7『幽霊模様4~原因と対処法~』

『……よほど生きている人間に恨みでもあるのかしらね』


 ……うーん、残念。ここは部分点もあげられない。

 でもやっぱり、土地憑きの霊ってそういうイメージあるよな。

 地縛霊というのは、死の間際に思い残した強い未練によってその土地に縛られた幽霊を指す、らしい。それが俺の場合この廃墟に入った理由と密接に関係している。

 そしてこれは同じく霊となった人たちからの話を総合した類推だけど、どうやら死ぬ瞬間に頭の中に浮かんでいた考えが、死んだはずの自分達をなお現世に繋ぎ止める鎖になるようだ。

 パターン1。理不尽に殺されてしまった人なら、当然死の間際に頭を支配するのは加害者への恨みだ。その場合、犯人をより不条理に、かつ惨たらしい最期に誘うまで。

 パターン2。突然、不運にも崖から転げ落ちたみたいな突然な死なら、その瞬間『自分の身に何が起こったか』がわからないまま息絶える。そうなれば必要なのは場所、そして原因への理解となる。実際に同じ場所で同じような死に目を見る、あるいは試行錯誤の末にまで、あの世へは旅立てない。

 だいだいはこの2つに大別できる。どちらも新たな犠牲者を生む可能性が高い事で『地縛霊=悪霊』というイメージが定着してしまったのだろう。実際やっている事は殺人なのだから、間違ってはいない。

 だが俺は――あぁ、思い出すのも気恥ずかしいが、どちらでもない。抜けた床に気付かず踏み出して転落死、という状況だけ見ればパターン2に当てはまるのだが、死の間際に思い描いたのはどうして自分の身体がいきなり宙に放り出されたかではなく……そうさな、無理やり言語化するならば



『えっちょっと待って俺死ぬよ?まだここでもの見てないのに?」


 

 光景とその時の思考を思い返すたび、決まって巨大な溜息が出る。

 我ながらなんと下らない未練だろう。家族への心配とかだったらワンチャン守護霊とかになれたかもしれないのに。

 気分を紛らわすつもりが余計ブルーになってしまった。気付けばドアの外から聞こえていたカガミとシオとやらの声も収まり、代わりに次の作業指示ともとれるものがめいめい飛び交っていた。

 恐らく今、一度スタジオに戻しているのだろう。再びここのカメラが回る時、いよいよ彼らがここにやってくる。

 ちょっと急がなくちゃ……?

 改めて作業に戻ろうとした手が止まる。思わずそばだてた耳は、隣の部屋のドアが乱暴に開け締めされる音を捉えていた。

 参ったな。隣の部屋を片付けたのはもうずいぶん前だ。なんか危ないもんあったっけ……

 情報社会万歳というべきか、ここに足を踏み入れる人は例外なく「俺がどの階、どの部屋で死んでいたか」を知っている。

 故にまずはまっすぐ、この部屋にやって来る。何度も繰り返した経験が、いつの間にか先入観となって俺の規範を縛っていた。


「……おいシオ、そいつはどういうこった?」


 慌てて壁をすり抜けた俺が見聞きしたのは、千駄木の確認を取るような静かな声と怒りを必死に抑え込む形相。そしてそれと対峙する、怯え切った女の子の顔だった。

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