【12月25日。時刻00:35においての拠点襲撃に対する戦闘レポート】備考:オルトロス01の大破によるメモリー破損のため、一部映像にノイズが見られます

 ――――ふと、ガラスに反射した光を見る。


 そこに写っていたものの正体に気付いた私は、即座に右太腿に巻いていたホルスターから自動拳銃を抜き、次の瞬間には銃口から激しいマズルフラッシュが三回。辺りを眩い光で照らす。


 月明かりと街灯の光から逃れ、街の死角とも言える路地の暗闇に潜んでいた『それ』は、私が放った銃弾を表面で滑らせ、甲高い音と火花を散らした。


 「拠点ベース近くで《ラインズ》の――――それも隠密任務仕様タイプHが出るなんて……ッ!」


 姿は、奇怪。まるで人工物が人間を模したかのようないびつさを保ちつつ、限りなく無駄を廃棄された『ロボット』。

 私達が《ラインズ》と呼んでいる、人を攫って自らを製造さつくらせる自動人形オートマタだ。


 外装は硬く、反面内部は導線ばかりで柔らかい。芯である骨格部分は表皮よりも更に硬度を持ち、刃は特別に鍛えられたものでなければ砕けるだけ。

 “私達”にしか壊すことの出来ない不良品ども。人間を殺し、壊すクソッタレの廃棄物たちハイレージ


 私が驚いたのはその姿ではなく、この場所にラインズが単独とはいえ現れたことだ。

 ある程度の集団で行動するラインズが何らかの理由で単体で潜伏している。と考えられれば話は単純だが、それは難しい。


 何故ならば、機械の化け物と相対した数秒後には『がしゃり』『がしゃり』と複数の機械的な足音と駆動音が聞こえてくる。

 足音と気配から探るに、此方を包囲しようとしているのだろう。


 「白兵戦仕様タイプAまで連れてきてるってわけね……」


 即座に携行していた自動拳銃による銃撃を再度繰り返すことで隠密性能を持った人形を破壊し、周囲に集うラインズたちを警戒しながら通信機の電源を入れる。


 だが、何度コールしても雑音が流れてくるだけで、普段慣れ親しんだオペレーターの声が聞こえない。


 「―――――通信妨害ジャミングまで!?」


 その理由を相手が展開しているのであろう妨害電波に見い出せば、即座に通信機を首元に掛け直して走る。

 今にも完成しようとしている包囲網を抜け出し、拠点にいる皆と連絡をどうにかして取らなければ非常に拙い。


 この距離までラインズたちに拠点へ近付かれているということ自体が問題なうえに、恐らく後続がまだ存在するであろう状況を考えると、これは計画的な作戦行動だというのは容易に想像できる。


 かねてより何度か、私の経験でも2年前に一度あった大規模侵攻の一つで、当時配属されていた拠点に無数のラインズが攻めてきた事がある。


 大規模侵攻スタンピードと呼称されているそれの大きな特徴は、普段分隊単位。多くても小隊規模でしか行動しないラインズたちが中隊・大隊規模の軍隊行動を取るようになり、指揮をする《統率個体》が出現することにある。


 普段限られたパターンで判断していた彼等が統率個体によって“柔軟性”を得る。たったソレだけのことで、此方の被害は通常の数倍に膨れ上がるのだ。


 “私達”が元来数で劣るラインズたちにかろじて拮抗できているのはまず『ラインズの行動には一定のパターンがあり、そこを突けば撃破は難しくない』からだ。

 いくら数が多く様々な状況に応じた装備や性能を持っていても、それを考える頭がなければいくらでも対処の仕方はある。


 相手を知って対策を立てる。状況に応じて必要な行動を考えることができる。そこが私達とラインズの違いであり、彼等に対抗するために最も大事な部分だ。


 ――――しかし、統率個体にもが可能だ。


 此方に対して得た情報から、適切な兵器運用を可能とする高性能AIを搭載した人形たちの王。

 此方が切れる手札には限りがあり、相手はその手札を無理やり開示させ且つそこから更に対策を講じて実行に移せるだけの能力がある。


 ソレだけ。私達と彼等が一時的に――――満足に思考できるのは統率個体だけとはいえ――――対等になるだけで、形成は逆転する。


 「強制起動ライズ! 識別名コールサイン――――牙と爪は相互に応ずるオルトロス!!」


 オペレーターとの通信を打ち切り、音声認識によるスキルの強制承認を行う。


 普段、他人を傷つけないように私達に内蔵された機能スキルは身に付けた制御装置によって封印されており、スキルを起動ないし駆動させるためには指揮官の許可が必要で、基本的にはそれ以外の解除方法は存在しない。


