25『幽霊模様8~救い主を救え①~』

 ……こっちが出るまでもなく、勝手に盛り上がって番組が終わっていったか。 

 入ってきた誰ひとりケガをさせず、こちらの寝床を必要以上にあらされることもなく平穏が戻ってきた。

 いつもと変わらない結果。にもかからず覚えるこの一抹の寂しさは何と言えばいいのだろう。

 皆がえいさえいさと担ぐからと乗っていた神輿からいつの間に上から降ろされ、追いつけない喧騒が遠ざかっていくのをただ眺めているような気持ちだった。そんな最後のひとりの背中を見送った後で、俺は置き去りにされた折り畳み式のアウトドアチェアに腰を下ろす。

 たしかこいつは、お偉いさんのうちのどっちかが据わっていたもののはず。ろくな確認も出来ないほど慌ててこの場所を後にしただけあって、見渡す部屋のあちこちには誰かのスマホから脱ぎっぱなしのジャケットまで、転々と忘れ物が転がっていた。

 彼らがここにやって来た時には予想だにしていなかった結末を残して、TV局の連中は嵐のように……というか、自ら巻き起こした嵐に揉まれるように去っていった。

 最後に残ったのは傍から見ても、まで含めて演出とかヤラセの類には映らないであろう迫真の映像――いやまぁ、番組へのダメージを考えたらまだヤラセに見えた方がましだったのかもしれないけど。

 やり直しや編集の利かない生中継の真っ最中に前振りもなく落っこちた、超弩級の爆弾。まるで空気全体がその事態を認めたく中のような一瞬の静寂の後、現場は混乱と呼ぶにも生温い阿鼻叫喚に包まれた。

 それは番組自体がもはや後戻りなど出来ようもない、終わりへの坂へと蹴落とされた瞬間だった。しかも蹴り足が身内のものだったんだから、たまったものではなかったのだろう。

 相方MCのカガミは金魚のように口をパクつかせて頬を引きつらせてたし、プロデューサーの千駄木なんぞはあまりの衝撃に心がイカレたのか、明らかに常軌を逸した表情でもはや意味を成している言語かどうかもわからない怒声を上げながら、どうにか中継を切らせていた。

 そして起爆させた張本人はというと……全員が全員泡を食ったように撤収作業を進める中、ただひとり爆心地から動かないまま、その余韻を味わうように半ば放心状態のまま立ち尽くしていた。

 それは予期していた「やってしまった」喪失感と同じだけ抱いた、予期せぬ「やってやった」達成感。ふたつの相反する感情がハングアップを引き起こして彼女を動かぬ案山子かかしにしていたのだろう。

 ……あぁいや、これは俺の希望的観測に過ぎないけれど。

 閉じた口からため息を漏らした後、床に転がったマネキンの首を頭の下に敷いてボロボロのベッドに横たわる。

 祭りの後。やることを終え、寝る時の姿勢。窓ガラスがここまで飛び散っていなくてよかった。刺さらないけど気にはなるし。

 暗闇の中、ADに両脇を抱えられて連れていかれる直前のシオを思い出す。虚ろに前を向く瞳には涙を溜め、しかしその頬には微かに、だが確かにえくぼが刻まれていた。

 笑っていたのだ。

 器用にも対極に相反したものを浮かべていたその顔はあまりに印象的で、こうして目を閉じれば今でも鮮明に思い出せる。

 俺は別に生前からの追っかけでもなければ、ましてテレビの外の姿を知っている訳でもない。仮にそうだったとしても、彼女がどうしてそんな奇行に走ったのかなど、きっと見当もつかなかっただろう。

 それだけ事態は唐突に起こり、またその一連の行動は素人目にもあからさまな『芸能人として手の込んだ自殺』そのものだった。

 来ない眠気に無意味な寝返りを打つ。飛び出したスプリングが揺れて不快な軋みが耳を擦った。

 ――ひどい目に遭わないといいけど。シオって子。

 それが恐ろしく低い可能性であることは分かっていても、願わくばその選択先にある道が苦難のそれでないことを祈らずにはいられなかった。

 別に、今更彼女の推しになったわけじゃない。

 今までここに上がり込んだ人間の中で、膨れ上がった噂と俺自身のによって凝り固まった俺のイメージを正面から否定し、高らかに「無害である」と宣言してのけたのは彼女が初めてだったからだ。

 成仏という大義名分はあるといえ、それでも半ば悪ノリ半分で肝試しやTVのノリに率先して付き合っている自覚はあるので、『質の悪い霊』や『悪霊』と言われることに抵抗はない。

 自業自得だ。

 だがそれでも人死にだなんだと勝手につく尾ひれにうんざりすることはあったし、それが巡り巡って真面目に生きている両親や雨宮君への悪評と化してネットの海へ好き勝手放流されている事には、確かな申し訳なさと憤りを覚えていた。

 彼女は、シオはそこへ一石を投じてくれたのだ。予想だにしていなかったそんな事態に覚えたのは、思いのほか深い感謝の念だった。

 ……本当にこちらが『見られる』人間でも、俺の素性を理解した上で悪し様にキャラ付けをしていくやつはいる。そんな中こちらを『見られない』彼女が俺を誤解なく理解し、番組や自分の都合を二の次にしてまで悪評を払拭しようとしてくれた。そんな意外さも感謝の深さに寄与しているかもしれない。

 だからこそ、その先に不幸があってほしくない。

 とはいっても、あのプロデューサーが顔に泥を塗られて黙っているとも思えない。何か彼の評判を落とせる切っ掛けでもあれば別だろうが、そもそも彼らがここを去ってしまった以上、俺にできる事はこうして願うことだけしかないだろう。

 


 ――そういえば。

 そんな無為な祈りの中、不意に引っ掛かるものを覚えて僅かに上半身を起こす。

『見えている』といえば……この現場におけるもうひとりのリーダーである志賀谷の顔が浮かんだ。

 あの混乱の最中、彼は事態の収集に出るでもなくあくまで冷静な眼差しで場を眺めていた。千駄木と同じく、番組の損害が己の損害と限りなく直結している立場のはずだ。

 にもかからず彼女の奇行に目の当たりにしてなお動じず、それどころかその口の端は彼女と同様、端っこだけを僅かに釣り上げていたように見える。

 要するにあの場においてただひとり、あの男だけは。つまりどこかでこの事態を想定できていたのだ。

 その上思い返してみれば所作のあちこちに。を見抜いていた節があった。

 ロケ地の変更から、混乱に叩き込まれたクルーの正気を戻した一言まで。何も見えない人間が発するには不自然極まりない言動が連鎖してこの結果を招いている。

 だとしたらここまでの展開、俺の行動含めて全て彼の……

 いや、考え過ぎか。

 陰謀論は嫌いじゃない。けどハマれば深いし考えが凝り固まる。

 そこから思考を剥がそうとした矢先、窓の外から何者かが茂みをかき分ける音が聞こえてきた。

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