明を始めた。


「流石に、毎日山菜採りは非効率だよ。魚もだけど、狩猟は獲れる量が不確かだから。まとまった食料を安定して手に入れるには、やっぱり農業だけど、お米は厳しいかな。都合よく野生の稲なんてないだろうし、素人に田んぼは無理だよ。だから、山菜や果物を植えていくのが現実的だと思うんだけど、どうかな?」


 農業高校出身の和美も頷いた。


「はい、それがいいと思います。でも、果物の木は成長に何年もかかるから、茉莉さんの念力で山から果樹を周辺の土ごと持ってきて、村の中に植えたいですね」

「任せるっす♪」


「じゃあ、この島で手に入る山菜と果物で農業開拓をしながら、農業が軌道に乗るまでは昨日みたいに森や山で山菜採り。あとは、茉莉と心愛の能力で魚を獲りつつ、釣りや投網の腕を磨くってことで。お肉は……また今度かな」


 伊舞が申し訳なさそうな顔で謝るように言うと、みんなも納得してくれた。

 流石に、逆らう人は誰もいなかった。


「まぁただ、食べるかは別にして、農業をやるなら、キョン対策はしなきゃだよな。日本でも、鹿に農作物を荒らされるのは日常茶飯事だし」


 俺の忠告に、伊舞は頷いた。


「だね。あとは衛生面だけど、お風呂と石鹸とシャンプーは私が作っておくよ。みんなが家から持ってきた分だけじゃ、いつまで持つかわからないし」


 途端に、女子たちが歓喜の声を上げた。その熱量は、茉莉が魚を獲れるとわかったときの比じゃない。


 ――やっぱ、女子にとっては死活問題だよなぁ。


 汚れを落とすだけなら、伊舞の能力でも事足りる。


 実際、昨日、海で伊舞と茉莉が海水まみれになった後、彼女の能力で服にしみ込んだ海水を取り除いて、ベタつくのを防いだ。


 けれど、お湯のリラックス効果は無視できない。


 それに、伊舞に頼り過ぎると、伊舞に何かあったとき全てが破綻する。

 伊舞に頼り過ぎない開拓が必要だ。


「ご飯を食べ終わったら、食料班はまた山菜をお願い。茉莉も連れて行って、果物の木があったら、念力で周りの土ごと持ってきて。あと茉莉には悪いんだけど、午後は私たち海班と一緒に、魚釣りと塩取り頼める?」

「マツリ引っ張りだこっす♪」

 

 ――念力って何気に汎用性高いしな。


「それで伊舞、村班はどうするのよ? もう村の中は探索し終わったんでしょ?」


 乙姫の言う通り、昨日、村班のメンバーは一日かけて、村の中を探索し尽くした。

 けれど、特にめぼしいものは見つけられなかった。

 廃村だけあって、使えそうなものは持ち出された後で、置いていかれた家財道具も、痛みが激しかった。


「村班は、あとでメッセージを送るから、午後に生活に必要な材料を集めておいて。お昼に私が戻ったら、それを使って色々作るから」

「午後から、じゃああたしら海班と村班は、午前中に何するのよ?」

「私と一緒に、色々かな昨日、みんなに送信した必要な物一覧、表示しておいて。さっ、今日は忙しくなるよ」


 伊舞は、意気込むようにして語気を強めた。

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