第66話「皇帝からの呼び出し」

 城に戻ったところで一人の老人が俺の前に姿を見せた。

 父についている側近の一人で肩書はたしか執政官だったか。


「お久しぶりです、ラスター皇子」


 と言って右手を胸に当ててうやうやしく一礼する。

 内心はどうあれ、表面上は皇族に対する礼儀として完ぺきだった。


 ジーナはうさんくさそうな目で彼を見ているが、公的地位でも主人の立場でも圧倒的な格差があるので、何も言えない。


「父上の側近が何の用だ、ガイム?」


 何とか記憶の底から老人の名前をひねり出して問いかける。


 用もないのに俺に会いに来るはずがないとわかっているが、その理由が読めない。


 正確にはいくつかの候補はあるが、絞り込めないのだ。


「皇帝陛下がお召しです。臣のあとについて、おみ足を運びいただけるでしょうか」


 ガイムの形式上は質問だが、事実上命令である。

 皇帝たる父の呼び出しに従わないなんてありえない話だ。


 帝国は皇帝の権威を傷つける者に容赦しない。

 皇子ならいきなり処刑はないだろうが、何らかの罰を受けることは確実だ。


「もちろん。陛下のお召しとあればいつでも喜んではせ参じるよ」


 心にもない答えを返すが、臣下としては他に表現は選べない。


 完全に忘れられて放置されていると思っていたが、いきなり息苦しくなってきたな。


「それはようごうざいました。では今からついてきてください」


 言葉遣いこそていねいだが、有無を言わせるつもりはないらしい。

 もっともガイムは皇帝に従っているだけなので、何を言っても無駄だろう。


「わかった」


 と返事をしてからジーナに指示を出す。


「お前は待機していろ」


「はい」


 ジーナは不満そうだったが、俺の私的な部下を皇帝のところに連れて行くのはまずい。


 護衛がいなくなると言っても、皇帝に何らかの命令が出るまではガイムがかわりをやってくれるだろう。


 ガイムに連れられて無駄に広い城を歩く。

 大臣の執務室や会議室の他に騎士団の待機室もあるんだっけ。


 他にも謁見の間などもあるが、どれも俺には関係がないものばかりだ。

 

「こちらにございます」


 案内されたのはたぶん皇帝の執務室だろう。


 たぶんというのはラスターには縁がない場所で過去一度も来たことがないから、推測するしかないのだ。


 中には皇帝と長男のマハト兄、それに側近たちがいて書類仕事と格闘している。


「陛下、ラスター皇子をお連れしました」


「来たか」


 手が止まって渋い声が生まれた。


 俺たち四兄弟の父クヴァールは長身で体格がよい、威風堂々という言葉が似合う男である。


 マハト兄も父の見た目を受け継いだ美少年と言うより美青年という表現が似合う。

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