5『人間模様3~生者の論理~』

 現場が混乱したタイミングで不自然に差し込まれた長めのCM。それがまもなく開けると連絡を受けたクルーたちは、未だ乱れている心を必死に押し隠しながら重い足取りで所定の位置についていく。


「このあとすぐにVが入る。それまでにSNSチェックしとけ」

「電波が入る場所で良かったね。千駄木」


 長年の研鑽の賜物というべきか。そのなかでただふたり、千駄木と志賀谷だけは他の面々よりも一足先に平静を取り戻し、自らの役割をこなしていた。

 番組の時間はちょうど折り返し。ここから現場――青年が死んだ場所に踏み入るところこそがクライマックスなのだが、時刻は既に0時を回っている。

 平日の中日。ここから更に盛り上がるという予感が視聴者にうまく伝わっていなければ、夜更かしへの懸念に負けてテレビを消してしまう懸念があった。

 そうなれば当然、数字には結びつかない。千駄木は手漉てすきのADにネット上での盛り上がりを調べさせ、志賀谷は冗談を交えながらその指で中継再開までのカウントダウンをMCに送る。

 3、2、1……

 

「申し訳ございません、映像が乱れてしまいました……現場は、混乱しています。たった今、私たちのスマートフォンにも、同じアドレスからメールが届いたのです」


 その顔に迫真の演技と本物の恐怖を前面に表しながら、カガミはカメラの前に文字化けメールの映ったスマートフォンの画面を寄せる。


 ――シオの奴、やがるな。

 そのまま数秒無言の時間が過ぎ、千駄木はまたも苛立たし気に後ろ髪を掻いた。本来であればシオがその後を引き継ぐはずなのに――今度はADに指示することもなく、千駄木が自ずからその眼光で無言の指示を飛ばし、一拍遅れて気付いたそれにシオは半ば呆けていたその顔を慌てて引き締める。


「さしずめ、自分のテリトリーに入ってきた事への警告……かしらね」

「シオさん、これ以上進むのはやっぱり危険、でしょうか」


 ――ハッ。

 千駄木の形相に気合を入れ直されたシオは、頼りない口調で告げられるカガミの質問を鼻で笑い飛ばす。その佇まいには番組が、そして視聴者が求めている『強気な美人霊能アイドル』としての風格が戻っていた。


「言ったでしょ。私がいる限り心配はいらないって……全く、死んで地縛霊になるのは勝手だけど、ならばせめて人に迷惑を掛けないように出来ないもんなのかしら」

「いや、それは……僕たちが勝手に入り込んでいるからで……」

「元々、ここはその死んだ学生とやらの持ち物件というわけではないんでしょう?だったら不法占拠じゃない。誰にも来てほしくないならそれこそ霊障なんて起こさなければいいのよ」

「な……なるほど?」


 気だるげに髪をかき上げ、空いている左手で胸元にある桜を模したタイピンを弄りながら独特の持論を展開するシオと、半ばその勢いに圧倒された形で一応は得心した反応を見せるカガミ。その僅かに弛緩した空気を読み取り、志賀谷は腕時計を睨みながらADにペンを走らせていく。


「……よほど生きている人間に恨みでもあるのかしらね。霊になる前の彼が逆に気になってきた」

「ええ、それなら――」


 さりげなくカメラの向こうを覗き、カンペに書かれた指示を受け取ったシオが話題を切り替える。突然のアクシデントに見舞われたせいかやや強引な方向転換に見えたが、視聴者にそんな予断を許さないといわんばかりに、カガミが言葉を被せていく。


「丁度良かった。これから皆さんには、生前の彼を知る人たちにお話を伺ったVTRをご覧いただきます。その後はいよいよ……実際に彼が亡くなったその現場から、中継を繋ぎたいと思います」


 そこでまたも挟まれる、数秒の沈黙。しかし今度は千駄木を始め、誰もそこに疑問を差し挟まない。それは単に台本をなぞり終えて画面をスタジオへと戻す合間に生まれる、いわばとも言える猶予の時間だったからだ。

 今頃この番組の決まり文句である


 『この先の映像に映ったものを見た事によるどんな影響におきましても、当番組は責任を負いません』


 という但し書きテロップがおどろおどろしい赤文字で画面いっぱいに移されている事だろう。

 ……本当になってくれりゃ、御の字だけどよ。

 この業界はとかく熱しやすく冷めやすい。言い換えれば飽きられやすい。一度でも肩透かしを食らわされれば、視聴者はあっさりと離れていってしまう。

 番組を見ている奴らが期待を煽りに煽られ、結果これから踏み入れる場所で最高の取れ高を叩きだせる『何か』が起こるように。

 こればかりは自分の関知できない領域であり、ロケ場所を決めた志賀谷もアクシデントの発生を保証してくれているわけではない。

 頼むぜ、全く。

 何度も舐めさせられた苦汁の味を思い出した千駄木は珍しく、端からいると信じてもいない神へと祈っていた。

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