立場逆転・島流されたらスクールカーストが崩壊しました

鏡銀鉢

第1話 島流されたらスクールカーストが崩壊しました

 五月だと言うのに初夏を思わせる強い日差しの下、俺、朝倉恭平(あさくらきょうへい)は、海上自衛隊の船から港に降り立った。


 太陽が濃い影を作る波止場には、俺と同じく高校生ぐらいの男子女子が何十人も立っていて、旅行鞄を手に、不安げな表情で周囲を見渡している。


 俺が知っている顔は一人だけ。あとは全員知らない顔だった。


 本土よりも温暖な気候と聞いていただけあり、みんな、夏服だ。


 俺も、短パンとまでは言わないまでも、七分丈のズボンに英字の入った白のノースリーブシャツという涼し気な格好だ。


 最後の乗客がコンクリートに足を付けると、船と波止場を、ひいては、俺らと日本を繋ぐタラップは、無慈悲に折りたたまれていく。


「あ……」


 その瞬間、最後まで船に残っていた金髪の少女が表情を曇らせた。


 他のメンバーも、表情を硬くした。


 きっと、日本が遠ざかるような気がして、怖くなったのだろう。


 厳密には、ここも日本の領海ではあるものの、無人島であるここを国内だと安堵するには、俺らは若すぎる。


 遠ざかる船の甲板から、海上自衛隊の隊員が拡声器で叫んだ。


「生活物資は港の倉庫にある。あとは各自、自己責任で生活するように!」


 無情な言葉を残して、船はみるみる遠ざかっていく。


 誰もが「行かないで」と訴えかけるような眼差しを送るも、船はやがて見えなくなった。


 気持ちはわかる。


 でも、願って夢が叶うなら苦労はない。


 とりあえず、倉庫に行こう。


 内陸側には村っぽいのが見えるけど、50年以上前に捨てられた廃村に期待はできない。


 倉庫の物資を確認しつつ、今後の方策を練るのがベターだろう。


 そう、馬鹿な奴がいなければ、だが。


「よし、自衛隊はいなくなったな」


 俺の期待を裏切るように、唯一の顔見知りであるそいつは、ドスを利かせた声を大にした。


「いいかテメェら! ここには法律も警察も軍隊もいねぇ! だから集団を維持するには強いリーダーが必要だ! このオレ、剣崎健司様がボスになってやる! いいな!」


 ボスなのかリーダーなのかどっちかにして欲しいけど、とにかく馬鹿が暴走していた。


 頭が痛い。


 なのに、一部の男子たちは色めき立つ。


「え、マジで? お前あのガーゴイル健司なの?」

「いや、俺も最初から似てるなぁ、とは思っていたんだけど本物かよ」

「おいお前ら、これからは健司さんに従うんだぞ! 逆らう奴は俺が許さねぇ!」


 早くも取り入る奴、舎弟気取りの奴が現れた。


 あ~~~~、頭が痛い。


 早く軌道修正をしたいところだけど、剣崎が俺の話を聞くとは思えない。


 剣崎健司は、俺の同級生だ。


 中学校の頃からずっと一緒で、そして、俺をいじめていた張本人だ。


 同じ【能力者】である俺を叩きのめすことで、自己顕示欲を満たそうという、程度の低い小悪党だ。


 そんな奴と同じ島で暮らすだけでもストレスなのに、こいつがリーダーやボスなんてトンデモない。


 幸い、俺の【能力】はサバイバル能力が高い。


 剣崎に見つからないよう、ひっそりとこのグループを離れ、山の中で独り、サバイバル生活をしながら仙人のように暮らすことも視野に入れなくては。


 人が冷静に明るい人生設計図を練っていると、また小悪党が叫んだ。


「家来になるなら守ってやる。イヤなら奴隷だ! おら試験だ! 女子をとっ捕まえた奴から順にオレの右腕にしてやるよ!」


 発揮される偏差値20ぐらいの知性を馬鹿にしている余裕なんてない。


 剣崎の言葉一つで、奴にすり寄っていた男子数人が、近くの女子に襲い掛かった。

 それを引き金に、他の男子たちも、一斉に女子につかみかかった。


 ――まずい!


