第7話 モブ男、当たって砕ける

 三時間後。島に夕日が落ちる頃。


 30キロ分の塩を入れた水瓶を10個、茉莉(まつり)に念力で浮かせてもらいながら村に帰ると、みんな、笑顔で迎えてくれた。


 拠点である家屋の縁側には、山菜が積まれている。


「お姉ちゃん、大収穫だね」

「うん、みんなが手伝ってくれたから」


 双子の姉、平和島和美(へいわじまなごみ)と、妹の平和島和香(のどか)は再開するなり、両手を合わせて、笑みを交わし合った。仲が良くてなによりだ。


 日本に残してきた妹をなつかしく思うと同時に、姉妹そろって島に来られた平和島を、少しうらやましいとも思った。


 もっとも、超能力者じゃない妹を、こんな不便な島に連れてきたい、なんて思わないけど。


「あ、それで和香ちゃん、守里(まもり)さんがいいもの見つけてくれたんだよ」


 和美の紹介で、亜麻色の髪をシニヨンヘアーにまとめた美人さんが、会社のプレゼンもかくやという冷静な表情と声で、白い花を差し出した。


「財前(ざいぜん)守里です。私の鑑定能力で鑑定したところ、この花は除虫菊です。神原さんの能力で、蚊取り線香を作れるのではないでしょうか?」

「うん、凄い助かるよ。ありがとう、守里」


 一瞬、言葉に詰まってから、伊舞は財前のことを下の名前で呼んだ。


 和美も財前のことは名前で呼んでいるし、食料班も名前呼びになっているんだろう。


 ていうか、男子と違って女子って結構簡単に名前呼びをする気がする。


 実際、乙姫と茉莉がそうだし。


「また、ミカンの木を発見しました。ミカンの皮には防虫効果のあるリモネンとシトロネラールが含まれていたかと」

「そうそう、乾燥させてから燃やすと、防虫剤になるんだよ。ところで、守里って何歳だっけ?」


 背が高く大人びた雰囲気ながら、敬語で、無感動な話し方をする彼女の態度が気になったのか、伊舞は探りを入れるように尋ねた。


「18歳です」

「じゃあ敬語とかいいよ。私17歳だし。それに、あまり上下関係みたいなの作りたくないし」

「すいません。敬語を使っているつもりはなく、これが素なので。家族に対しても基本、この話し方なので、気にしないでください」

「そ、そう……ならいいんだけど」


 ――家族からいじめられているのかな? でなければ、よっぽど育ちがいいのかもしれない。


 伊舞が、同じく敬語の和美に視線を向けると、和美は妹の背に隠れた。


「あ、いえ、わたしもこのままでお願いしますッ」


 ――まぁ、他人に敬語を使うことで気が楽になる人もいるだろう。


 伊舞もそう思ったのか、追及はしなかった。


「マモリちゃんメイド服とか似合いそうっすね。イブちゃん、植物の繊維から半そでサマーメイド服作って欲しいっす!」

「いや、先に作らないといけないものたくさんあるから」

「つまりそのうち作ってくれるんすね! そしてイブちゃんも着てくれるんすね!」

「お前めげないな」

「たっはー、キョウヘイちゃんにツッコまれたっす!」


 何がおかしいのか、茉莉はお腹を抱えて喜んだ。


「じゃあ、私は寝るまでにもう一軒、家を直せないかやってみるから、みんなは夕飯をお願いできる? 調理器具はこれでお願い」


 言うなり、伊舞は庭の地面に手をついた。


 すると、地面から大量の土鍋や食器、そしてキャンプを思わせる、石のかまどが生えてきた。


「恭平は水と熱湯係り、乙姫は火力係りをお願いできる?」

「任せろ」

「任されたわ。と言いたいところだけど、まさか女子が50人も集まって全員料理できない、とかいうオチじゃないでしょうね?」


 乙姫が不安げな声で疑問を呈すると。

『あ、できるよ』

 ほぼ全員が手を挙げた。


 俺は、思わず驚嘆の声を上げてしまった。

「え、お前らハイスペックだな。本当に令和女子かよ」


 令和生まれの俺らは、テレビでは完全にピエロだ。


 令和生まれはこんなことも知らない、できない、という類の番組は毎日のように放送されている。


 俺としては、世代が違うのだから仕方ないと思うのだが、大人はそう思わないらしい。


 中には、料理に特化した番組もあって、毎週、包丁や炊飯器も使えない令和女子が見世物になっている。


