第5話 巨乳ハーレムだと喜ぶモブ男がウザい

 村班は村の中を、食料班は村の外に広がる森に、そして、俺ら塩班は島の東を目指した。


 港は村の南にあるので、本来は北を目指して島の反対側へ向かうのが望ましい。


 けど、島の真ん中は小さいながらも山になっている。


 それに、和香のマップ能力によれば、島の反対側へは直線距離でも10キロ以上。


 山の高低差や道の険しさを考えると、往復には10時間以上かかるらしい。


 流石にそれは現実的ではないので、山を避けて、森を抜けて東の海を目指すことにした。




 村を出て歩くこと一時間。


 森は深く、木漏れ日の光は徐々に減っていく。


 珍獣の一頭や二頭がいてもおかしくないような獣道を歩き続け、島流しというよりも漂流者の気分になってくる。


「けっこう、道が険しいですね」


 先頭を歩く双子姉妹の妹、平和島和香が、辛そうに息をついた。


 その後ろに、神原と竜宮院、舞薗が続く。


「キャンプ場と違って整備されていないからね」

「あー、そういえば50年前に廃村になってから放置されているんだっけ?」

「歩きにくいっすねぇ」


 とは言いつつ、でこぼこぼ荒道、いや、道ですらない荒れ地にまいってしまう和香とは違い、三人は余裕の表情だ。


 きっと、日本にいた頃からアウトドア派だったんだろう。


 一方で、道なき道は俺のようなインドア派からはゴリゴリ体力を奪い、気だるいため息を漏らしてしまう。


 その一方で、俺と一緒に最後尾を歩く山田本はウキウキだった。


「いやぁ、それにしてもラッキーだったよなぁ恭平」


 初対面なのに下の名前で呼んでくるフランクさに戸惑いつつ、俺は聞き返した。


「ラッキーって何がだ?」

「何がって、おいおいおい、お前、正気かよ? このハーレム展開に決まっているだろ?」

「ハーレム?」


 ――こいつは何を言っているんだ?


 俺の警戒心に気付かず、山田本は小声で滔々と語り始めた。


「無人島に強制移住なんて聞いた時はこの世の終わりかと思ったら女子51人に男子は俺ら二人だけ。しかも、全員巨乳美少女だぜ。歩くだけでおっぱい揺れる女子しかいないとか天国かよ。ていうか後ろからおっぱいが見えるってどんだけだよ」


 興奮しながら山田本が指差す竜宮院は、両手を上げて頭の後ろで組んでいる。


 その脇腹からは、ハミ出した横乳のふくらみが、はっきりと見て取れた。


「知ってるか? 女子の超能力者って女性ホルモンのエストラジオールの分泌量が多いんだぜ。このエストラジオールの効能は髪と肌の艶を良くしてお尻とおっぱいを大きくして顔立ちをオスから見て魅力的に成長させるんだ。この絶景を見ていると、その学説の正しさを実感するよなぁ」


 言って、山田本のいやらしい視線が下がった。


 彼の視線の先を追うと、神原たちのヒップラインが並んでいた。


 短パンの生地はピンと張っていて、かなりセクシーだ。


 キュロットスカートの和香も、お尻の部分は丸く押し上げられて、魅力的なラインを確認できた。


 山田本の言う通り、いい眺めだとは思う。


 神原たちは美少女ぞろいで、プロポーションも抜群だ。


 巨乳美少女だらけの村に男は俺+1だけ。


 それだけ聞けば、天国なのかもしれない。けど、俺は自然と眉間にしわを寄せてしまう。


「お前、そういうこと言うのやめろよ」


 嗜めるように俺が囁くも、山田本はまるで動じなかった。


「なんだよカッコつけやがって、お前だってこの状況、楽しんでんだろ? マンガでよくあるサバイバルハーレム展開じゃん。それともお前ソッチ系か?」


 山田本は、身の危険を感じるジェスチャーとばかりに、自分の肩を抱いた。


「違ぇよ。別に、男なら猥談ぐらいしてもおかしくないし、グラビアモデルやAV女優を性的な目で見たり語ったりするのはいいと思うぞ。でも身内の知り合いを、まして本人がいる場所でそういうことを言うのは、うまく言えないけど違うだろ」


 性的なことは、恋人同士ならともかく、そうでなければ、暴力と同じだ。


 ソロ充の俺に女友達なんていないけど、もしもいたとして、猥談のネタにされていたら、きっと嫌な気分になるだろう。


 いや、俺はすでに、嫌な気持ちになっている。


 それは、俺が神原や竜宮院に好感を持っているからだろう。


 他人を助けるために戦い、論理的な思考回路を持ち、初対面の俺を話術巧みにかばってくれたあの二人を、俺は信頼しているんだ。


 【信頼】。


 今までの人生で、他人に感じたことのない感情だ。


「んだよノリわりぃな」


 山田本は、俺の首に腕を回しながら、脇腹を小突いてきた。


 正直、ついていけない。


「…………そうだな。こんなことを平然と言うから、俺は超能力者ってことを抜きにしても、友達がいなかったんだと思う。でもな、お前には悪いけど、俺はその【ノリ】ってやつが嫌いなんだよ。自己中な言動で周囲に迷惑や嫌な想いを振りまいておきながら、そのことを指摘されると『ノリが悪い』だの『別にいいじゃんこれぐらい』だの『堅いこと言うなよ』とか言う奴いるよな。でもそれって、悪事を正当化しているだけじゃねぇか。犯罪者の理論だよ。悪ノリって言葉もあるけど、空気を悪くしないよう、その場のノリに合わせて流されて、みんなで暴走し合って……取り返しのつかない事って、だいたいがその【ノリ】が原因だと俺は思う」


 隣を歩く山田本の眼をしっかりと見据えて、俺は毅然と言い切った。


「俺はこの島の女子たちと、どうこうなろうとしないし思わない。みんなで協力して、この島暮らしを少しでも安全で快適にできたら、それだけだ」


 言い終えると、山田本の腕を振りほどいた。


 幸い、山田本は俺へのヘイトをため込む、なんてことはなかった。


 ちょっと、気まずそうに頬をかいて、口をつぐんで歩き続ける。


 どうやら、スケベ過ぎるのがたまに瑕なだけで、剣崎とは違う人種らしい。


 そのことに安堵すると、マツリが明るい声を上げた。


「小鹿ちゃん発見♪」


 彼女が立ち止まり勢いよく指さす方向に、視線が集まった。


 確かに、そこには小さな鹿、みたいな生き物が立っていた。


 ただし、何か違和感がある。


 ――小鹿だけ? 迷子か?


「いや、あれは小鹿じゃなくて、キョンていう小型の鹿だよ。あれで大人なの」

「イブちゃん物知りっすね」

「たまたまテレビで見たことがあるだけだよ。特定外来指定生物で、逃げ出したキョンが天敵のいない島で大量発生して問題になっているって」

「へぇ、かわいいじゃない」

「目がくりくりしてる」


 竜宮院と和香は、キョンの可愛さに魅了されていた。


「動物が増えられるなら、自然は豊富なんだろうな。よく見ると大型の昆虫もたくさんいるみたいだし、食料班の活躍には期待できそうだな」

「逆に、キョンが食べつくしていなきゃいいけど……」

 神原が表情を曇らせた。

「鹿害(ろくがい)だな」

「恭平、何よそのロクガイって?」


 女子に下の名前で呼ばれることに恥ずかしさを覚えつつ、俺は答えた。


「鹿が増えすぎて起こる環境破壊だよ。鹿が森の木や草を食いつくして環境破壊につながるんだ。アメリカじゃ、森一つ消えた例もあるらしい。狼が絶滅した日本でも、鹿害は出ているんだ。ジビエがブームになってからは、鹿狩が進んでいるけどな」

「肉!」


 竜宮院の右手から、炎が立ち上った。


 キョンの可愛さなど、バーバリアンの申し子たる彼女の食欲の前には意味をなさなかった。


「か、可哀そうだし、わたしたちの目的はお塩だから、ね?」

「それもそうね。ていうか、血抜きとか解体の仕方とかわからないし」


 和香になだめられて、竜宮院はバーバリアンを卒業した。


 ――でも、動物性たんぱく質を摂取することを考えたら、キョンの肉を食べる方法は、検討すべきだよな。


 加えて、将来的に農業をするなら、農作物を荒らすキョン対策も必要だ。同時に、害虫対策も考えないといけない。


 キョンが走り去ると、俺らはまた、海を目指した。

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