6『幽霊模様3~好きで脅かしてんじゃないよ~』
『言ったでしょ。私がいる限り心配はいらないって……全く、死んで地縛霊になるのは勝手だけど、ならばせめて人に迷惑を掛けないように出来ないもんなのかしら』
『いや、それは……僕たちが勝手に入り込んでいるからで……』
『元々、ここはその死んだ学生とやらの持ち物件というわけではないんでしょう?だったら不法占拠じゃない。誰にも来てほしくないならそれこそ霊障なんて起こさなければいいのよ』
――おっ、ここは半分正解。そして半分不正解。
霊の人間の法律を押し付けるなぞ傍から見ればナンセンスだが、それでなかなか惜しい所までついている。傍から見れば前情報からの類推か、あるいは本当に俺の存在を感知しているのか。誰に明示されるでもなく、シオと呼ばれているアイドルはこちらが地縛霊であることを見事に言い当てた。
彼女の言う事はもっともだ。俺だって出来る事なら穏やかに日々を過ごしていたいし、とっとと極楽とやらを拝みたい。俺が誰かを怖がらせるたびに、ネットで両親や雨宮君をはじめとした周囲がありもしない憶測で叩かれているのは、本当に申し訳ないと思っている。
にもかかわらずこんな『本物志向お化け屋敷ボランティア』に精を出しているのは、もちろんやむにやまれぬ事情があっての事だ。
世を儚んで、あるいは不条理に、理不尽に命を失ってしまった人間は、死後残した未練のせいでこの世ならざる力を与えられ、生きる者達に牙を剥く――成仏できない霊に対して生きた人間が抱く一般的なイメージだろうが、もしそんな言説が的を射ているとしたら、今頃世界はどれだけ原因不明の厄災にまみれている事か。
未練に理不尽って。人類史始まってから地球にどれだけ大災害や戦争が起きていると思っているんだ。その度に悪霊が生まれていたとしたら、世界中どこだって忌み土地になってしまうだろう。
……最も、中には本当にただ生きている人が憎いってだけで成仏もせず延々と幽霊やっている輩も、いないことはない。
俺達一般幽霊の肩身を狭くしているなんて自覚は欠片もなく、姿が見えない――と、人間における刑法が通用しない――のをいい事に、生前にも見ず知らずの人を何人陥れたかなんてろくでもない自慢をしに来る輩だっている。
らしい、という表現を付けないのは、身近にいい例がいるからだ。霊だけに。
X岬やY鳴トンネルの先輩たちがそうだ。人の来ないシーズン……大体冬の中ほど辺りいにうちに来ては、明け方まで獲物の泣き顔やら死にざまやらをさぞ楽しそうにベラベラと喋っていく。どうやら有名な心霊スポットつながりという事でこちらへ勝手なシンパシーを覚えているらしい。お前らのキルレートなんてこっちは欠片も興味ないっつうの。
もちろん、彼らも悪(さをしている)霊だからといって、特別な力を持っているわけではない。脅すにも殺すにも、さっきの俺と同じように見えない所で力業。つまりそのネタが割れている
ここが有名になり始めた頃、噂を聞きつけて俺の様子を見に来た彼らが「悪霊としての態度がなっていない」なんて勝手な理由で殴りかかってきたことがある。しかしなにぶんこの身体、疲れこそするものの痛みも熱さも冷たさも全く感じない子の身体では、結果向こうが疲れるだけに終わった。
そんな『幽霊同士の取っ組み合い』という珍妙なイベントを経て以来、なぜか彼らはちょくちょく物騒な土産話を持ってはここにやってくる。別に歓待しているわけでもない、鼻持ちならないはず俺に対して、わざわざ県をまたいで。
そして俺もまた、うんざりするような土産話を聞かされると分かっていても居留守を使ったりはしなかった。話のエグさに若干引きながら、時折犠牲者に同情しながらも最期まで耳を傾けて、帰りを見送っている。
なぜかって?
……生きてる人たちへの接し方は全く理解し合えないけど、会いに来る気持ちがわからないわけではないからだ。
端末を開き、さっき送ったメールを見やる。一般的な日本語で書いたはずの文面は、送信ボックスに収まるなり、発音すらもわからないような謎の文字の羅列と化していた。
また、これだ。
どれだけ張り上げようと、文明の利器に託そうと、俺達の声が生きる者へ届くことはない。そこに時折覚えるどうしようもない寂しさ。それが彼らを足繫くうちに運ばせ、俺もまた門戸を閉じられずにいる理由そのものだった。
意思の疎通ができる霊の数は、世界に息づく人々よりもずっとずっと少ない。そしてこの世を
『自分がここにいる』という証明は、他人が自分を認識することによって初めて成り立つ。だから俺も彼らも手段は違えど、必死に「自分がここにいる事」を生きる者たちへアピールせずにはいられないんだ。
だって、誰からも認識されないのなら、死んでいるのと同じだろう?
……でも、このつまはじきようを見ればわかる通り。正しい考えじゃあない。
ここはあくまで
だが、ただまんじりともせず待つだけでは、心が淋しさに圧し潰されてしまう。だからつい、こうして耳目を集め、時折誰かが来てくれるのを楽しみにしてしまう。
その代わりといっては勝手な考えかもしれないが、たとえどれだけ苦労をしても、この場所では絶対に俺以外の死人は出させない事を免罪符としている。
なんて、傍から見ても立派な考えを持っているのに、なんで一向に成仏できないのかというと――
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