3『人間模様2~経緯~』
「……それで、ここに住み着いている霊っていうのは、一体何があって悪霊になったワケ?」
投光器の明かりを頼りに2階の廊下を真ん中まで進んだところで、シオはどこか棘のある口調でカガミに問いかける。
その様子をしんがりから眺める千駄木たちは、ようやく自分の筋書きに戻ってくれたことでめいめい安堵の首肯を見せていた。
「スタッフたちが事前に聞き込みを行った結果、4年前にここで自ら命を絶ったのは、まだ20になったばかりの若い学生さんだそうです」
「学生」
「ええ。彼を知る人たちは口々に、本が好きな真面目で勤勉な男の子だとおっしゃっていました。ですが内気な性格のせいで、学校でもよくいじめられていたそうです。高校を卒業後、ひとり暮らしを始めてすぐ――」
「ここで、自殺を図ったと?」
――時間読みの下手さは相変わらず、か。カガミも
早速結論に切り込んでしまったシオと、言葉を詰まらせてから頷くカガミ。その様子を見て千駄木はまたも奥歯で苦虫を噛み潰す。台本ではそこからさらにワンセンテンス、両親を大切にしていた下りと、ある日突然連絡が付かなくなったことを『多少』脚色して語る段取りになっていたはずだ。
口の端に挟んだままの、とっくに火の消えた煙草がぎしりと音を立てる。階段を上った直後の遠回りにかかった時間を差し引いても、この調子じゃ尺が余るぞ……
「心配ないよ、千駄木」
「あん?」
その不機嫌オーラに飛び火を恐れ、さりげなく距離を置く他のスタッフと対照的に、志賀谷はあくまでその柔和な笑顔を崩すことなく、千駄木に歩み寄る。
「今スタジオから連絡が入った。スポンサーの急な意向で何とかもう一度、スタジオに戻してほしいそうだ。調整なら、そこでいくらでも効くさ」
「……また、お気にの若手女優絡みか?」
望外の朗報にもうんざりといった様子の千駄木に、志賀谷は乾いた笑いを返した。
「上の命令にゃ逆らえらないのが、サラリーマンの辛い所だね」
「そうまでして抱きたいかね、あんな貧相なカラダをよぉ。うちの若いののほうがよっぽど肉付きが――」
「ストップだ。いくら距離を置いてるとはいえ、万一音声が入ってたらどうするんだい?君は会社から大目玉の上ネットで大炎上だぞ」
人差し指を口の前に持ってくる志賀谷のおせっかいに、儲け話をふいにされた千駄木は憮然とした表情の前に持ってきた掌を振る。
「へいへい」
「……とにかく、どうせ現場の前で一回Vに入る。そこから直接スタジオに返そう」
「あーあー、結局間延びすんなぁ」
ひそやかに行われる大人のやり取りをよそに、MCのカガミとシオは押し殺した声で話を進めていく。
「……そして最初にこの場所で祟りにあったのが、当時彼をよく連れ回していた地元の不良でした――」
「彼は噂を聞きつけ、遊び半分の気持ちで遺体を確認しにこの廃屋へと入っていったそうです。そして3階……我々がこれから向かう部屋の手前で抜けた床に足を取られ、全治2か月の大怪我を負いました。更に彼はこの時、窓ガラスが突然割れたり、しきりに何かを強く叩く音を聞いたと我々に語ってくれました」
「ケガをしたあまり錯乱していたのではなくて?」
「そんな体験をしたのが彼ひとりだったのなら、あるいは我々まで噂は届かなかったかもしれません。丁度その2か月後、今度は肝試し目的でカメラを片手に入った若いカップルが同様に不自然な物音を聞き、さらに突然持っていたスマートフォンに差出人不明のメールが入ります……」
そこでカガミは突然強張っていた表情を崩し、この場と話題にそぐわない苦笑いを顔に浮かべる。
「男性の方は女性を置いて一目散に逃げだしたせいで、それ以上の霊障は負いませんでしたが」
「普通に最低ね。肝試しなんてしなきゃいいのに」
男と女どっちの肩を持つか迷ったのか。食い気味に吐き捨てるシオに、カガミの言葉が詰まる。
元来彼は恐怖に直面した時にその整った顔立ちが崩れる、ある種の滑稽さを買われてMCに抜擢されている。自分が同じその男と立場に立ったとしたら……そんな
「……ひとり残された女性が後を追おうとすると、男性が出ていった扉が突然閉まり、何故か開かなくなったそうです。更に1人目の不良と同じくラップ音を耳にし、それから逃げるように別方面から脱出し事なきを得ました……が、彼らは今でも壁を叩く物音がトラウマとなっている、と口を揃えていました」
「あぁ、一応仲直りはしているのね」
「更に我々、2人のスマートフォンに届いたメッセージを実際に撮影してきました。それがこちら……出ますでしょうか」
ここで現場には不自然な間が挟まる。それはスタジオやテレビの前の視聴者に、スイッチングでメッセージの文面を映した画像を見せるための間だった。ロケではなく生放送では、こういった時間もリアルに流さなくてはならない。志賀谷は少し神経質に首から提げたストップウォッチを眺め、やがて合図を送った。
