4『幽霊模様2~採点の時間~』

 ――噂には尾ひれがつくもんだっていうけど、まさかここまでとはね。

 恥ずかしさやちょっとした義憤が渦巻き、気付いた時には思わず作業の手を止め、話を中断させるためにまたメールを打っていた。

 ひとしきり抗議の意を打ち終え、俺は右手に持ったスマートフォンの画面から指を離す。定期的に入れ替わる、誰かが逃げる時に落っことした持ち主不明の端末。傍から見れば今これはふよふよ浮いているように見えるのだろう。

 ジェットの噴射を模した音が小さく鳴り、メールが恙なく送られたことを知らせてくる。

 あと一息。そこいらの瓦礫を動かすだけで、この部屋に入ってきた者が床に空いた大穴に足を取られることはなくなるだろう。だがどうにも意気に水を差された感じがして手を動かない。

 彼らはここに入る前にもう一度時間を取ると言っていた。少しくらいなら休息をとってもいいだろう。俺はスマホを握ったまま、またもや中空に身を投げ出していた。


 ――まず一番大きな誤解として、俺はイジメを苦にして死んだわけじゃない。

 少し考えればわかると思うが、当時俺は20歳。大学生だった。閉鎖的な部活やサークル内ならまた事情は違うのかもしれないが、大学というのは基本、登校時間も下校時間も受ける授業も人によって全く異なる。そんな中毎日飽きもせず同じ目標を追いかけ回すほど暇な人間などいやしないし、腐っても最高学府である以上、苛めという行動そのものがレベルの低い無意味な行いだってわかっている人間の方が当然、圧倒的多数なのだ。

 そんな低俗なことに喜びを見出す方がマイノリティオブマイノリティ。どっかでその現場を押さえられSNSにでも上げられてバレた挙句、せっかく入試をくぐり抜けて入った大学から追い出されて悲惨なその後を辿るのがオチだ。そっちの方がよっぽど人生に絶望出来ることだろう。

 イジメってもんがどれだけ割に合わない行いか――それがわからないほど計算の出来ない奴は、そもそも大学に入ろうって発想に至らない。

 ネットで俺の死体を発見してくれた不良――いい加減に勝手な属性を付与されていた雨宮君にも深い同情を覚える。彼は見た目こそ筋肉質の褐色金髪とイカつく纏めているものの、実際はバイク弄りと美少女フィギュア収集が趣味なだけの、面倒見いい好青年だ。不良っていう情報からしてもう間違っている。

 所謂ワルとは真反対。陽キャ陰キャの分け隔てなく接する人柄で交友も広く、不良とも仲良くやれるが不義な行いは許さない。そんな一本筋の通った彼とは高校からの付き合いであり、同じ大学に受かった事を機に連れ立って上京し、互いに見合わせて近くのアパートを借りたくらい仲がいい。改めて並び立てると若干アレなくらい。

 毎日のようにどちらかの部屋で集まっては飲めるようになったばかりの酒を片手にバカ騒ぎしていた。そんな付き合いだからこそ、俺が廃墟に行って数日で異変を察知して探しに行ってくれたのだ。

 そんなわけで、俺は死ぬ場所を求めてここに来たわけではない。じゃあなんでこんな危ない廃墟に一人向かったかというと……まぁ、その、なんだ。俺の活動によって心霊スポットとして注目される前も、地元民にとってここはであった。

 ちょっとアブノーマルな男女がスリルをおつまみにあーんなことやこーんなことをする、所謂プレイスポット、いやその呼び方は違うか。

 ……とにかく、引っ越したばっかりでエロ関係に金を割けなかった当時の俺は、深く入れた酒の勢いも手伝っていっちょそいつを覗いてやろうと足を向けてしまって、この部屋でうっかり抜けた床から落っこちてお陀仏。直前まで一緒に呑んでいた雨宮君には「ちょっとあそこ行ってくる」とだけ連絡を残しているから、彼が手早く見つけてくれた、というわけ。

 こんな死因、両親が知ったら別の意味で泣いてしまうだろう。日頃の欲求不満を察しながらもそこを伏せてくれたことも含めて、雨宮君には感謝の念もない。

 つまるところ、俺は全くこの世の中を恨んでなんかいない。恨む理由すらない以上、ここへ足を運んでくる人間に危害を加えるつもりも、毛頭ない。時々安眠を妨害されるとイラっと来る時こそあるが、基本的にはケガをさせない程度に『期待通りの』もてなしをした上で、適当なタイミングで帰ってもらうだけに留めている。

 恐ろしい、だけどオカルト心が足を運ばせる場所を目指して。この匙加減が絶妙に難しいのだが。完全に安全な心霊スポットとして周知されてしまえばこちらの安眠が妨害されてしまうし、最悪祟りなしとして取り壊される恐れすらある。かといってシャレにならないほどの恐怖を味わわせてしまえば誰も近寄らなくなり、それはそれでこっちの都合が悪い。スマホの『更新』もできなくなるし。

 日々案外と苦心している。にもかかわらずそんな俺が悪霊に『仕立て上げられて』しまったのは生きている人間の幽霊おれたちに対する理解のなさと、ちょっとした掛け違いによるものだ。


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