「う~ん、それなんですけど……」


 双子姉の平和島和美が、困り顔になる。


 他の女子たちも、眉を八の字に垂らした。


「やっぱり、超能力者だと、家でも肩身狭いしね……」

「家事やって親に無害アピールしちゃうよね……」

「他人のために働いていると安心するし……」

「想像以上に悲しい理由だな。まぁ俺も毎日お風呂とポットにお湯と熱湯いれてたけどさっ」


 つい、語気を強めて返してしまった。


 学校ではバケツと呼ばれていた俺だけど、家では給湯器扱いだった。


 ちなみに、妹は俺のお湯で淹れたお茶が好きだった。



   ◆



 それから、俺らは外で夕食の準備をした。


 俺のお湯で山菜を洗って、手荷物の中にあった刃物で山菜を刻んで、俺が土鍋に熱湯を張り、伊舞の作った塩を入れて、乙姫がそれぞれのかまどの中に、直接炎をブチ込んでいく。


 十本の指からそれぞれ炎を奔らせて、十基のかまどで同時に山菜を煮込む様は、圧巻だった。


 外での調理は、まるでキャンプのようで、島流しに遭ったというのに、少し楽しかった。


 けど、こんなのは最初だけだろう。


 キャンプ気分は最初だけ。


 徐々に不便な生活に、みんなのストレスがたまり、もう家に帰れないという不安から集団ヒステリーを起こす可能性も捨てきれない。


 そこに剣崎たちが攻めこんできたら、最悪だ。


 その時、自分はどうするべきか、少し考える。


 集団ヒステリーを起こすみんなをなだめつつ、剣崎たちと戦うのが正義だろう。

俺は、理想の聖人君子でも英雄でも漫画の主人公でもない。


 ――現実的なのは……。


 俺が最悪の選択肢を想像しようとすると、伊舞が戻ってきた。


「みんな、調理の感じはどう?」

「あ、イブちゃん、こっちはカンペキっすよ♪ 今、みんなのお皿に取り分けているとこっす♪」

「よかった。私のほうは、なんとかもう一軒直せたよ。一時間もかかっちゃったけどね。もう今日は本当に打ち止め。ご飯を食べたら早く寝たいっす」


 最後はちょっとフザケながら、伊舞はハーフアップにした金髪をかきあげた。


 そうして、みんなは土鍋から自分の分をお皿に取り分けると、縁側から居間のちゃぶ台に着いたり、縁側に座って各々食べ始めた。


 居間には、村班のみんなが見つけてきたテーブルが並ぶも、50人が座れるだけの広さがない。


 みんなでそろっていただきます、なんて言う暇はなかった。


「あの、恭平くん」

「ん?」


 名前を呼ばれて振り返ると、平和島姉妹が、お皿を手に立っていた。


 姉の和美は恥ずかしそうに、妹である和香の後ろに半身を隠している。


 双子だけど、ワンサイドアップの位置が違うので、一目でわかる。


 左ワンサイドアップの和香が口を開いた。


「港で、助けてくれてありがとう。ほら、お姉ちゃんも」

「う、うん。恭平さん、ありがとうございますっ」


 ――そういえば、俺がお湯をぶっかけて最初に助けたのって、この二人だったな。


「気にしなくていいよ。俺の助け方も結構乱暴だったし。お湯、熱かったろ?」

「そんなことないよ。この島、暑いし風も強いから、服もすぐに乾いたし」

「はい、恭平さんには感謝しかありません」


 妹の言葉に乗っかる形で、姉の和美も俺をフォローしてくれる。


「はい、恭平くんの分。一緒に食べよ」

「ん、おう」


 妹の和香から皿を受け取ると、俺は二人に連れられて、縁側の空いているところに座った。


「守里ちゃん、君の分は俺がよそったぜ。向こうで一緒に食べようぜ」

「いえ、自分の分は取り済みなので、気にしないでください」

「ぐほぁっ」


 山田本は亜麻色の髪の豊乳系クール美少女、財前守里に当たって砕けていた。節操ないなぁ。


 そうやって、山田本を除く52人は、最初の食事を楽しみながら味わった。


 あっさり塩味の山菜は、現代人には物足りないけど、お腹が空いているだけあり、けっこうおいしかった。


 いや、神原、じゃなくて伊舞が作ってくれた、最高級天然塩のおかげかな。


 すると、その伊舞が、大きめに声を上げた。

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