 予定を変更。目立つの上等だ。


 背後から女子に抱き着く馬鹿四人のうち、二人に両手をかざすと、思い切り水をぶっかけてやる。


 何十リットルもある水は、俺の手の平から噴き出したものだ。


「「あっづぁああああああああああ!」」

「「ガッ…………」」


 俺がぶっかけたのは、水温50度のお湯だ。


 火傷はしないし、痛みもやせ我慢すれば耐えられるけど、行動を続ける意思力は奪える、絶妙な温度だ。


 双子なんだろう、同じ顔をしたワンサイドアップの少女二人も「熱い!」と悲鳴を上げるも、男子は離れた。バタバタと騒ぎながら、自分の体を叩いてお湯を冷まそうとしている。


 でも、その横で別の男子二人が悶絶している。


 男子のみぞおちには、コンクリートから延びた二本の石柱がめり込んでいた。


「「ん?」」


 俺と彼女は、同時に振り向き視線が合った。


 俺の隣では、長い金髪をハーフアップにした美少女が、地面に手を着いている。


 ついさっき、最後に船から降りた、あの女の子だ。


 太陽の光を反射させながら輝く金髪の美しさに、一瞬、心を奪われそうになった。


 どうやら、石柱は彼女の【能力】らしい。


 瞬時に彼女を味方と判断して、俺は叫んだ。


「女子は全員村に逃げるんだ!」


 声を張り上げる間にも、俺は周囲の男子たちに次々お湯を浴びせ、金髪の彼女は男子たちのどてっ腹に石柱を喰らわせていく。


 拘束の解けた女の子たちは、わき目も振らずに駆け出していく。


 人は混乱時、明確な指示をされると、素直に従える性質がある。


 有事の際は、恥ずかしがらず、大声で周りの人に指示をするのが効果的だ。


 また、人は【三人以上】を【集団】と捉え、集団の行動を真似しようとする性質もある。


 男子たちが次々女子たちに襲い掛かったのもそれが原因だろう。


 同じように、女子たちはみんな、迷うことなく海の反対側、村の方へ逃げて行った。


「うぁあああああ死にたくないぃいいいいい!」


 一人、臆病そうな男子も村に逃げていた。それも内股で。


 ――まぁ、あれは無害そうだからいいだろう。それよりも。


「そろそろ俺らも逃げるぞ」

「えぇ、そうしましょう」


 男女比が偏ると、必然、【俺ら】に狙いを定める男子が増えてくる。


「朝倉! テメェ、バケツのくせにオレに逆らってんじゃねぇぞ!」


 顔を真っ赤にしてイキリ立つ剣崎の言う【バケツ】というのは、俺のあだ名で蔑称だ。


 水を生成し操る能力を持つ俺を馬鹿にして、剣崎が付けた。


 以来、俺はクラスメイトはおろか、教師にまでバケツ呼ばわりされている。


「死ね!」


 男子小学生みたいなノリで死ぬことを強要しながら、剣崎が右手を突き出した。


 その手の平から、ボウリング玉大の岩が放たれる。


 でも同時に、俺と剣崎の間にコンクリートの壁が立ち上がった。


 ビギッ!

