第158話「奇遇だね(奇遇じゃない)」

「やあ、奇遇だね」

 

 ある日のこと、校門の入り口で従者を連れたトラフォード家のジョットに話しかけられる。


「ああ、そうだな」


 と答えたものの、もちろんそんなはずはないと気づいていた。


 今まで一度も朝に遭遇することがなかったのに、わざわざ伯爵家の次男が偶然をよそおって接触してきたのだから、何らかの理由があるはずだ。


「王国での暮らしは慣れてきたかな?」


「おかげさまで」


 探りを入れられていることはわかる。


「ただ、すこし困っていることがあってね。何しろ俺たちはふたりだけだから」


 おそらくトラフォード家が調べれば俺が信用できる人間はジーナひとりだけ、という状況にたどり着けるだろう。


 ならば隠す必要はないと話す。


「おや、そうなのかい? クライスター家のご令嬢や聖騎士殿とよい関係を築いているみたいだけど?」


 ジョットは意外そうな顔をしているが、これはただのポーズ。

 俺が学園のない日に何をやっているのか、知らないわけじゃないという牽制だ。


「彼女たちは素敵な女性だが、男同士の気安い関係にあこがれがあってね」


 女性に恥をかかせるようなことは間違っても言えない。

 たとえトラフォード家がクライスター家と仲がいいわけじゃなくても。


「僕が話しかけてくるまで待っていたということかな?」


 ジョットの表情は複雑だった。


 自分よりもクライスター家との仲を優先させたのではないか? という疑問は当然あるだろう。


 だが、俺たちが何をやっているのかを知っているなら、以前彼にダンジョンに関する質問をしたことが布石として活きてくる。


「そりゃな。俺は皇族ということで目こぼしされているかもしれないんだし、興味のない人間を巻き込んでも悪いだろ」


 と言って肩をすくめた。

 つまりジョットを誘わなかったのは、俺なりの配慮だったということになる。


「うん。気遣ってもらったわけだね。友情を感じるよ」


 穴がないわけじゃないだろうが、わざわざ切り込むメリットを感じなかったらしく、ジョットはポジティブな発言とともに微笑む。


「興味があるならいつでも歓迎するぞ?」


 と言ってみる。


 実際の戦力的にはサラとカレンがいるなら他の神官職はいらないのだが、政治的な面を考慮すると、ジョットを切り捨てるわけにはいかない。


 俺とティアの味方が増えるほど今後のためになっていく。

 すくなくとも敵に回さないための努力はきちんとやっておいたほうがよい。


「そうだね。君が例の事件でも活躍したのは、ダンジョン探索をやっているからというのもあるのだろうね」


 お? ジョットはどうやら揺れているようだ。

 おそらくトラフォード家も反対ってわけじゃないんだな。


「まずはお試しってこともできるんだが?」


 念のため確認してみる。


「お試しか……悪くないね。休み時間に詳しく聞かせてもらってもいいかな?」


「もちろん」


 釣れたとほくそ笑みたくなるのを堪えて、なるべく人のよい笑顔で対応する。

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