第6話 いや付き合いたてのカップルか!?

「「うーみだー!!」」


 一時間後。

 白い砂浜を前に、竜宮院と舞薗は、裸足になって走り出した。


 そのまま波打ち際を走ってジャンプ。膝から下を海水に突っ込んで遊んだ。

 そこだけ切り取ると、女子高生の夏休み、という雰囲気がして実に華やかだ。


 ――無人島だけあって、水の透明度がすごいな。


「ありがとう和香。おかげで迷わず海に出られたよ」

「ううん、わたしはこれぐらいしかできないから」


 神原にお礼を言われて、和香は謙虚にほほ笑んだ。いい子だな。


 一方で、山田本はトランクス一丁になって海に走り出し、竜宮院の炎に燃やされ、舞薗の念力で沖へと捨てられた。


 ――超能力者って男子と女子でIQに致命的な差が生まれるのか? だったら俺も……。


 不安を拭い去るように被りを振って、気を取り直した。


「それで神原、俺らはどうすればいいんだ?」

「剣崎たちが来ないか、周囲を警戒していて。あとは、私がやるから」


 そう言いながら、神原も靴とソックスを脱いで、裸足になった。


 竜宮院たちと一緒に海に入ると、彼女はしゃがんで、海水に腕を突っ込んだ。


「よっ」


 途端に、浅瀬から象牙色の壺、いや、水瓶(みずがめ)が生えてきた。


 どうやら、砂浜の砂を固めて作ったらしい。


「あとは、ほっ」


 神原が海水に手を付けると、海水から白い砂、いや、塩だろう、それが噴き出して、水瓶の中に吸い込まれていく。


「うわぁ、便利ぃ」

「イブちゃんマジパないっすねぇ」

「精製された塩と違ってミネラルとか、海水の栄養分全部入っているから、最高級天然塩並みに美味しいよ」


 ――なるほど、ただ塩(塩化ナトリウム)だけじゃなくて、マグネシウムやカルシウム、カリウムなんかも一緒に分離させているのか。ん、待てよ?


 俺は、あることに気づきながら、海に近づいた。


「なぁ、海水から塩を作れるなら、もしかして海水や泥水から真水を作れたりもするのか? むしろ空気中の水分を集めたり」

「作れるよ?」

「俺の上位互換じゃん……」

「はは、そんなことないよ」


 そう、優しく笑ってくれた。


「わざわざ遠い海までいかないといけないし、運搬も大変でしょ? 空気中のわずかな水分を集めるのだって凄い時間かかるし。いつでもどこでも大量の水をぱっと出せる朝倉には敵わないよ。それに私の能力、熱量は変えられないんだよね。だから水を氷に再構築しても、能力を使い終わった途端に溶けちゃうし。村に帰ったら、頑張ったご褒美に冷たい水を一杯もらえる?」


 リーダーらしい威厳の代わりに、柔和な包容力を感じさせる笑みを浮かべて、彼女は俺を見上げた。


 気遣ってくれているのだろう。


 本当に、いい子だなと、俺も優しい気持ちになれた。


「なんという気配り上手! イブちゃんの魅力にマツリは感動っす!」

「ちょっ、急に抱き着かれたら、きゃっ」

「わおっ♪」


 水しぶきを上げながら、舞薗と神原は仲良く倒れこんだ。


 もちろん、二人とも私服のままだ。水着なんて着ていない。


 そして、俺はその光景に目を奪われた。


 砂底がクリアに見えるほど透明度の高い海水にたゆたう二人の美少女。


 水中に広がる長い金髪と茶髪、宝石のように輝く水滴の流れ落ちる頬。


 海水に浮かぶ手足はリラックスしていて、波に身を任せた姿は、まるで夏の青春ソングのプロモーション映像のようだった。


 一瞬、彼女たちの美しさに心を奪われてから、俺は努めて平静を装った。


「おいおい、少しは自重しろよな。神原も大丈夫か?」

「ん? うん、だいじょうぶだよ。ほら舞薗、一緒に起きよ」

「イブちゃんが優しすぎて幸せっす♪」


 舞薗は、反省した様子もなく、イブにキスでもしそうな勢いで甘え始めた。


 なんともほほえましい光景に、スマホのカメラを回したくなる。


「そういえばあんたら、いつまで苗字呼びしてんの?」

「「え?」」


 竜宮院の問いに、俺と神原は、同時にきょとんとした。


「だってあたしらってこれからこの島で暮らしていかなきゃいけないんでしょ? じゃああたしら家族でしょ? それに、最初が苗字呼びだと、下の名前呼びに切り替えるタイミングに困るわよ。和香のことは下の名前で呼んでいるんだし、もう全員下の名前でいいんじゃない?」


