第5話 振られた女子に脅される
「村上君元気」と放課後の帰り道(田んぼの真ん中の一本道)に声をかけてきたのは池上愛美だった。彼女にふられたのはほんの一週間前。なんの屈託もなく振った男に声をかけてくる、彼女の神経のズ太さに心から驚く。
「うん、まあね。池上さん、部活は」と僕は平静を装って聞いた。北陸の春らしくその日はかなり肌寒い日で、僕はまだ冬用の着古したダッフルコートを着ていた。彼女も春用のコートを着ている。
「なんかねえ、成績落ちたからやめたんだ。もっと勉強したほうがいいかと思って」と言いながら彼女は灰色の曇り空を、疎ましそうに仰ぎみた。太陽が全くでていないから春なのに今日も肌寒い。
「ええ、美術部やめたんだ。絵が上手いのにもったいないなあ」実際彼女の絵はなかなか個性的で魅力的なものだった。幻想的な童話風の絵が得意だが、普通のデッサンや写実的な絵も、素人目にはなかなかのものだった。
「私は痩せた少年の裸の絵を描くことしか興味ないの」
「え」と、僕は思わず自分の女みたいに細い白い腕を見て、それから彼女の顔に視線を戻す。
「でも顔がいい人しかモデルにしない」と彼女は遠くの山に視線を移して言った。相変わらず不思議ちゃんだ。
「池上さんの審美観にかなう痩身美少年が、早く見つかることを祈っているよ」と僕は厭味ったらしく言ってやった。
「絵なんて一人で描くもの、群れて描くもんじゃないよね」と彼女は僕の厭味を無視して、また謎の独り言を言う。
「え…そうなんだあ」と僕は彼女の横顔を見ながら困惑して言った。
「なんか部活で私浮いていたんだよね」と暗い声で彼女はつぶやくように言った。
「まじで 」
「みんな私が変だってさ」
「まあ、池上さんは変わっているからね…」
「村上君もつまんないこというんだね」と彼女は悲しげに言った。僕はすぐに自分の発言に後悔する。
「でも池上さんはユニークだよ、いい意味でさあ。僕はほんと魅力的だと思うよ……顔も可愛いし……群れたくないってのも、なんだか君らしいし……」と僕は精一杯の褒め言葉を並べてみた。誉めているかどうかは、微妙かも。
「ありがと、村上君っていいよね」と池上さんは謎めいた笑顔を浮かべて言った。といっても僕にとっては年頃の女子はみんな謎だらけだ。あの巫女娘を含めて……。
「それはどうも」と僕は慎重に言った。
「ところで村上君って神社で働く巫女さんと友達になったんだね」と彼女はさり気なく言った。
「え」
「村上君が霊視の技の告白を、白山神社でした後で私先に帰ったでしょ」と、池上は謎めいたニヤニヤ笑いを浮かべて言い出した。
「ああ……」どうしたらあの状況をただの霊視の技の告白イベントと解釈できるのか、彼女の脳を分解してみたくなった。だがもちろん実行はしない。
「でも、あれじゃあ村上君にひどいと思って、私ね、また神社に戻ったんだよ。せっかく誰も知らない秘密を教えてくれたのに……」
「そんなたいしたもんじゃないよ……え、そのまま帰らなかったの?」と僕の頭は軽くパニックになってしまった。ミチルとのやりとりを池上さんに見られていた!
「そしたら村上君、可愛い巫女さんと嬉しそうに話しているじゃない。邪魔するのも悪いから私そのまま物陰から覗いていたんだよね」と悪びれもせずに池上さんは言った。
「覗いているのは良くないでしょうが、邪魔したくなければ帰宅しなよお」と僕は流石に抗議する。多分何の効果もないだろうが。
「うううん、そうだけどね。なんか村上君の性的興奮が、覗きながら私にも伝わってきて……なんかよかったよ」と池上さんは、とんでもないことを言ってくれる。
「へ、せ、性的興奮」
「まあそれはどうでもいいの。それより彼女って学校通ってるのかな? 専業の巫女なの?」
「専業の巫女なんて今の時代にはいないでしょう。彼女はうちの学園の一年だよ、野崎さんって言うんだ」
「なんだうちの生徒なんだ」
「神主のお父さんが怪我で入院しているから代理で神事をやっているらしいよ」と僕はミチルの話を思い出しながら言った。
「苦労しているのね、まだ一年で偉いよ」と彼女はしみじみとした口調で言った。
「そうだね」僕は素直に彼女の意見に同意した。
「私あの娘の絵を描きたいんだわ、紹介して」
「え?」
「私は美しい者なら男でも女でも好きなの。彼女はいいわ。山桜の聖霊みたいに神秘的で可愛いもの」と言って彼女は目を輝かせて面倒なことを言ってくれる。
「でも彼女忙しいんだよ」と僕は困惑の表情を精一杯浮かべて答えた。
「女は誰でもモデルになることは嬉しいもんよ、ちょっと話してみてよ」と、マイペースの池上さんは楽しそうに言う。
「うん、まあね、でも無理だろうなあ、本当に忙しそうだから」と僕はなんとか二人を会わせまいと悪あがきした。しかしその努力はあっさりと無駄になる。
「私の母方の祖父の名前教えてあげようか」
「え、なにを突然」
「片岡っていうの」
「へ!」
「ふふふ、本当は全部知っているんだ」と薄気味の悪い笑顔を浮かべて彼女は言った。
「な、何をだよ」
「村上君が彼女のために霊視してあげているってこと、お祖父ちゃんから聞いたんだもんね」
「ええええええ」意外な展開に僕は、失恋相手の池上さんの顔を見つめるばかりだった。
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