 然し、外部と連絡が取れなくなる可能性を考え、一時的に自己の判断で封印を解除できようにしたのが『強制起動』だ。

 そして、私のスキルは―――――――


 「スキル起動―――――双頭の牙デュアル・ファング


 『双頭の牙デュアル・ファング』は、オルトロス01の『原典オリジン』たるが所有していたスキルを、オルトロス01オルトロス02に分割して生み出されたものである。


 正式名称はどちらも【牙と爪は相互に応ずるオルトロス】であるが、あくまでそれは『原典オリジン』のスキル。私達に搭載されている機能は彼女のスキルから流用可能であった部分を移植したいわば劣化スキルであり、判別のために起動コードはそれぞれ『デュアル・ファング』に統一されている。


 姉であるオルトロス01には、眼前の敵を屠るための爪牙を。

 オルトロス02には、並行する2つの思考と獲物を捉える鋭い眼をそれぞれ与えられた。


 スキル起動によって、四肢の手首に付けられていた制御装置――――拘束具が外れ、形状を変化させて四肢を覆うような手甲・脚甲に変化する。

 それはいわゆる『ガントレット』と『グリーヴ』と呼ばれるもので、意匠として荒々しい、まるでそれそのものが牙であり爪だとでも主張するかのように鎧の部分に無数の刃先が展開されている。


 手は爪のように鋭い刃を、脚には牙のように噛み千切るための無数の歯をそれぞれ展開し、『双頭の牙デュアル・ファング』によって強化された身体能力と、スキル起動による『適応』で四肢を獣のように振り回す。


 「アアア■アア■■アアアアァ!!!!」


 喉からあふれるのは獣化の咆哮。自らを獣とすることで相当した身体強化を得る『双頭の牙デュアル・ファング』を十全に使えば、四肢を用いた高速戦闘を代わりに言語能力を

 スキルを使用する上での『代償』とも表現できるだろうか。


 此方を包囲するように迫るラインズの一体を爪で紙くずのように引き裂くと、瞬間向けられた銃口の気配を感じて飛び退る。


 荒れ狂う思考はそのままに、感情だけは冷静に。

 初めての起動では我を忘れて暴れまわり、機能が終了するまでの記憶が飛ぶなど実践では使い物にならないレベルだったが、慣れてしまえば無理やり気分が高揚させられているような不快感程度で済む。


 この状態において最も思考を裂くべきは、スキルが起動してからスキルが機能しなくなるまでを示す残り時間アクティブ・タイムの把握だ。


 スキルにはそれぞれ自身が行使に耐えられる時間というものが定められており、装備などで緩和することが可能なものの、戦闘系のスキル――――私が持つ『双頭の牙デュアル・ファング』などの身体強化スキルであれば、およそ平均して五分程度がアクティブ・タイムとされている。


 起動後は制御装置によってモニターされ、残り時間は視界の端に常に表示される。

 映る数字は残り一分弱を示し、全力で行動した場合を想定すると、およそ四十秒程度だとシステムは告げる。


 通常であれば全力戦闘を行った倍でもこの時間にプラス二分は残る程度にスキル位階レベルは高かった筈だが、システムが示す残り時間は変わらない。

 恐らく、現在の装備が巡回を目的とした簡易装備であり、大規模な戦闘行為を想定した完全装備ではないことが理由だろう。


 敵残存戦力数は七。

 残された時間は四十秒。


 「――――ならッ! 五秒に一体ッッ!」


 幸い、此方を包囲するように円を組んでいる関係上、近接戦闘であれば一度に一体の相手をすれば良い。

 時間を掛けてしまうと遠距離攻撃で蜂の巣にされるのが見えているから、相手が味方に銃口を向けて引き金を引くか『上』に確認するその刹那を利用する。


 「――――トロいのよッ!」


 人間が味方を打てないように、基本的にラインズたちも識別信号でグリーン。つまり味方だと信号が出ている機体を銃撃することはできない。


 統率個体の命令があれば味方ごと敵――――私達を撃つこともあるが、その判断を下すには一瞬のラグが存在し、その特性を利用して、一体倒すごとにコンマ数秒の猶予を使って射線から逃れ。また再度一体を盾にすることで僅かな時間を得た。