「あ、いや、わたしは和美お姉ちゃんと苗字が一緒だから仕方ないかなって」

「そういう問題じゃないでしょ。伊舞も恭平も、他人行儀なのよ。ほら、二人とも名前で呼び合う」

「「…………」」


 自然、俺と神原の視線が交じり合った。


 ソロ充の俺には、当然、女子を下の名前で呼ぶ文化なんてない。


 平和島姉妹みたいな場合は別だけど、なんだか恥ずかしい。


 それは神原も同じらしく、ちょっと頬を染めながら、視線を泳がせている。けれど、泳ぐ視線はチラチラと俺に焦点を合わせてくる。


 ――どうしたもんかな……。


「えーっと、い、伊舞?」

「はい、恭平!」


 バッ。

 互いに顔を背けた。


「いや、付き合いたてのカップルか!」


 竜宮院、いや、乙姫が鋭くツッコんだ。

 そして和香が悲鳴を上げた。


「大変みんな! 山田本くんが溺れてる!」

「足がぁあああ! 足がつったぁああああ! あぁあああ! 沈むっ、沈むぅ! お助けぇええええごぼぼぼぼぼぼ!」


 そして、海には静寂が戻った。


 潮騒の音だけが、静かに響くのだった。



   ◆



 恭平たちがラブコメをしている頃、剣崎は苛立ちをぶつけるように、地面を蹴飛ばした。


「はぁっ!? それどういうことだよ!?」


 剣崎に恫喝されて、舎弟になった男子たちは怯えた。


「いや、だから、ミネラルウォーターが2リットルペットボトル10本入りの箱が100箱だから、水は2000キロ分しかありません」

「水道はないし、一人一日1リットルしか水を使わなくても、俺ら50人で、20日で水がなくなりますよ」

「なんでオレもお前らと同じ一日1リットルなんだよ! オレは好きに使うからな! たく、で、次の補給はいつだ? あん?」


 脅すような問いかけに、舎弟たちは顔を見合わせた。


「あれ? そういえばいつだっけ?」

「いや、補給の話なんて聞いていないぞ?」

「もしかして、これが一生分?」

「だよな、だってこれただの島流しだし。政府からすれば俺ら超能力者にいなくなって欲しいだろうし」

「物資を巡って殺し合いをさせるのが狙いでも違和感ないよな」

「クソがッッ!!!」


 剣崎は、顔を真っ赤にして、地面を蹴飛ばした。


「政府の野郎ッ、いや、朝倉のバケツ野郎! あいつがいれば水もお湯も使い放題なのによぉ。今まで散々使ってやったのに土壇場でオレを裏切りやがって」


 究極の自己中男、剣崎に常識なんて通じない。


 自身がこの世界の本来あるべき正義そのもので、世界を私物だと思い上がっている彼にとって、朝倉恭平は【この剣崎健司様のお水係りとして重用してやった】としか思っていない。


「あの、剣崎さんとあの朝倉とかいうお湯男、知り合いなんですか?」

「ん? あぁ、中学の頃から同じクラスだよ」

「超能力者って、数千人に一人とかだよな?」

「同じクラスに超能力者が二人って、すごい確率だよな」

「はん、何が同じ超能力者だ!」


 舎弟たちの物言いに、剣崎は憤慨した。


「本当に【超】能力って言えるのはオレだけ、あいつのはただの雑魚能力だ!」

「で、ですよね」

「おっしゃる通りです」


 ボスの機嫌を損ねまいと、舎弟たちは慌てて頷いた。


 剣崎は、舌打ちをした。


「いいか、あんな陰キャのクズがいるせいでオレら超能力者全体がナメられるんだよ!」


 ガタイが良く、コワモテの剣崎が不機嫌になると、それだけで圧力が生まれる。


 舎弟たちは、不発弾の前にいるような面持ちで、立ち尽くしていた。


「朝倉の野郎……次会ったらゼッテェに殺す。そんで、一生オレのウォーターサーバーにしてやる!」


 剣崎は、中学時代のことを思い出しながら、両目に憎しみの炎を滾らせた。


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 本作を読んでくださりありがとうございます。

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 他に【冒険者ギルドを追放された俺が闘技場に転職したら中学時代の同級生を全員見返した】というものを投稿しています。

 現代ファンタジーで日刊週刊2位、月間4位の作品なので、本作の更新を待つまでの暇つぶしにどうぞ。

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