20『幽霊模様7~本当に糸を引いているのは?~』


 わ た し で す 。


 二度目……通じないことはさっき思い知ってるんだけど。

 目の前で、それこそ目と鼻の先といえる距離まで近づいて全力で首を縦に振るものの、やはりシオと視線が交錯することはなかった。

 まぁ制作陣とのやり取り――ヤラセうんぬんの騒動を見ていれば、彼女にそう言ったものを見る力がないことくらいは察しがついていたので、今更そこに気落ちもしないのだが。

 というかあんな言い争いを見るまでもなく、今夜ここに来た一団のほとんどが俺達を認識できない事はわかりきっていた。

 互いに干渉し合える者。

 こちらからの干渉は受けるが、こちらの認識は出来ない者。またはその逆。

 そして最後に、互いに全く干渉し合えない者。

 霊の視点から見て、生きている人間はざっくりとこの4タイプに分類できる。相手がどれだけこちら側に寄っている者かを正確に見極めるにはそれなりの時間やアクションが必要なのだが、最低限『こちら側』を見る――つまり俺達を認識することのできる人間かどうかだけは割とすぐに判別する事が出来る。


 『まずは、目を眺めてみろ』

 こいつはまだ右も左もわからない霊になりたてだったころに、先輩に教わったフレーズだ。

 まず当たり前のことだけど、見えないものに視点を合わせることは出来ない。

 そして同時に人間……じゃなくとも意識のある者は皆、

 それは単なる好奇心であったり、あるいは得体の知れないものから目を背け続ける危機感に負けてであったり……ともかく、俺達が見えている人間とそうじゃない人間とでは、俺達と視線が交差する回数に歴然とした差が出る――理論としても筋が通っているそれは、幾度の実経験を経て確信へと変わっていった。

 そいつを今回も試した結果、入ってきた時点でカガミとシオのどちらにも見る力がない事は分かっていた、というわけ。

 むしろそれより……

 頭にクルーのひとりの顔と声が呼び起こされて、思わずさっきまでいた階段の方を振り返る。

 やはり『あれ』は、俺に向かって言っていたんだろうか。

 カメラの前でエンターテインメントとしてではなく、画角の外で一文の得にもならない人助けとして起こした超常現象。


 すべては不必要にシオを怖がらせないように。


 普段の行動ルーチンからは大幅に外れているそんなお題目も、今思えば頭の片隅へ妙に響いたあの言葉によって無意識にそう仕向けられていたような錯覚すら覚える。それはちょっとだけうすら寒く、そしてほんの少し不快な想像だった。

 だったら、最後くらいは番組の体裁と面目に協力してあげようじゃないか。多少彼女を怖がらせることにはなるだろうが、この放送そのものが大滑りすることによって被る不利益を考えれば、少なからずお釣りがくるだろう。

 結局は取れ高市場だ。大盛り上がりにおわればあの厄介プロデューサーのご機嫌も少しは治るかもしれないし、それをシオの手柄に出来ればなお上々といったところだ。


 ……あれ、それって結局彼の意図から逃げきれてなくないか?






 ※     ※     ※





 私が階段を下って最初に聞こえてきたのは、数人の女性クルーの上げる怒声だった。

 踊り場を通り抜けて廊下に出ると、それが肩をすぼめて俯く各務をサラウンド状に取り囲んで吊るし上げにしているものだという事がわかった。


「あっ、シオちゃん……!大丈夫?!」


 その中で一番激しく詰めていた女の人――私を担当しているメイクさんがいち早くこちらに気付き、瞬時に声から棘を全て抜き去った呼びかけと一緒に駆け寄って来る。


「ええ、なんとか」

「良かった……各務君には私達がきつーく言っておいたから、今は矛を収めてあげてね、全く」


 芸能人を相手にする恐れなどおくびにも出さず胸を張る彼女に、思わず苦笑を返してしまう。

 深夜番組で私の隣に甘んじているとはいえ、彼も立派な人気芸能人である。街を歩けば黄色い声を上げられ、一声で数百人のファンが動くような人気アイドルも、女性としての団結の前では不俱戴天の敵でしかないようだった。


「ええ、大丈夫です」


 もとより持続するような怒りを抱いていたわけじゃないし、タイピンが見つかった今ではそこまで気に留めるようなことにも思えない。

 静かに頷きを返すと、メイクさんの顔がしかめっ面から一転して明るくなる。


「なら良かった……とりあえず今は休んで」


 『胸をなでおろす』という比喩を実際に行為として表し、安堵の意思を伝えてきた彼女が話題を切り替える。その言葉を待っていたように、別のスタッフが折り畳みの小さな椅子と缶のカフェオレを差し出してくれた。


「再開は?」


 ようやく見える味方に囲まれたという安心に、身体が疲れを思い出していたところに、嬉しい気遣いだった。

 深く頭を下げながら座り、顔を戻しざまに訊ねてみる。休息の時間はうれしいけれど、中断してからかなりの時間が経ってしまっているはずだ。

 

「もうすぐだと思うわ。志賀谷さんたちも返って来るから、それからかな」

「志賀谷さん、いないんですか?」


 缶に口を付けたタイミングで聞こえてきた情報を、鸚鵡返しで確認を取る。間髪入れずに帰ってきた首肯を見て、胸に再び不安が募っていった。

 あの大騒ぎの中、別のトラブルでも起きていたのか。

 そういえば、千駄木さんの姿も見えない。だとすると思い当たるのはもっと前、ふたりが私を挟んで険悪な雰囲気になっていた。

 ……もしかして、また私のせいで――


「ええ。さっきのドタバタでカメラが一台電源つかなくなっちゃったみたいで、今取りに行ってる。あと、千駄木さんは煙草だって」

「ああ、そういう」


 続けて伝えられた補足がもたらしてきた安堵に、思わず食い気味で返してしまった。

 なんだ、単なる機材のトラブルか。それがこちらを不安にさせないための嘘ではないと証明するように。階下から2人分の足音が近づいてきた。

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