 「ラスト――――ッ!」


 そうして、七体のラインズたちを無事殲滅すると同時にスキルの駆動終了が命じられ、四肢に纏っていた爪と牙がもとの腕輪・ブーツ型制御装置に戻る。


 「ハァ……ハァ……ッ!!」


 敵残存戦力ゼロ。なんとかなったか――――――







 が   き   り





 「――――――――ッッッッ!?!?!?!?!?!」



 音がした刹那、あらゆる思考を放棄して全力で地面へとダイブする。

 受け身を取ることもなくそのまま倒れ込んだため全身に衝撃が走り、呼吸が止まるがそれを無視。体内に残る酸素を無理矢理に絞り出して全身を駆動させる。


 即座に横に転がると、先程まで居たはずの場所に一筋の線が走った。

 最初は横に、次には縦に。私が避けた先を追いかけるように、二度のが走ると、空間が『ざくり』と避けるような破裂音が続く。



 なんとか距離をとって起き上がった先に見えるのは、異装。


 着流しと呼ばれる和装をした人型の《ラインズ》――――――それを一枠飛び越えた、人造の脅威フェイタル・エネミー


 大まかなな部分は白兵戦仕様タイプAと大きく変わらないものの、より人型に近いフォルムになり、腰に一振りの刀を帯刀しているのがタイプAとは異なる部分である。


 更に、一番の特徴はその腰に帯刀されている刀の機構である。先ほど見せたを引き起こすに至ったその技は、純粋な技量と――――鞘に仕込まれた特殊な液体によるものである。


 本来は鉱物なのだが、ある一定の温度を加えると液体に変化する『雫石』を鞘の中に充填し、刀身に彫られた溝に通された液体状の雫石は抜刀の瞬間に再度硬化が始まり、絶妙なバランスでことで刃を振るった範囲に剣線をことが可能となる。


 (恐らくは《統率個体》に近い存在……)


 《統率個体》が存在することは確定している。そして、拠点を目指していることを加味し、本来は白兵戦特化:剣士タイプ・Fの兵装であったものを所持していることを考えると、この着流しの《ラインズ》がそれなりの――――恐らくは上位クラスに位置するのは想像に難くない。


 加えてスキルの冷却クールダウン中に相手をするとなると、取れる選択肢は殆ど皆無と言ってもよかった。

 かといって逃げるという手も使えないだろう。今は硬直状態が一時的に続いているものの、此方が動き始めた瞬間。恐らくもう一度『剣線』が飛んで来て私は死ぬ。


 相手が回避することをわかっていれば、斬るのはさほど難しくないだろう。

 ではどうするか。どうすれば。どうしたらこの状況を切り抜けられる?


 通信は――――まだ使用不可能。定時連絡の時間は過ぎているため、戦闘を長引かせれば増援が来る可能性はある。


 ならば増援を待つ――――のは悪手だ。私がいる此処を中心として《ラインズ》たちが攻めてきているのならまだしも、それすらも分かっていない状況で無駄に戦闘を長引かせても意味がない。

 最悪、別のルートから本隊が来ており、その対応に手一杯になっていて此方への増援が一切ない展開も十分にありえる。


 最善なのは、敵の第二波が来る前に眼前の着流しを破壊して撤退すること。

 最悪なのは、私が此処で殺され。且つ敵の襲撃が露呈せず拠点に敵を侵入させること。


 「フゥ――――――……」


  深呼吸を一つ。此方を鋭く見つめる着流しを睨み返して、私達に託されているもう一つのコードを吐き出した。


 「起動要求コール! 『双頭の牙デュアル・ファング限界駆動オーヴァード』! 」


 どくり。心臓が脈動する。

 体の奥底から溢れ出てきたが一瞬、視界を真っ赤な色で塗り潰すが、次の瞬間にその感覚は消え失せる。


 代わりに、先程使用して冷却中だった『双頭の牙デュアル・ファング』が強制的に再起動され、残り時間を示した数値がアラートを撒き散らす。


 『限界駆動オーヴァード


 それは非常時において、加えて他の仲間や上官の支援が得られないときにのみ行使が許可されているコードである。

 内容は要するに『スキルを限界を超えて行使する』という宣言であり、これを行うことで通常付与されているスキルの行使可能時間を超え、スキルをより『原典』に近い出力で扱うことができるというものだ。


 自壊を防ぐために出力を制限している制御装置の封印機能をさせ、


 そのため、自身に掛かる負荷は尋常のものではなく。自壊を選択肢に入れてなお「足りない」場合にのみ申請が受理される。


  「■■■■■■■■■■■■■■ァ!!!!」


 四肢を爪と牙が覆う。より強く、より鋭く。自分以外のものを破壊するためだけに、その両腕と両足は振るわれる。

 四足歩行となり、全身を脈動する血液の流れが目に見えるほどに拡張する。膨張した筋肉は瞬時に収縮し、元のしなやかな筋肉を取り戻しながら、弾かれるように着流しの方へと疾駆を始める。


 対する着流しの《ラインズ》は不動。

 自身の間合いは既に通過されているが、それは刀の機構によって拡張された間合いであり、彼自身の間合いはもっと『狭い』ために、迫る私を止めることはない。


 早く。速く。はやくはやく。

 視界に赤色が混じる。駆動限界を超えたことで生じる負荷が、全身をバラバラ似する前にヤツを壊すんだ。


 


 近づいて。


 近づいて。


 近づいて。


 そして。





 ――――――――――――斬。






 視界がずれる。腕は泡のように弾け、ゆっくりと意識は明滅する。

 ああ、これで終わりなのか。


 まだ。


 まだだ。


 ヤツを止めなければ――――――




 い、た。

 い。


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