第3話 エッチな気分で幽霊観察
「うわあああ、いっぱいいるよ、ここ!」
と彼は私がキスすると、蒼白な顔で私の後ろにいる何かを睨みながら叫び声をあげていた。
「ほんとに、見えるの? ここには霊がいるの?」と私は興奮して彼の顔を仰ぎ見る。彼は痩せていて細面で見るからにインドア・タイプの男子でちょっと頼りなかったが、彼の外見にそこまでこだわる余裕は私にはない。
「ああ君のキスのおかげで、全部見えちゃったよ。ここにいるの」彼は私の後ろや斜め後ろにいる霊を、指差しながら言った(もちろん私には見えないけど)。
「だってあなたがドキドキさせてくれないと、う、うまく霊視できないっていうから」
「嘘じゃないよ。あそこには髪の長い女性がいるし、あっちの角には眼鏡をかけて四十代のサラリーマン風の男性がいる」
「ねえ、ほんとにこんなことしないと霊視ができないの」と私は呆れて言った。
「まあなんというか。僕の場合……せ、性的な興奮と霊視能力が強く結びついているみたいなんだ」と悲しそうな目で語る彼。
「なによそれ? Hな本とか読んでいると霊が見えちゃうの?」と私は思わず噴出して言った。
「そういうことなんだよ」と彼は相変わらず悲壮な顔で愚痴をこぼす。
「そ、それって可哀想だよね。霊をみたらHな気分もなくなるでしょう?」
「そうだよ。君はするどいよ。まさにその通り。どうやったら血だらけの霊とかが見えているときに、Hな気分をキープしろって、いうんだよおお」
「ふうううん、そんな病気もっているのにそれでも、まだ女の子と付き合おうって思うの?」と思わず残酷なことを言ってしまう私。
「当たり前だよ。このまま霊を恐れて恋愛を避けていたら、青春は過ぎ去ってしまうだろ」
「じゃあもし霊視をしてもらうなら、私はあなたにキスするか、手を握ってあげないと駄目ってこと」と私はドキドキしながら聞いた。キスや手を握るだけで、本当にすむのかかなり不安に思いながら……。
「そう、確実に霊視させたいならそうなるねえ」と彼は申しわけなさそうに答える。
「そうかあ……なかなか難しい選択だわ」
「ねえ、なんでそんなに霊視する必要があるの。相談にのろうか?」と彼は言ってくれた。
私たちは社殿を出て外の新鮮な空気を吸った。桜の花びらが相変わらず空中を舞っている。
「私の父がここの神主でね。庭を掃除していて石に躓いて腰を打って、運が悪いことに入院しちゃったんだよね」
「へええ、それは運がないねえ」
「この神社見かけ通り、御利益ないんだなあって思ったでしょう」と私は彼を軽く睨んだ。我ながら八つ当たりもいいとこだ。
「そんなこと言ってないじゃん」と迷惑顔で答える彼。
「ここだってねえ、室町時代まではわりと有名な神社だったんだから」
「ず、随分昔の栄光なんだね」と彼は苦笑する。笑っている目が優しそうで悪い人では無さそうだ。顔だって物凄く良いわけじゃないけど、それなりに整っている。
「うるさいわね。とにかく昔はすごい神社だったのよ」と私は内心のドキドキを隠したくてわざと大声で言った。
「それはまあわかったから、今霊視が必要な事情を話してみなよ」と妹の相談にのる兄のようでいい感じだ。
「そうね。こんな零細神社の経営って、ほんと大変なの。父は霊視を売りにしてなんとか氏子
(うじこ)をつなぎとめていたんだけどね」
「ふむ、神主さんも霊視が出来る人がいるんだねえ、というかむしろ多いのかな」と彼はゴニョゴニョ呟いている。
「たまたまよ。父は子供の頃から嫌なのに霊が見えちゃって暗い子供だったんだって。顔は端正なのに女の子にもてなかったのは、そのせいだってよく言ってたわ」と私は思わず近親の苦悩を暴露していた。
「まさに僕と同じだ。今度お見舞いに行かせてよ。話があいそうだ」と彼は私の父の話に食いついてくる。
「それでうるさい氏子の一人で片岡さんっていう老人がいてね」
「ふんふん」
「その人が月に一回父と契約しているんだけど、今月は無理だって言っているのにどうしても霊視しろってうるさいのよ」
「その片岡さんはそんなに重要な氏子なの」
「重要なのよね。先祖代々うちの神社の氏子たちの取りまとめ役の家だから、その家がうちの神社から離れると商売上とても困るのよ」
「大変だねえ、君も若いのに」と彼は同情して言ってくれた。
「そうよ、私まだ子供、未成年なのよ。それなのに二十四時間いっつも神社の経営について悩んでいるんだからね」と溜息をついて私は言った。
「それは過酷な青春だねえ」と彼は頷きながら言ってくれる。ますます好感度があがった。
「同情するなら、私のために霊視してよ。その片岡の爺さんの前で」と彼がヒクくらい真剣な顔で、詰め寄ってしまっていた。
「しかし、どうやって……あの、そういう……緊張した場に参加しながら……そ、そういう気分でいられるかってことだよね」と彼はため息をついて平和な田園の風景を見つめている。私も思わずつられて、大好きな生まれ育った緑の風景に見とれていた。
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