『件名:■■■■■■
本文:縺輔▲縺輔→繧ィ繝?メ縺励m縺
縺薙▲縺。縺ッ繧コ繝懊Φ荳九m縺励※蠕?▲縺ヲ繧薙□縺九i縲
縺昴l縺ァ謌蝉サ上〒縺阪k縺励?∽ココ蜉ゥ縺代→諤昴▲縺ヲ縺イ縺ィ縺、繧医m縺励¥縲
』
「……これの、どこが?」
スタジオのパネルに映っているものと同じ画面のスクリーンショットを見せられたシオが、怪訝な表情を浮かべる。
そこに僅かな紅潮が混じっていることに気付かないカガミは、多少勿体ぶるように間を持たせてから続けた。
「たしかに、これだけ見ると内容は全く不明ですよね」
「え?えぇ」
「ですがこのアドレス、ドメインが存在するはずのないものなんです。2人のスマートフォンに全く同じタイミングで届き、更にその直後周囲からおかしな現象が起き始めた……その点を踏まえると、不気味さがわかると思います」
画面を消したスマホを握ったままの返したカガミが、さらに一段と声を低くした。それまで虚を突かれたような顔を浮かべたままだったシオも、我に返った様子でカメラに向ける目を鋭くする。
「そしてこの一件を収めた動画を男性の方がネットに広めた事がきっかけで、全国のオカルト好きたちが続々とここに集うことになります。そこから加速度的にここで霊現象にあったという報告が相次ぎ、中には『行ってくる』の一言を最後に、二度と連絡が取れなくなった人も多数――?!」
……なんだ?
他の誰よりも早く異常を察した千駄木の眉間に皺が寄る。
それまで言葉だけではなく、身振りも交えて空気を演出していたカガミが突然、目を見開いて凍り付いている。長年の不摂生による視力の衰えさえなければ、その眼光は原因さえも見抜いていたかもしれない。
「……カガミ?」
一拍遅れてすぐ隣のシオも異変に気付き呼びかけるも、カガミは一言も発さない。
しかし代わりに震えの走る手で、ゆっくりとシオの顔の前へとスマホの液晶を向けてきた。
「――ッ!」
その画面を目に入れた途端、シオは口元に手を当てて硬直する。青ざめ、次のセリフどころか開いた口を閉じる事もままならないふたりの表情からは、自分達の用意した筋書きが再び崩れた事を如実に表していた。
「千駄木、まずい。一旦切ろう」
「チッ、なんでこう何度も……」
もはや、進行どころではない。
千駄木の舌打ちよりも、志賀谷がめったに見せない厳しい表情に突き動かされたようだ。ふたりが言葉を察する前に、向けられたその視線だけでスタッフが動く。MCふたりの音声は強制的に途切れ、事前に要していたテロップとナレーションベースがスタジオへと戻してくれるだろう。現場の人間にはそれが見えないが、上手く繋がってくれることを祈るしかできなかった。
中継を切る一連の流れを終え、志賀谷の合図とともにカメラが下ろされる。
「おい、何が起きた!」
いつもは上がるなりスタッフが委縮し閉口し、雰囲気だけが悪くなる千駄木の叫び声。しかし今に限ってはそれが良い方向に作用したようだ。
怒号によって恐怖の呪縛から解放されたカガミは、憤怒の形相でずんずんと歩み寄る千駄木へと、どこかほっとした表情で駆け寄る。相変わらず固まったままのシオへは、志賀谷がゆっくりと歩み寄っていった。
「千駄木さぁん……」
「気持ち悪ぃ声出すんじゃねえよ。ったく」
後ろ髪を掻きながら、千駄木は空いた左手でもはや半ベソのカガミからスマホを取り上げる。その頭の中では自分の台本を二度にわたって台無しにしたふたりへの罰則を早くも思い描いていた。
しかしその思考もまた、ホームに戻ったその画面を見て吹き飛ぶ。この場に至っては撮影の小道具にしか過ぎないスタッフの私物であるそのスマホは、当然不意の妨げにならないようにターミナルモード、つまりは使用者の意図で電波を遮断してあった。はずである。
にもかかわらず、メールのアイコンには新着、そして未開封を示す「1」の文字が刻まれていた。
「……」
こいつがいきなりビビり散らかしたのは、こいつのせいか。
本来であるならば有り得ない挙動。千駄木は口内に溢れる生唾を飲み下し、それからゆっくりとアイコンを指で触れた。
「……盛り上がって、きた、じゃねえか」
喉まで出かかった悲鳴を必死に抑え、千駄木は精一杯の虚勢を張る。
だがその脳内はカガミと同じく、今まで浮かべていた全ての思考と言葉を塗りつぶされていた。
『差出人:
件名:■■■■■■■
本文:鬚ィ隧戊「ォ螳ウ繧ゅ>縺?刈 こ 貂帙↓縺 ろ 励m縲
縺薙▲縺 し 。縺ッ逡ェ邨?ス懊j縺ォ蜊泌鴨縺 て 励▽縺、螳牙?
縺ォ豌励r驕 や 」縺」縺ヲ繧?▲縺ヲ縺 る ?k縺ョ縺ォ縲 』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます