第2話 島流されたら金髪碧眼美少女と会いました

 21世紀。

 世界では、ごくまれに、超能力者が生まれるようになった。


 最初は超能力ブームが再来して、彼らはタレント扱いだった。

 けれど、羨望はすぐさま畏怖に変わった。


 スプーン曲げのような手品じみたものとは違い、一撃で車を粉砕したり、完全犯罪を実現してしまうようなチート能力が次々と発見されたからだ。


 多くの超能力者が恐怖の象徴となり、迫害を受け、裏社会で生きることになった。


 結果、日本政府は超能力者の保護と指定暴力団への加入を未然に防ぐため、学生の超能力者を収容区域に隔離することにした。


 表向きは保護だけど、それがていのいい島流しであることは、誰の眼にも明らかだった。


 島の周辺は常に海上自衛隊の監視下に置かれ、脱走は重罪と言うのだから、言い訳のしようもない。

 そして、現在に至る。



   ◆



 どれだけ走っただろう。


 運動部でもない俺は、しばらく走れば、気息奄々たる有様だった。


 それでも、女子の足を引っ張るわけにはいくまいと、やせ我慢して走ったものだから、喉と肺とお腹が全部痛かった。


 なお、途中の道に男子が一人、行き倒れていたけど無視した。


 襲われているならともかく、ただ疲れて寝ている奴を助ける余裕はなかった。




「おーい、みんなー!」


 俺の手を引く金髪の彼女の声に、顔を上げた。


 村の入り口では、俺と同じく息を切らせた女子たちが座り込んでいた。


 俺は、なんとか男子のプライドを保てたことに安堵しながら、ようやく足を緩めた。

 一方で、金髪と赤毛の彼女は、少しも息が乱れていない。


 部活で長距離でもやっていたのだろうか? 驚くべきスタミナだ。


 金髪の彼女が、みんなの顔を見回した。

「女子はこれで全員? 一応最後まで残ったけど、乱戦だったから……」


「わかんない」

「あたしらも自分が逃げるのに精一杯だったし」

「女子が全員で何人かも知らないし」

「じゃあ探知系の能力者はいない? 捕まっている子がいたら助けないと」


 彼女の問いに、みんな、互いの顔を見合わせるばかりだった。


「わかった。気にしないで、一応確認したかっただけだから。じゃあとりあえず、今の人数を数えるから動かないでね。それと、私は神原伊舞(かんばらいぶ)。髪の色が気になるかもしれないけど、これは染めているんじゃなくてお母さん譲りなの。不良じゃないから勘違いしないでね」


 神原は冷静に説明した。


 彼女の口ぶりから察するに、学校から黒く染めるよう言われてきたのかもしれない。


 ハーフらしいけど、顔立ちは日本人寄りだし、染髪したように見えなくもない。

 目鼻立ちははっきりとしているけど、【超能力者の女子なら誰でもそうだ】。

 きっと、余計な誤解を生んできたのだろう。


「49、50、51、で、貴方を入れて52人ね。そういえば貴方、名前は?」

「え? 俺は朝倉恭平だけど……」


 俺が神原に肩を叩かれると、何人かの女子がこちらを注視しながら表情を曇らせた。

 その意味を察して、俺はその場を離れようとした。


「じゃ、俺はこれで」

「待って」


 神原が、再度、俺の手を握って引き留めた。


 彼女は、青い瞳に強い意志を込めて、演説をするようにしてみんなに語り掛けた。


「聞いて。さっき、男子たちに襲われて、怖い想いをしたのはわかる。剣崎の言う通り、ここには法律も警察もいない無法地帯。力の強い男子に強引に迫られたらって考えたら、不安だよね」


 まずは、彼女たちの心に寄り添うような言葉を投げかけ、神原は警戒を解いていく。


「でもね、よく思い出してみて。彼は私たちを助けるために、最初に動いたんだよ」


 実際は神原もほぼ同時だったけど、彼女はそのことを伏せた。


「この場にいる誰よりも早く、私たち女子よりも早く動いて、村に逃げるよう声を張り上げて、私と一緒に、最後まで波止場に残って、男子たちと戦ってくれた。違う?」


 最後の問いは、栗毛をワンサイドアップにした双子の女子たちに向けて言った。


 俺が、最初に助けた女子だった。

 ふたりとも、タレ目でおどおどとした雰囲気だけど、左ワンサイドアップの少女は立ち上がり、振り絞るようにして言った。


「神原さんの言う通りだと思う。さっき、わたしとお姉ちゃんを助けてくれたし、悪い人じゃないと思う」


 遅れて立ち上がった姉も、首を上下に振って肯定した。


 二人の援護射撃を得た上で、神原は畳みかけた。


「それでも、納得できない人もいるかもしれない。でもね、私も感情論だけでこんなことを言っているわけじゃない。彼は、凄く利用価値のある人間だよ」


 神原は首を回して、青い瞳に俺を映した。


「ねぇ、貴方の能力って、水を生成することじゃない? しかも、温度は自由」


 女子たちの空気が、少しやわらいだのがわかる。


 流石は女子。

 俺の利用価値を、一瞬で看破したらしい。


「神原の言う通りだよ。俺の能力は水を生成し操ること。しかも、温度は自由自在だ。氷、冷水、お湯、熱湯、水蒸気を無制限に生み出せる」

「つまり、彼がいればこの南の無人島でサバイバルせずに、冷たい飲み物とお風呂とサウナが使い放題よ! 生活物資のある港を放棄した私たちにとって、絶対必要な人材だと思わない?」


 ――上手いな。情に訴えたあとは利益を説く。これには、感情派と理論派、どちらも納得せざるを得ないだろう。

 女子たちの顔からは不安が消えた。むしろ、ちょっと緩んですらいる。


「そうだ、俺らは必要な人材だ!」


 神原の名演説に割り込んできたのは、途中で行き倒れていたあの男子だった。


「え? お前誰?」

「俺は山田本三郎(やまだもと・さぶろう)、超能力男子一の紳士だ! ていうかさっきはよくも素通りしやがったな! 普通は倒れた人がいたら背負って運ぶもんだろが!」

「うっさい」


 赤毛の少女が、山田本に青白い炎を浴びせた。


「ひぃっ! 冷たい!?」


 ――冷たい?

 彼女の能力って炎を生成して操ることじゃないのか?


「あたしは竜宮院乙姫(りゅうぐういんおとひめ)、能力は熱エネルギーの操作よ。冷やすも熱するも自由自在よ」

「へん! 乙姫ってツラかよぎゃあああ冷たいぃいいい!」


 竜宮院は眉間にしわを寄せながら、山田本に冷気を浴びせ続けた。


 山田本は地面の上でもがき苦しんだ。


 確かに、美人ではあるものの、姫というよりも女武将といった顔立ちだ。


「どうする伊舞? 彼には仲間になってもらうとして、コイツは信用できないんだけど」


 さりげなく、俺を仲間にすることを決定事項にして、議題を進める竜宮院。


 手際がいいと言うか、頭が良くて感心した。


「そう、ね」


 神原は、眉根を寄せて悩みながら、山田本を見下ろした。


 太陽の照り付ける南国の島で、雪山遭難者のように髪を白くバリバリに凍らせた山田本が飛び起きた。そして土下座を決めた。


「お願いです、俺も仲間に入れてください! 俺も女子を襲っていないしていうかあんな不良っぽい奴らと一緒にいるの怖いし、俺、戦闘系能力持っていないから絶対奴隷にされちまうよ! どうか、どうかお慈悲を! 俺にひとかけらのお慈悲を!」

「能力は?」

「環境適応だ。ほら、この島に適応して早くも肌が浅黒くなってきているだろ? 冬になったら体毛が濃くなるんだぜ」

「伊舞、追い出しましょう」

「鬼! 悪魔! 人でなし! おっぱいデカイんだから器も大きくヒィッ冷たいぃ! お慈悲をぉ! お慈悲をくださいぃいいいい!」


 だんだん哀れになってくるも、俺にはどうにもできなかった。


 女子51、男子2のこの状況で、男子の発言権などないも同然だった。


 下手にかばえば、俺の立場が危うくなる。


 ……けど、そうしたら、村はずれの小屋でソロ充をすればいいだろう。


 元から俺は友達のいないソロ充で、子供の頃から一人遊びの達人だ。


 二台のゲームパッドを両手でそれぞれ操作しながら格闘ゲームを嗜み、体育の時間は、二人ペアで受けるパス回しのテストを一人二役で受けるぐらいの達人だ。


 つまり、俺の立場が悪くなってもいいということだ。


「いいんじゃないか? 本来は男子女子関係なく、この島に来たみんなで協力して生きていかないといけないんだし。あんなことにはなったけど、無理に男子と女子で派閥を分けることもないだろ?」

「それもそうね。うん、私は山田本が一緒でもいいわ」


 神原が承諾すると、竜宮院は声を濁らせた。


「え~、なんかこいつ顔がスケベで身の危険を感じるんだけど」


 さっき、胸について言及された竜宮院は、メロンをふたつ詰め込んだような胸を両腕で抱き隠しながらくちびるを尖らせた。


「そう言ってやるなよ。じゃあこうしようぜ、俺や山田本がセクハラをしたら自由に燃やしてよし」

「それならいいわよ」


 竜宮院の口元に、邪悪な笑みが浮かんだ。右手には、赤い炎が揺らめいている。


「助かった気がしない!?」


 山田本は、地面に転がりながらショックを受けていた。


 ちなみに、女性陣は基本短パンなので、地面を転がる山田本が、彼女たちの下着を拝むことはできないだろう。


「そういうわけなんだけど、みんなはそれでいい?」


 神原が呼びかけると、地面に座り込んでいる女子たちは、隣近所で目配せをし合い、口ごもりながら、不承不承といった感じで頷いた。


「うん、良かった。じゃあとりあえず休みがてら、これからのことについて話合いましょう。まずは会議室だけど、あそこがいいわね」


 神原が指し示したのは、視界に映る中では一番大きな民家だった。


 廃村には、【ちびまる子ちゃ●ん】や【サザエさ●ん】の主人公宅を彷彿とさせる、昭和感溢れる家が、ぽつぽつと点在している。


 どれも見るからに朽ちかけていて、まともに住めるようには見えない。


 みんなの顔から、一気にテンションが落ちるのがわかる。


 みんな、花も恥じらう青春真っ盛りの女子高生だ。


 これから、あんな廃墟で暮らすのかと思えば、しょんぼりして然るべきだろう。


 なのに、神原は気にした風もなく、軽い足取りでスタスタと歩き出した。


 心身ともに疲れ果てたみんなは立ち上がり、その背中を追いかけた。




 思った通り、二階建てで大きく、元は立派だったであろうその家屋は酷い有様だった。


 今にも幽霊が出そうなオンボロぶりは、SNSに写真を投稿すれば、廃墟マニアたちが殺到しそうなほどにハイクオリティだった。


 そんな、怪談映画のロケ地にぴったりの家の前でみんなが肩を落としていると、神原は準備体操でもするように肩と腰を回してから、気風よくガッツポーズを作った。


「それじゃ、やりますか」


 自分に気合いを入れるように意気込んでから、神原は廃墟の壁に触れた。


 途端に、彼女の触れた壁を中心に、廃墟全体に光が走った。


 すると、廃墟はまるで、時間を巻き戻すようにして、みるみる修復されていく。


 壁や瓦屋根のヒビと汚れは消え去り、建物の歪みは修正され、欠けた部分は盛り上がって生えてきて、外れたドアが立ち上がってサッシにはまり込んだ。


 わけがわからない。


 みんなも、ぽかんと呆気に取られていた。


「ふぅ、流石に疲れたな。しばらくは能力つかえそうにないや」


 果たして、神原が息を着いた頃には、家屋は新築同様の輝きを取り戻していた。


 みんなの眼が丸くなったまま固まる中、俺は尋ねた。


「神原の能力って、地面を変形させることじゃないのか?」

「ううん、違うよ。私の能力は物質の分解と再構築。足りない質量は床下や庭の土と石と草木を材料にしながら、隣接箇所からかき集めたの。周辺の建材がちょっと薄くなるけど、大した影響はないよ。とりあえず、これからは一日二軒のペースで新築にしていくから。5人一世帯として、10軒も直せば十分かな?」


口元に人差し指を添えながら尋ねてくる神原に、俺は呆れてしまう。


 ――こいつ、チート過ぎだろ。


「安心して、みんなは、私が守るよ」


 神原の顔には、無敵の笑顔が輝いていた。


 ソロ充の達人であるはずの俺も、その笑顔にはくらりとキテしまう魅力を感じてしまった。

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