第四話「危険な賭け」

「ウギィ! ギギ!」

 インプが、不快な声を上げた。


 カーポは、思わず目を覆ってしまった手を動かして、指の間から目の前を透かし見た。


 そこには、レイラがいた。

 両の手をつっかえ棒のようにして鉄の牙を受け止めていたのだ。


「うぎぎ……お、重……!」


 牙は、ぎりぎりと挟みこむ力を増していく。


(なんでインプがこんなもの持ってんの……!?)


 レイラは不思議に思った。


 この罠は、魔力で動いていた。

 誰かが魔力を込め、近づいたものを噛み裂くような罠を、作ったのだ。

 インプがそんなものを作れるとは到底思えなかった。


 そうこうしている間にも、鉄の牙はぎりぎりと挟む力を強めていく。

 そして、これが好機と言わんばかりにインプリーダーはレイラに近づいた。

 今まさに襲い掛からんとしているのだ。


「レイラ、後ろから来てる!」

「分かってるけど……うごご……動けない……」


 カーポはこぶしを握り締めた。

 非力なカーポは、状況を打開する決定的な術を持っていなかった。

 カーポは治療の術が得意な代わりに、火の魔術のような相手を攻撃するような魔術は苦手だった。


「くっそお、せめてこれで奴らの足止めを……」


 カーポがたどたどしい手つきで指先に魔力を集め、練り上げる。

 やがて彼の魔力のかたまりは小さく渦巻く火球となった。


 そのとき、レイラの中で、あることが閃いた。


「……そうだ! カーポ! その火球、私に向かって撃って!」

「え? でも……」


 カーポが戸惑っている間に、じりじりとインプが間合いを詰める。


「いいから、私に任せて、早く!」

「ええい、なんだかよくわかんねーけど、やってやるよ! ほらよ!」


 カーポは、両手に力を込め、火球をレイラに向かって撃ち出した。

 火球はレイラの顔面を目がけてぐんぐん進む。


 そのとき、インプが動いた。

 手に持った棍棒を振りかぶり、大きく飛び上がった。



 レイラの両手は鋼鉄の牙を食い止めためにふさがれている。

 そして間が悪いことに、カーポが打ち出した火球は、もうすぐレイラに到達する。

 火球と、インプが同時に襲い掛かる形になってしまったのだ


「キ、キキ、キキィ!!」


 耳に障る甲高い声を上げながら、上空からインプは勢いのままに棍棒を振り下ろした。


「レイラー!」


「くそったれが! なめてんじゃ……」


 レイラの目の奥で、本来の彼女が持つ獰猛な光が閃いた。彼女は鉄の牙を掴んだまま、体をのけぞらせて頭を後ろに引いた。


 額に、薄く青い、魔力の光が集まる。


「ねェーーーーー!!!」


 レイラは、頭を振り下ろし、火球に向かって強く打ち付けた。



 パアァーン!



 大きな破裂音が響き渡る。

 熱とともに、煙を巻き上げながら爆風が吹き荒れた。



「うわわ、わわわわ……、ってぐおわァ! いってぇ!」

 吹き付ける風にカーポはバランスを崩し、木に叩きつけられた。


「ギェー! ……グォ!」


 その奇声の主も、隣の木に叩きつけられていた。。爆発の直前に飛び上がっていたインプのリーダーも、踏ん張りの効かない空中でもろに爆風を受けてしまったのだ。


「ギャアア! ……ギャ!」


 もう一体のインプも同じ方向に吹き飛ばされ、リーダーにのしかかるような格好になった。


 そこへ、土煙の中からレイラが姿を現した。


「うおおお、くたばれええぇ!!」


 土煙を体にまといながらまっすぐ走る。


 レイラは、拳を強く握りしめた。


 と、そこでリーダーに重なっていた小さなインプが目を覚ました。


 ――その瞬間彼が見たのは、鬼のような形相をした、魔女の恐ろしい姿だった。


 ドゴォ


 インプの腹に、拳がまっすぐ打ち付けられる。


 木がミシミシと軋み、根元から折れた。


 そのまま、二体のインプは気を失い、地面にぐったりと横たわった。


「コホ、コホ……、オホン、私を見くびってはいけませんことよ」


 土煙を払いながら、レイラは咳払いひとつ。

 レイラの先ほどまでの荒々しい雰囲気は、すっかり息を潜めていた。


 先ほどまでレイラを拘束していた鉄の牙は、顎のようになっている関節部分が折れてしまっており、真っ二つになって転がっていた。


「おいおい、さっき、素がでてたぜ……」


「あら、そうかしら? 私、ずっとこんな感じでしてよ? オホ、オホホホ」


 口に手を当て、わざとらしく笑うレイラ。

 カーポはそんな彼女を苦々しい顔で見つめていた。


「まぁ、好きにすればいいよ……。それで、一体何をしたんだ」

「あれ、わかんなかった?」


 レイラは、体に着いた土を払いながら飄々と言った。


「カーポに、火の魔術を使ってもらったでしょ? だからそこに、逆に水の魔力を思いっきりぶち込めば今みたいにドカーンって、爆発するだろうなって。水の魔術は苦手だけど……、何とかうまくいったね」

 レイラは、バラバラになってしまった鉄の牙を、足先でツンツンとつついた。


 カーポは唖然とした。


 互いに反発し合う元素を強い力でぶつけ合えば、確かに魔力の奔流は巻き起こり、先ほどのような爆発が発生するだろう。

 しかし、レイラは自分の体を魔力で保護していたとはいえ、あと少し力の加減が違っていれば、自身も吹き飛ばしかねないような、危険な行動だった。


「……バカ野郎! そんなことして、ひとつ間違えば自分がぶっ飛んじまってたかもしれないんだぞ!」

「なによ、実際うまくいったんだからいいでしょ。それに、怪我してもカーポが直してくれるじゃない」

「第一、レイラは……」



「まぁまぁ、喧嘩は後にしようよ。こいつをどうするかだけど……」


 レイラは、足元で伸びている二体のインプの顔をはたいた。

 インプ達が目を覚ます。


「さて、あんたたち。さっきも言ったけど、今度うちの畑に踏み入らないこと。いいわね?」


 二体は、反抗する気力もないようだった。


「ギェ……」


「分かったらさっさと行きなさい!」


 半ば悲鳴のような声を上げて、二体のインプは森奥へと消えていった。

 レイラは、それを満足そうに見送った。


 あたりは日が暮れ、薄暗くなってきていた。


「さてと、これで良し……、って、ああ!」


 レイラが突然大きな声を上げる。


「な、なんだよ、急に」


 レイラが振り向く。

 彼女は、涙目になっていた。


「あいつらが盗んでいった野菜、どこに隠したのか聞き出すのを忘れてた……」


「……あ」


 その日、二人は小さい芋と野草のスープというひもじい食事で、空腹をしのいだのだった。

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