 コンクリートの壁にヒビが入る。


 俺の隣で、金髪を風になびかせる彼女が地面から手を離すところだった。


「行きましょう!」


 白い手が、俺の手を取り強引に引き寄せた。

 彼女に連れられるまま、俺は全力で走った。

 村の方角には、地面に倒れる男子たちしかいない。


 けれど、背後から遠距離攻撃が飛んでくることを警戒して、走りながら肩越しに後ろを警戒した。


 そして、俺は息をのんだ。

 背景が燃えていた。


 いや、炎の壁が立ち上り、男子たちと俺らとを完全に隔離していた。


 その手前で、赤毛のロングヘアーを揺らしながら、一人の少女が鋭い言葉を飛ばした。


「この壁を越えたら、灰も残さないわよ!」


 壁の向こう側の沈黙を確認して、赤毛の彼女は振り向き、凛とした眼差しが俺とかちあった。


 燃え盛る炎をバックに背負う彼女は、炎の精霊のように幻想的な美しさをまといながらも、その表情は敵陣を駆け抜ける女武者のように精悍で頼もしかった。


 一人なら簡単に逃げられただろうに。


 俺らのために、わざわざ残って、しんがりを務めてくれたのか。


 金髪の彼女同様、赤毛の彼女も、信頼できる人物だと判断しながら、俺は前を向いた。


 こうして俺は、そして俺らは早々に、生活物資のある港を放棄することになった挙句、対立勢力まで生まれてしまった。


 俺らの今後は、遠くに広がる廃村と、逃げ延びたメンバーの【能力】にかかっていた。


 なにせ俺ら超能力者は全員、この島に隔離されてしまったのだから。


 日本の土を踏むことは、もう二度とないだろう……。



   ◆



 朝倉恭平たちが逃げ去ると、剣崎健司は炎の壁を睨みつけ、毒づいた。


「朝倉の野郎ぉ……陰キャの分際でチョーシこいてんじゃねぇぞ!」


 腹立ち紛れに、地面に大岩を放つと、波止場に軽くヒビが入った。


 剣崎健司の主観に置いて、彼自身は主役だった。


 一般人には扱えない異形の能力。

 まさに人類を越えた超人。

 周囲から向けられる畏怖の視線には、心地よさを感じていた。


 世間では超能力者を迫害する動きがあるも、それは単なる嫉妬の表れだと思っている。


 そして、思い切り戦闘向きの能力である剣崎は、惜しむことなく周囲に力の強大さを見せつけた。


 彼を畏怖しても、迫害する人なんていなかった。


 むしろ、自ら舎弟に、子分になろうとする連中が群がってきた。


 いつか、自分たち超能力者が世界を統べる筈だという、子供じみた妄想に酔いしれている中、起こったのが今回の隔離騒動だ。


 剣崎は、この状況を喜んで受け入れた。


 超能力者だけの王国を作り、自身が君臨して軍隊を作り、いずれ日本に攻め入ってやる。


 そんな妄想を逞しくしながら、上陸した。

 なのに……。


「ヒーロー気取りで俺からハーレムを奪うつもりかよ、ナメやがって!」


 人生計画をいきなりつまづかされて、剣崎は怒り心頭だった。


 男子を家来にして、女子たちを犯しまくって孕ませて、産ませた自分の子供を側近にするという計画の半分以上が、恭平のせいで台無しだ。


 剣崎は、中学高校時代を思い起こしながら、嗜虐的な笑みを張り付かせる。


「どうやら、しつけが足りなかったみたいだな……わからせてやるよ。てめぇがどうしようもない無能のバケツ野郎だってことをな」


 剣崎の呟きと笑顔を上機嫌と取ったのか、舎弟志望の男子が声をかけてきた。


「剣崎さん。追いますか?」

「いや、今は女より、倉庫だ。生活物資とやらがどんなもんか、拝んでやろうぜ」


 恭平への復讐方法、未来への楽しみが増えたことを喜びながら、剣崎は倉庫へと足を向けた。


 その後ろを、ドヤ顔で側近気取りの男子たちと、とやや不安げな顔の男子たちがついていく。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 本作を読んでくださりありがとうございます。

 本作は予告なく、タイトル、キャッチコピーを変えることがあります。

 続けて読みたい、と思ってくれる方はフォロー、または作者名、鏡銀鉢での検索をお願いします。


 開拓モノとしては、他に【美少女テロリストたちにゲッツされました】というものを投稿しているので、暇つぶしにどうぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る